探索2
「ほぅ……?珍しいな。お前がそんな事を言うなんて……。」
「煩い。あるのかないのかはっきりしろ。」
珍しそうに覗き込んでくる男を一瞥し、アルは鬱陶しそうに答えた。
「まぁ……あるにはあるが……。」
ぺらぺらと紙を繰る音を聞きながら、アルはそっと目を伏せた。
此処は傭兵協会本部である。あの後、アルは真っ直ぐにこの場に向かった。
セルディアにも支部は存在し、依頼を受けるだけの仲介所であれば更に多くの数が点在している。実際のところ、あの街の近くにも在ったのだ。
しかし、アルは優秀な傭兵。支部や末端の仲介所の依頼をさせるには惜しい人材である。故に、規則で決まっている訳ではないが、暗黙の了解としてウェール以上の傭兵は本部で依頼を受けるようになっているのだ。
そしてアルは開口一番こう言った。
「商隊の依頼は有るか」――と。
そして冒頭の遣り取りへと繋がるのだが――
男が珍しがるのも無理はない。アルは、今まで1人で出来る依頼を中心に受けてきたのだ。
特に、商隊など多くの人と接する仕事は断固として拒否し続けていたのだ。協会側としても、アルでなければならない様な大きな仕事でなければそれを容認してきた。
しかし、何故か今日は常とは真逆の要求をしてきたのだから、訝しく思っても仕方がない。
紙を繰りながら、興味深々とばかりに問いを続けた。
「しかしなんだって今回は商隊を?」
「――別に。商隊でなければならない訳ではない。只、商隊が最も情報が集まりやすい。……それだけだ。」
「情報……ねぇ……。」
男はぽつりと呟いた。
商隊が扱うのは、何も品物だけではない。彼等にとって最も重要なのは「情報」なのだ。
どの地域で何が必要か。今仕入れた品物は何処で最も需要があるのか。何処其処であれがあっているので、屹度これが必要になるに違いない。そうやって、商売の為の情報をあちこちで集めているのだ。
それ以外にも、帝国の検問の情報や、商隊同士の情報交換。中には情報自体を売り物にしている所もある。彼等と共に在れば、自然と情報も入ってくるというものだ。
1つ1つは何の意味もない風聞であっても、その欠片1つ1つをかき集めれば、立派な絵になる事だってある。
「本屋に現れる紅眼の少年」とてそうだ。
店の者や村人等にとっては特に意味の無い、直ぐに忘れてしまう程度の事ではあるのだが、キールという少年の事を知っているアルにとっては、彼の所在を知る重要な手掛かりと成り得る。
ピンポイントで彼等の居場所を探るよりは幅広い情報が入るのだから、アルにとっては都合が良いと言える。
「しかし、情報と言っても色々だぞ。せめて何の情報か言って貰えれば希望に添えると思うんだがなぁ……。」
ぼやくように呟いた男に、アルは冷たく言い放った。
「……帝国の動向が分かるヤツがいい……。」
「帝国ぅ~?」
「そうだ。元反乱軍の残党情報でも構わない。帝国とやり合う仕事は全て俺に回せ。」
アルの言い分に、男は呆気にとられた。
確かに、以前よりアルは帝国関係の仕事を進んで請け負っていたし、帝国に恨みがあるらしいという事も知っていた。しかしそれは「なるべくなら」という程度の話であり、此処まであからさまなものではなかった。
詳しくは知らないが、最近帝国と何らかの衝突があったらしいという噂も聞いている。
――今、彼に帝国関連の仕事を任せるのは危険だ。
男の長年の勘がそう告げる。
しかし、今此処で断ってどうなるのか。
「情報を」と回りくどい事を言っているのだから、まだ冷静といえる状態だと推測される。
それならば逆に、此方で情報を操作すればいいのだ。此方から率先して帝国の情報を流すことで、彼の行動を制限する事が出来る。
(――優秀すぎるのも困りものだな……。)
内心嘆息すると、男は1枚の紙を取り出した。
「なら丁度いい仕事が入ったばかりだ。――まぁ、お前の嫌いな、他の奴と組まなけりゃならん仕事だがな。」
男の言葉に僅かに眉を顰めるも、視線だけで続きを促した。
「全商連の仕事だから情報は好きなだけ拾えるし、帝国の鼻を明かす事もできて、尚且つ依頼料も高い。まさに一石三鳥の仕事だ。」
「……全商連?」
「ああ。全商連の仕入れ補助――ってとこかな。」
どういうことだ。アルの問う様な視線を受け、男はにやりと笑みを浮かべた。
全商連。それはセルディアを本部とする、商人連合の事である。
昔、まだセルディアが国ともいえない小さな国家であった時、セルディアの国としての地位は無いに等しかった。
やがて一部地域が貿易都市として発展し始めたころ、商人達との間で激しい摩擦が起こり始めた。どの国と、何を、何処と取引をするのか。内容は多岐に渡り、まるで奪い合うかのような見苦しい取引がされ始めた。
需要と供給よりも品数を。利益よりも相手を出し抜く事を。
やがて発展する筈であったセルディアは、見る見るうちに衰退していった。
それを憂いた当時の国王は、商人達を集めて話し合いの席を設けた。国王自ら仲裁をし、話し合いは何日も続いた。やがて様々な取り決めがされ、セルディアは貿易国家として発展していった。
その後も、定期的に商人達の話し合いは行われた。それが全商連の起源と言われている。
