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護衛のお仕事

作者: リバスト

初めまして、リバストという者です。この度は、自分の趣味全開の短編小説を書かせて頂きました。要約すれば三行足らずで書けてしまうような短い話ですので、もし良ければお暇な時にでも御覧下さい。

・護衛の場合


 彼は護衛であった。

 彼が護るべき主は、危機に見舞われていた。

 彼の主に放たれた暗殺者が、主の私邸に侵入して来たのである。

 彼と同じく私邸の警護に当たっていた護衛達は、その暗殺者の奇襲によって殺された。

 彼は今や、主と暗殺者の間に立つ唯一人の護衛である。

 彼の持ち場は、主の私室前であった。

 彼が突破されれば、主の命は無い。

 彼はその事実を認識していたが、しかし何の感慨も覚えることは無かった。

 彼の目の前に、同僚達を斬り捨てた暗殺者の姿が迫る。

 彼はその姿を認め、迷い無く刀を抜いた。

 彼の抜刀に応じ、血刀を提げた暗殺者は早足に間合いを詰める。

 彼は刀を上段に取り、対手を待ち構える。

 彼の目から見て、暗殺者の技量は彼自身のそれを上回っていた。

 彼は、恐らく死ぬ。

 彼はそれでも退かない。

 彼の間合いの一歩手前で、暗殺者が跳んだ。

 彼の視界から暗殺者の姿が消え、彼の腹部を刃が貫いた。

 彼は死んだ。同時に役目を果たした。










・暗殺者の場合


 暗殺の密命を請け、敵対勢力の要人が逗留している邸へと侵入を果たした彼は、既に三人の見張りと遭遇し、これを撃破していた。

 対手が死亡したかどうかは確認していない。それよりも侵入に気付かれた以上、標的が逃げる前に迅速に討ち果たさなければならない。

 右手に提げた愛刀の柄を握り締める。三人分の血を吸ったそれは、彼の手によく馴染んだ。


――あとひとり。


 胸中で呟く。密偵が探り出した邸の構造は、頭の中に叩き込んである。この邸の主が居るであろう私室は、もはや目前。

 その前に、一つの人影があった。身の丈六尺はあろうかという巨躯である。抜刀した刀――屋内での戦闘を考慮したのか、彼の体格に比して短い――を上段に構え、こちらを待ち受ける姿勢を見せている。

 彼さえ突破出来れば、恐らくもう護衛はいない。標的はすぐそこにいる。

 逸る気を抑え、刀をだらりと提げたまま間合いを詰める。

 互いの得物の長さはほぼ同等。ならば体格に勝る分、間合いは護衛の方が長いだろう。そして戦闘は、武器を過不足なく扱える状況でなら、間合いが長い方が圧倒的に有利である。先の三人は不意を打って倒したが、最後の相手はこちらを敵と認識して、十分に体勢を整えて待ち構えている。加えて幅が三尺程度のこの通路では、相手の攻撃を左右に避ける広さが無い。術策を凝らせば間合いを見誤らせることは可能だが、今は一秒の価値が黄金でも買い戻せない情勢下。そのような時間的余裕は無い。

 相手が間合いも測れぬ鈍愚であれば勝ちの目もあろうが、そうでなければ良くて相討ち。そして彼の標的は護衛自体ではないのだから、護衛との相討ちには何の意味も無い。

 よって、彼の不利は太刀を合わせる前に決定している。能力の差ではなく状況の差。世の道理が、彼の敗北を予見していた。



――だが、暗殺者はその道理を覆す。



彼は、対手の撃尺に至る寸前で身を沈めた。上体を倒し、膝をたわめ、まるで倒れ込むかのように 極端な前傾姿勢となる。

 そして、飛ぶ。腿力の限りに床を蹴って、跳びはねるのではなく前方に「滑空」する。

 同時に、彼は両腕を突き出した。左手は羽織っていた外套を相手の顔面に向けて投げつけ、右手は血染めの刀を相手の胴に向けて突き出す。

 それは、正道の武人が用いるべき技ではなかった。彼の師が南蛮の剣技に着想を得、完成させた暗技。体を最大限に前方へ伸展させ、さらに片手持ちの刀を半身で突きだすことにより、敵の予想を超えた遠間からの攻撃を成す。さらに視界を遮ることで敵の攻撃を遅らせ(または外させ)、相討ちの危険を避ける。

