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「おはよう、たけちゃん」

 キッチンで食器を洗っていると、背後から声をかけられた。

 蛇口から流れる水を止めて、健は振り返る。

 リビングには、一人の地味な少女の姿があった。健と同じ高校の制服を着ている。

「ん、おはよう、芹」

 少女は霜田(しもだ)(せり)。健の隣家に住む、幼馴染みの女の子だった。芹はこの家の合い鍵を持っているので、わざわざ呼び鈴を鳴らさずとも、家に上がることができた。

 太い縁の眼鏡を通して、芹はリビングの中をきょろきょろ見回した。

「もう朝ご飯、食べた?」

「あぁ。いま使った食器を洗ってるところ」

「洗濯物は?」

「もう干したよ。ほら」

 庭へと通じるガラス張りのドアを指さす。芹の家に挟まれた庭には物干し竿があり、今はそこに洗濯物がかかっているはずだった。

 芹はちらっとそちらを見た。

「わたし、なにか手伝えること、ある?」

「ありがとう。でも、もう終わるから、ソファにでも座ってて」

 幼馴染みにそう答えて、健は蛇口の栓をひねった。水がシンクに叩きつけられる。

「たまには……頼ってくれてもいいのに……」

 芹が何かを呟いたのが聞こえたが、ほとんど水音に掻き消されてしまった。

 健は皿を食器立てに戻して、芹の方を振り返った。

「なにか言ったか?」

「……ううん、なんでもない」

 芹は苦笑しているだけだった。

 食器も洗い、身支度を終えると、健は芹とともに家を出た。今日もいつもと変わらない一日の始め方だ。芹との登校も、毎日のことだ。

 全てはいつも通りだ。

 ――昨夜の一件さえなければ。

(一体あれはなんだったんだろう?)

 芹と歩きながら、健は昨夜みた異様な光景を思い出した。(御千髪先輩と、背中から赤い触手をのばす女の子……)

 昨夜、例の現場から帰ってきてからは、ゲームの続きをしても身が入らなかった。それほどまでに、健にはあの光景が衝撃的だった。

「どうしたの、たけちゃん?」

「え?」

 隣から芹が不思議そうな目を向けていた。

「なにかボーッとしてるけど……考え事?」

「いや、そんなんじゃないよ。朝だから、頭がちょっと働いてないだけさ」

「そう? ……あ、わかった」

 芹がちょっと眉を寄せる。

「昨日も遅くまでゲームしてたんでしょ」

「あー、たしかにそうだね。途中でコンビニに食料の買い出しに行って、そこからさらに続きをやってたから」

「寝不足はダメだよ? たけちゃん、一人暮らしだから好き勝手できるんだろうけど……」

 芹の心配そうな物言いに、健は笑って見せる。

「あぁ、なるべく気をつけるよ」

「もーっ、いつもそう言って……」

 通勤通学の人たちで賑わう街の歩道を、健は芹と歩いていく。すぐ頭上から見下している瞳があることにも気づかず。


     ◇


「見ぃつけた」

 高層ビルの屋上の縁に腰かけて、眼下を眺めていた少女は誰にともなく口にした。彼女の視線の先には、眼鏡の女子高生と、その隣を歩く男子高校生がいた。

「わたしの、運命の人……」

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