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緋き死神と亡国の英雄  作者: 水瀬紫苑
第三章 刹那の再会
33/36

探索

「配置に付け!!いいかっ!絶対に陣形を乱すなよ!!」


壮年の男の、野太い叫び声が聞こえる。次いで、おおと応える声も届いた。


(――始まったか。)


少年は、さして興味もないと、再び瞳を閉じた。



その少年は、頭からすっぽりとフードを被っており、顔がよく見えない。


小さな袋と、布をぐるぐると巻き付けた長い棒の様なものしか持っておらず、旅人にしてはえらく軽装である。


しかし、この非常事態においても慌てることなく堂々としている様は、頼もしいと感じるべきか、事態を把握出来ていないのかと呆れるべきか悩むところである。


やがて外の喧噪が激しくなってきた頃、乱暴に天幕が開けられ、数名が文字通り転がり込んできた。


「……3……か……。」


少年の放った小さな呟きは、転がり込んできた人々により消されてしまった。


「お、おい少年!絶対に此処から出るんじゃないぞ!!」


「そうよ。この中に居れば安心だからね!!」


まるで少年を励ますかのように、矢継ぎ早に「大丈夫」を繰り返す人々。


大丈夫じゃないのは自分達だろうと、少年は冷静に分析する。


「……漸く4……か……。」


「……へ……?」


何の事だろうと首を傾げる人々を一瞥すると、緩慢な動作で立ちあがった。


「しょっ……少年……?」


そう言えば、この少年の名前は何だっただろうかと、どうでもいい疑問が頭に浮かぶ。名前を聞いたような聞いていないような。それさえも曖昧で。


「しょっ、少年!危ないからこっちに居なさい!!」


人々はぎょっとした。あろうことか少年は、戦場と化した外へと出ようとしているのである。


だが当の本人は、状況が分かっていないのか淡々と言葉を返す。


「無理だ。相手は17人、此方は4人。しかも今漸く4人しか倒せていない。このままいけば、疲弊して此方が全滅する。」


驚いて少年を見つめる。確かに、相手は20人近くいたし、自分達が逃げ込む前に3人ほど倒していたような気がする。だが、ずっと荷台の中に居た筈の少年が、何故外の状況を正確に把握しているのだろうか。


まだ5人か。まるで外が見えているかのように呟くと、呆気にとられた人々を無視して、少年は緩慢な動作で外へと出た。


「――っ!!少年!!」


慌てて呼び止めるものの、既に少年は見えなくなっていた。


少年を心配する気持ちもあるが、激化する戦場へと舞い戻る勇気もない。悩んだ挙句、こっそりと天幕から覗き込むことにした。


そこで彼等は、信じられない光景を目にした。


 ※ ※ ※


彼等は商隊の護衛であった。彼らの仕事は、獰猛な獣や荷物を狙う賊から商人や品物を護る事である。


そして今も、長閑な参道に当然の如く現れた賊と対峙している最中だった。


「いいかっ!!彼等と荷物には指一本触れさせるなよ!!」


「はいっ!!」


「おおっ!!」


無力な商人を馬車へと追いやり、彼らは必死に応戦する。


賊の実力自体はたいしたことないが、その人数に問題があった。このままでは多勢に無勢、此方が全滅してしまう可能性もある。


どうするべきか。応戦しながら策を練っていると、ふと何かが視界に映った。


相手の剣を弾き飛ばし、そのまま昏倒させる。そして急いで視線を滑らせると、その違和感の正体が分かった。荷台の天幕の隙間から、少年が顔を覗かせていたのだ。


何をしているのだ、と怒鳴りたい衝動に駆られるが、声を荒げてしまえば賊に気付かれてしまう。屹度、好奇心の強い子供が、外の様子を見たがったのだろうと心を落ち着かせ、再び剣を振るい始めた。


だがあろうことかその少年は、ゆらりと身を乗り出してきたのだ。


そして彼が持っていた布を巻き付けた大きく長い棒の様なものを手に、完全に外へと出てしまったのだ。


(商隊の奴等は何をしているんだ!!)