その全商連の依頼という事は、他国でいう王宮務めに等しい。その上全商連と直接関わるのであれば、王族の護衛をすると同じくらい名誉な事なのだ。
当然、内情を他者に知られるのは好ましくない。故に、大きな商家には専属の護衛や隠密がついているので、他者に委託するような真似は絶対にしないはずなのだが……。
アルの疑問が分かったのか、男は勿体ぶって答えた。
「当然、普段なら有り得ない仕事だな。雑用程度なら請け負う事もあるが、直接の雇用なんて先ず考えないだろう。」
「つまりそれが帝国関係って事か?」
「……頭が切れすぎるってのもつまらねぇものだな……。」
男はつまらなそうに呟いた。
「――まぁ、そういうことだよ。簡単に言えば、帝国に喧嘩を売る仕事。もっと詳しく言うなら、何処までが赦されるのかを調べる――ってことかな。」
そういうと男は、取り出した紙をアルの目の前に置いた。
アルはその紙に素早く視線を滑らせ、そしてある項目を目にした瞬間、怪訝そうに問うた。
「――帝国に喧嘩でも売るつもりか?」
「さっきそういっただろ?」
男はにやりと微笑んだ。
「――ま、お前さんが考えている事とはちぃとばかし違うだろうがな。」
アルは再び視線を落とす。
アルの視界に飛び込んで来た内容――それは、仕入の項目だった。
「――ま、そういう訳だ。条件は口が堅くウェールの中でも上位以上の実力者。――お前さんにぴったりだろう?」
レルヴァの中でも上位のアルだ。確かに充分過ぎる。
「上位……リュート並みの奴って事か?」
その言葉に、男は驚いて目を見開いた。
「……こりゃあたまげた。まさかお前さんが人の名前を覚えるなんて……。」
「……俺を何だと思ってるんだ。」
「――否、珍しい事もあるもんだとおもってな。こりゃあ今夜にでもレルヴァの飛翔が拝めるかなぁ。」
レルヴァは目撃証言が殆どないと言われる珍獣である為、アドリアでは「槍が降る」「天変地異の前触れ」の様な意味合いで使われる事が多い。
憮然とした顔をしているアルに構わず、男は話を続けた。
「今回は4人くらいで行動するが、二手に分かれる事が多いと思う。主にお前さんに組んでもらう相方ももう決まってる。」
がんばれよ。その一言を背に、アルは本部を後にした。
待ち合わせ場所に向かう途中、アルの心に何か重たいものがずしりと圧し掛かった。
理由ならば明白だ。先程目にした単語以外にない。
それはまるでアルを追い立てるかのようで――
(戦え、と――そう言うのか――?)
『――ねぇ、帝国軍を追い出しちゃおうよ。』
脳裏に響く、友の声。
(――それがお前の望みか?――シリル……。)
人には生まれる前から背負う運命があるのだと、友は言った。
ならば屹度、自分は戦う運命のもとに生まれて来たのだろう。
自分か、帝国か。
恐らくどちらかが滅ぶまでこの戦いは終わらない。
喩え1つの終焉を迎えても、それでも戦えとばかりに何度も何度も戦禍の中へと追いやられていくのだろう。
――だったら流れに身を任せた方が楽なのかもしれない。
すっと前を見据え、アルは再び歩き出した。
――もう、迷いはない。
依頼内容――帝国軍の撹乱と、それに乗じての品物の仕入れ。
仕入れるものは 剣。
※ ※ ※
セルディア国内に在る村の近くの大木で、「相方」とやらが待っているらしい。アルは、目的地に向かって歩いていた。
武具の調達と輸送経路の確保。それが今回の目的であると聞いた。
近々、大量に武器を仕入れるらしい。それがどういう事か、分からないアルではなかった。
――再び、始まるのだろうか? 戦争が。
――動き出したのだろうか? 彼等が。
『ねぇ。追い出しちゃおうよ。』
『あの方の仇討ちを――』
『お前の力が、必要だ。』
浮かんでは消える、声。
それはまるでアルを戦いへと誘って行くようで――
思考ノ波ニ ノマレル……。
ふと顔を上げると、目印である大木が目に入った。
そのあまりのタイミングに、まるで友に『考え過ぎるな』と言われているようで――
思わず、笑みが零れた。
目印の大木から右に12歩。そこから左に6歩進み、右斜め前にある、黄色い実の成っている木の前に立った。
(……4……5……6……。)
指定された、黄色い実の成っている木から7本目の木陰に人影が見え、アルは認証の言葉を口にした。
「――ラードリーへはどちらの道を行けばいい?」
「……赤い木を迂回すれば街道に出るわ。でももう直ぐ黒馬の荷馬車が来るから宜しければご一緒しません?」
その口調と予想よりも高い声に、アルの眉がピクリと揺れた。それはルファのような声変わりの済んでいない幼い子供の声ではなく、寧ろ――
「……黒、赤、白の花を贈りたい。途中に有るか?」
「あら、素敵。大切な方に贈られるの?――でも私は、情熱的な真っ赤な花の方が好きよ。」
するりと木陰から出てきた人物を見た瞬間、アルの眼が僅かに見開かれた。
「――初めまして。私の名前はプリシッラ。短い間だけど、宜しくね。」
木陰から現れた「相方」は、艶やかな笑みを浮かべた、美しい女性だった。
因みに、毎回ヒロインの変わるハーレムものでは御座いません。
パノもシッラもヒロインに非ず。
ヒロインは次作にて登場予定←