 これまで彼は、この技を実戦で使ったことは無かった。矜持もあるがそれよりも、こういった奇襲の技は知ってさえいれば対処が容易だからである。もし彼が今日までにこの技を使い、その内容がこの護衛の耳に入っていたなら、今頃彼の命は無かっただろう。

――この技は、一生に一度の役目を果たす時にのみ使え――師の薫陶を思い返し、感謝の念を胸に刻む。

 だが、それも一瞬に満たぬ間のこと。迅速に標的を目指すため、護衛の鳩尾に深々と突き刺さった刀を引き抜くべく、両手で柄を持つ。


 そして彼は死んだ。役目は果たせなかった。










・邸の主、あるいは敵対勢力の要人の場合


 護衛と暗殺者が相果ててから数秒の後、尋常ならざる物音を聞いた邸外の見廻りや、暗殺者の侵入経路とは別の場所を警護していた者達が現場に駆けつけた。

 邸の主は既に私室から出て来ており、目前に伏した二人の遺骸を見下ろしている。

 護衛は腹部を貫かれ、暗殺者は護衛が逆手に持った刀で後背から…正確には、上方から首を貫かれて絶命していた。

 状況を見るに、先に致命傷を負ったのは護衛であろう。では、それなのに何故暗殺者は殺されたのか。

 答えは至極単純である。護衛は「殺されてから殺した」のだ。

 刺突という攻撃は、斬撃に比べて「殺傷力」に優り、容易に致命傷を与えることが出来る。しかし、人間は致命傷を負ってもすぐには死亡しない。完全に行動を停止するまでには、幾ばくかの猶予があるのだ。

 その点、斬撃には刺突ほどの殺傷力こそないが、相手の闘殺能力を奪う「制圧力」に優る。

 この暗殺者は、護衛に使った剣技を今まで使ってこなかったのであろう。だから、知らなかったのだ。胴を突かれても人間は即死しないということを。

 だが、大抵の者ならば刺された苦痛と衝撃で、まともに戦う気力など失っていただろう。しかし、この護衛はそうならなかった。

 何故なら、彼は護衛だからだ。

 護衛の役目は、主の身命を護ることである。自身の命に護るべき価値は無い。だから彼が為すべきは、暗殺者を殺害することだけだったのだ。

 それを確実に達成するために、相手に自分を「殺させてから殺した」……そういうことなのだろう。

 結果として、暗殺者は四人を殺害して果て、護衛は一人だけを殺害して果てた。しかし、役目を果たしたのは護衛の方であった。


 「浦木」


 邸の主は、役割を終えた自らの護衛を見下ろして名を呼ぶ。


 「大義である」




その言葉は、護衛にとってこの上無き賛辞であった。

ここまで読んで頂き、誠に有難うございました。


自分は古流剣術と居合、それから沖縄空手を学んでいますが、今回の話は『中世ヨーロッパの武術(著:長田龍太)』に書いてあるレイピアの決闘に関するエピソード(致命傷を負っても即死せず、延々と突き刺しあって相討ちになった)に影響を受けて執筆しました。

ちなみに、世界観や時代背景なんかは特に意識していません。『敵対勢力』とか『主』とか、曖昧な表現を使っているのはそのせいですね。どうぞご自由に想像して下さい。


突っ込みどころも多々あるかと存じますが、未熟者の戯言とご笑覧頂ければ幸いです。


それでは、機会があれば次の作品でお会いしましょう。お疲れ様でした。

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