子供が外に出てしまった事に気付かなかったのだろうか。


流石の自分でも、子供を庇いながら戦うのは無理だ。そう思った瞬間、何人かの賊が、少年の存在に気が付いてしまった。


そして、自分達の仲間もそれに気が付いた。


1番近くに居た仲間の脇をするりと抜けると、少年はそのまま飛び出してきた。


賊が少年に切りつける。


もう駄目だ。そう思った瞬間――



賊が倒れ伏し、少年は更に歩みを進めた。



――何が、あったのだろうか。


訳が分からないと目を見開いていると、再び賊が少年へと襲いかかっていった。


流石に奇跡は続かないと諦めかけたその時――


再び賊が倒れ伏した。


何故、と思う間もなく、少年が走り出す。


そして、布を巻き付けた棒をくるりと回転させ、近場の賊の鳩尾に叩きつける。続けて身を沈ませると、起き上がりざま、棒で賊の顎を強打する。


その鮮やかな身のこなしに、思わず魅入る。


男達が手を休めている間も、少年の動きは止まらない。ある時は棒で。ある時はその拳で。次々に賊を倒していく少年。


自分達が4人がかりで倒した6という数字を、少年は1人で容易く破ってしまったのだ。



――なんだ この少年は。


屹度、その場にいた全ての者が同じ感想を抱いたに違いない。


自分の手が止まっている事にすら気が付かず、護衛の男達は呆然と少年を見ていた。



やがて緩慢な動作で此方を振り返った少年と目があった時、漸く立っているのが自分達のみである事に気が付いた。


「……す……すげぇ……。」


「何者だ?あのガキ……。」


呆然とする男達に声をかけるでもなく少年は無言で踵を返し、そして荷台の前まで来ると、そのまま身を潜らせた。


呆然とする商人達にも構わず、先程座っていた場所に腰を落とす。



「すげぇなぁ、ボウズ!!」


「一瞬で片づけちまった!!」


ふと我に返り、興奮覚め止まぬ様子で矢継ぎ早に少年に話しかける男達。それらに対し、少年は煩そうに顔を顰め、おざなりに応える。


あぁだのううだの答えにもならない応えを返していた少年だったが、ただ1つだけまともに返した答えがあった。



「――ところで少年、君の名前は何ていったっけ?」


その問いに、少年は何かを想う様に黙り込み、やがて緩やかに口を開いた。


「――バド……。」


それだけ返すと思案するように黙り込み、誰に何を聞かれようとも、その後、少年が口を開く事はなかった。



 ※ ※ ※

ペラペラと本を繰る。まるで何かを探すように、時折手を止めては中身に目を通す。そして落胆したとばかりに溜息を吐き、俯いた。


ちらりと前髪の隙間から店主を窺う。彼の意識が此方に向いている事を確認すると、少年ははにかむ様な、困った様な笑顔を向けて、店主に声をかけた。


「すみません。此処に、紅い眼をした男の子が来ませんでしたか?」


元々、表情筋が死滅しているだの鉄仮面だのと言われてきた少年である。笑顔なんてものの作り方は知らない。しかし彼には良い手本があった。


そっと、友の温かな笑顔を思い出す。彼と同じ笑顔は出来ないが、彼を真似て笑顔らしきものを作ることは出来る――と思う。


「……紅い眼?――否、見てないが。」


「そうですかぁ……。」


がっくりと、落胆したとばかりに肩を落とす。


そんな少年の様子を見て、店主は躊躇いがちに声をかけた。


「なんだい?その少年がどうかしたかい?」


「――いえ、大した事じゃないんですけど……僕の捜している本を、彼が持っているのではないかと。」


「本?」


「ええ。今、スーラの本を探しているんです。それで、色んなお店を見て回ってるんですけど、何件かで言われたんです。紅い眼をした少年が買って行ったって。」


「スーラ?何でそんなもん捜してるんだい?」


「僕、今度父の仕事でスーラの方に行くんです。だから、スーラに入る前に色々調べておこうかと思って……。」


慣れない言葉遣いに、舌を噛みそうになる。しかし、友の穏やかな話し方や、ルファの様なあどけない少年の話し方を思い出し、何とかそれらしく振る舞う。


「スーラ!!何だってそんな所に!!あそこは危ない。死にに行く様なもんだぞ!!」


驚いて声を荒げる店主に、少年は困った様な笑顔を向けた。


「ええ。だから前もって知識を得ておきたいと思って――宗教関連は特に。

誤ってフェーレ教に則った行為を行わない様に、彼らの教義を汚さない様に……。」


「成程な。しかし、スーラ関連の本ならそこにも在るだろう。」


「いえ。先程目を通してみたのですが、僕の知っている知識ばかりで――もっと詳しい本が欲しいんです。

スーラに入る前に出来るだけ多くの知識が欲しくて片っ端から本屋に寄っているのですが、どうやら先を越された様で……。」


レーヴェル・スーラはかなり敬虔な宗教国である。故にその宗教や土地をめぐって、日常的に戦が行われている国なのだ。ほんの少しの誤りで彼等を刺激し、命を落とすことも珍しくはない。


