2
商品棚から、芹は一冊の料理のレシピ本を手に取った。
ページを繰る。芹のチャレンジしたことのない料理のレシピが、その料理の付きで数多く載っていた。それを立ち読みする芹の目は真剣そのもの。
半分ほどに目を通したところで、本を閉じた。
「……よしっ」
これに決めた。
芹は料理本を胸に抱いて、レジへ大股で向かう。
『男の心を掴むには、まず胃袋を掴め』
つい最近、電車の中吊り広告で見かけた、女性雑誌の宣伝文句が思い出された。芹はまさに、健の胃袋を掴もうとしていた。
芹は料理の腕前には自信を持っている。
母からのおすそ分けと偽って、今まで健にはたくさんの手料理を食べさせてた。そのほぼ全てに、健から「おいしい」をもらっている。芹の自信は、これまでの積み重ねに裏打ちされたものだ。
この武器を活かさない手は無い。
全ては、突如として現れた触手美少女に勝つために。
(たけちゃんが観憂さんの触者――運命の人なんて信じないんだから……!)
観憂への対抗心に燃えた結果、芹は休日の書店へ足を運んでいた。今まで作ったことがない料理に挑戦する。そのためのレシピ本が必要だった。
レジへ向かう途中、文庫本のコーナーに入った。見慣れた黒い背表紙の小説たちが目に留まる。愛読している官能小説のレーベルだった。だが、この店でそれを買うわけにはいかない。万一、官能小説を買っているところを知り合いに見られたら、いろいろなものが終わってしまう。
(ああいうのは、ネットで取り寄せるのが一番安全だよね……!)
文庫コーナーを過ぎたところで、今度は児童書のコーナーが視界に入った。休日のお昼時とあって、小学生や、幼稚園児の親子連れがまばらに見える。
その身長が低めの客に混じって、ずば抜けて身長の高い人がいた。
横顔が見えた。
御千髪菊華だった。
菊華は真剣な眼差しで、ラックに立てられている本を見つめている。
芹は声をかけようかどうか迷った末、菊華の方へ歩み寄っていった。
「……菊華先輩、ですよね?」
「ひょえっ!?」
普段の菊華からは想像もできない、可愛らしい叫びがあがった。
菊華が勢いよく芹の方を振り向く。やや遅れて、長い黒髪の毛先が体の動きを追った。
「あなたは……芹さん、だったな」
「奇遇ですね。先輩もなにか買いに来たんですか?」
「い、いや……ちょっと立ち寄っただけ、だ」
菊華はなぜか目を逸らした。
「先輩?」
「すまない、用事を思い出した。これで失礼する」
言うが早いか、菊華はすごい早さで書店から走り出ていった。さよならを言う隙さえ、芹には与えられなかった。
芹は首を傾げた。
(どうしたんだろう、菊華先輩……なんだか様子がおかしかったけど……)
児童書の並べられたラックに、視線を移す。
ラックに入れられているのは児童向けの雑誌だ。幼稚園児向けのものから小学生に向けたものまで、種類も豊富だ。それらの表紙を、日曜日の朝に放送されている特撮の戦隊ヒーローや、魔法少女アニメの主人公が飾っている。
菊華はさっき、これらをずいぶん熱心に見ていた。
(先輩って、妹さんとかいるのかな……?)