少年が、更に詳しい本を持っているであろう紅眼の少年の居所を知りたいと願うのも無理はないと納得する。


「……う~ん……。やっぱり見てないなぁ……。」


なけなしの記憶を手繰り寄せる店主を申し訳なさそうに見て、少年は辞去の言を紡いだ。


「分かりました。すみませんお仕事の邪魔をしてしまって……。」


「否、少年も死なない様にな!」


縁起でもない事を言う店主に苦笑すると、頭を下げ、少年は本屋を後にした。



少年は、ゆっくりと不自然でない速さで歩きながら呟いた。


「……此処にも来ていない、か……。」


では次は何処へ向かおうか。少年の頭は高速で回転し始める。



 ∮ ∮ ∮


あの日――パノが死んだ日、村を出たアルは、そのままレクスの足取りを追った。


しかし、彼が向かうと言っていたアジトに彼は居なかった。


怪我の治りきっていない彼と自分とでは歩む速さが違う。アジトに着く前に追いつくと踏んでいたのだが、すれ違う事もなくアジトに着いてしまったのだ。


もしかしたら途中で事情が変わったのかもしれないと、近場にあるアジトを全て回ってみた。しかし彼に会う事はなく、寄った形跡もない。


ならば、帝国軍に見つかり何処かに身を隠しているのだろうか。しかしそうなれば彼を見つけ出す事は容易ではないだろう。


アルは迷った末、彼を追う事を諦めた。アルの目的はレクスに会うことではない。かつての仲間と合流する事にある。レクスと会う事は、その為の手段でしかないのだ。


そのレクスが見つからない以上、自力で探し出すしかない。


そうしてアルは、彼等を探し始めた。



先ずは移動手段と情報を求めて、商隊に潜り込んだ。


処刑の報が流れていないという事は、レクスはまだ帝国に捕らえられていないという事である。


彼は元クレイス軍の幹部で、それ相応の実力はあった。そう易々とは捕まるまい。


便りが無いのは良い便りだと言うが、アルはまさにその思想の持ち主であった。


レクスは幹部クラスで、顔や名前もある程度帝国側に知られている。故に、良くも悪くも何かしら進展があれば、アルの耳にも届くはずである。


レクスの安否はそれで分かる。だから彼の事は捨て置いても構わない。


それに、縦しんば彼の身を案じ探し出そうとしたとしても、それは不可能に近い。


彼の外見的特徴で1番分かりやすいのは髪の色であるが、それは染めてしまえば分からなくなってしまうものである。


例えば彼が髪を黒く染めている場合、白髪の男を探したとて到底彼には辿りつけない。だからといって、似絵を描き、1人1人に聞いて回る訳にもいかない。もしそれが帝国の耳にでも入れば、自分も彼も共倒れになってしまうのだから。


そしてそれは、他の仲間達にも言える事だった。



――ならば誰を捜すべきか。


考えるまでもなく、アルの脳裏に浮かんだ人物は、ただ1人だった。


何故ならば、捜すべき人物の外見的特徴が髪の色の様に安易に染める事の出来ない場所にあり、尚且つそれが極めて稀少であるという事が前提である。


『キール』


彼以外に思いつかなかった。



『どうかお傍に居させてください』


かつての自分が友を想った様に、ただひたすらに自分を慕った少年。


そして、あの時最後に言葉を交わした人物でもあった。


『――戻って、来ますよね……?』


不安気に見上げる顔。


――彼は、こうなる事を予想していたのだろうか。


ふるりと頭を振って、思考を切り替える。


今更そんな事を思い出した所で何の意味もない。


大切なのは、これからだ。


「――怒って、いるだろうな……。」


アルはぽつりと呟いた。


思い切り睨めつけられ、開口一番に嫌味を言われ、彼の気が落ち着くまでずっと彼の毒舌を浴び続ける。


そんな再会の様子が安易に想像でき、思わず苦笑を洩らした。


「――仕方がない、な……。」


必ず戻ると約束をしておきながら、未だに逃げ続けている自分が悪いのだから。



――そう、アルは逃げ続けていた。



友を護れなかった自分から。


継ぐべき友の意志から。


そして、そんな自分を必要とする仲間達からも――



そうして全てのものから逃げ続けた結果得たものと言えば、新たな喪失と深まる虚無、尚も積もり続ける憎しみだけである。


だからこそ、それを断ち切るために戦う事を決めたのだ。


圧倒的に自分が悪いのだし、小言ぐらい甘んじて受け入れるべきだと思い彼を捜しているのだが、その足取りを追う事は出来なかった。


「本屋で紅眼の少年について尋ねる」事が1番手っ取り早い方法だったのだが、未だに彼の目撃情報はないのだ。



彼の瞳は燃えるような紅。赤髪は珍しいが、全く見ない訳ではない。しかし紅い瞳は極めて稀である。


その上、瞳の色は安易に染められない。出来ない訳ではないが、視力を失う危険性もあり、余程の事がない限りはそうしない。


故に、仲間の誰かを捜すと決めた時、真っ先に浮かんだ人物は彼だった。


そして、彼は様々な知識を身につける為に、よく本を読んでいた。


先の戦でも、彼は街に寄る度に本屋に足を運んでいた。


だからこそ、本屋を中心に聞き込みを続けていたのだが、未だ手がかり1つ無く。


「……仕方がない、な。」


小さく呟くと、アルは再び歩き出した。


「もう1つの手段」を使う為に。


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