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緋き死神と亡国の英雄  作者: 水瀬紫苑
第三章 刹那の再会
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マツリノアト

「おっ、ご到着~っと。」


へらへらと笑いながら、青年は嬉しげに目を細めた。


見覚えのある風景に、青年の足は自然と速まる。勝手知ったるなんとやら。青年は、迷うことなく村へと向かった。



青年は、仕事もひと段落し、馴染みの少年に会いに行くところであった。それが最近の、青年のひそやかな楽しみなのだ。


果たしてあの仏頂面の少年は、純朴な少女の好意に気付くことがあるのだろうか。


あの少年に少しでも変化がみられるのであろうか。


青年の興味は尽きない。


何時までもあの少年がこの村に留まるとは思えない。だからこそ、期限付きの――今この時だけの楽しみなのだ。


青年は、足取りも軽く目的地まで歩き続ける。だが、ふと違和感を覚え眉を顰めた。


(――なんだ?これは。)


明確な答えがあるわけではない。だが、胸に巣食うざわめきは、青年に何らかの信号を送り続けている。


青年は、自分の勘に絶対的な自信を持っていた。それは幾度となく青年を助け、それがあるからこそ青年は「優秀」と言われ続けてきたのだ。


青年の勘は、「なんとなく」感じる不確かなものではなく、彼の記憶が、彼の目から伝わってくる情報を認識していない――つまり、記憶や経験に裏打ちされた、確かなものだ。


青年の経験や記憶、それにプラスして彼本来の観察眼や鋭さが合わさり、彼の能力を最大限に引き出していた。


だからこそ、自分の「勘」には素直に従うことにしているのだが……。


「……ま、行ってみりゃわかるさね……。」


そっと嘆息すると、再び歩き始めた。



村に数歩足を踏み入れれば、誰に聞くまでもなくその違和感の正体に気付いた。村全体に重苦しい雰囲気が流れている。


それは、長閑で平穏な村本来のものではなく、寧ろ、賊に押し入られた直後の恐怖や絶望に彩られたものと酷似していた。


(おいおい。何があったってんだい?)


リュートは不思議に思う。王都の繁華街ならともかく、こんな寂れた田舎町を好き好んで狙う賊はいない。


前回の様に、近場で楽だからと最初の獲物にする者もいるのだが、それはごく少数。そうそう何度も狙われる様な村でも場所でもなかった。


それにもし何事かが起きたのだとしても、あの少年がいる限り、この村は世界一安全な場所であるはずなのだ。



――分からなければ、聞けばいい。


事情を完全に把握しているであろう顔見知り――村長若しくは団長に事情を聞く為、まずは役場へと足を向けた。


 ※ ※ ※


男は部下たちに指示を飛ばし、全員を送り出した後、小さく溜息を吐いた。


――未だ、血臭が消えない……。


あれから何日経ったのか、今の自分にはわからなかった。


たったの1日か、それとも数カ月前の話なのか……。


時間の感覚も、今、自分が何をしているのかさえも分からない。


――そして、何にこんなに衝撃を受けているのかも。


村人が大量に虐殺されたこと――?


娘のように可愛がっていたパノが殺された事――?


――それとも、今なお脳裏に焼き付いて離れない、少年の姿――?


考えたいのに、頭がまともに働かない。立ち直るには、まだまだ時間が足りなくて。


それでも立ち止まるわけにはいかない。嘆いたところで村は復興されないのだから――。


何度目になるかわからない溜息を吐くと、書類を片手に役場へと足を向けた。


今日は、村長やその他代表達が集まって、今後について話し合う予定である。案の定、役場へ行くと、主だった顔振れが揃っていた。


数人の代表達、村長。そしてその中に、見慣れぬ青年の姿――否、見慣れた青年の姿があった。その青年は、以前村に不幸があった際、復興に手を貸してくれていた傭兵の1人であった。


彼の姿を目にした瞬間、男の目は見開かれた。


何故、此処に。


疑問に思うと同時に、ふと男の脳裏を過った少年の顔。


――まさか……。


男が口を開こうとした瞬間、まるで男の思考を読んだかの様な返答が返ってくる。


「ども。お久ぶりですねぇ、団長さん。――んで、アル坊は何処ですか?」


やはり、と納得する。今目の前に居る青年とあの少年は懇意にしていたようで、青年は何度も少年に会いに来ていた。青年の目的が彼以外である筈がないのだ。


居ない、と口にしようとした瞬間、男の唇は縫いとめられた。へらへらと笑っていながらも、青年の瞳は鋭く、真実以外を赦さない。


彼の望む応えは少年の所在ではなく、それを含めた今の現状。


この村に何が起きたのか。


何故少年は居ないのか。


勿論、この村に起きた事を村人でない彼に話す義務はない。だが、彼があの少年の知人であり、尚且つこの村の復興に尽力してくれたとなれば話は別だ。


彼の実力は、つい先日この村を出た少年には及ばないものの、自分よりは遥かに上であろうことは容易に知れる。


正直、同じ団員や自分より目上の者、そして村長よりも頼りになるのは確かで。


――誰かに聞いて貰うことで楽になりたかったのかもしれない。


そっと唇を開いた。


「……村長、彼に話を……?」


「いんや。俺今来たトコだし、団長さんを待とうってことになったんですよ。」


「……そうですか。

――結論から申し上げましょう、リュート殿。この村にアルは居ません。つい先日出て行きました。そしてこの村の事ですが――。」


あれを言葉で言い表すとするならば、1つしか思い浮かばない。


――それは


「――この村は、再度……いえ。前回以上の地獄へと突き落とされました。

――アルは……。」


「ばっ……化け物っ!!化け物がっ!!」


突然、1人の男が叫び出した。一緒になって震える者、沈鬱な表情で俯く者は在っても、唐突に取り乱した男を責める者は居なかった。


答えを求めるリュートの瞳を見て、観念したのか村長が口を開いた。


「……お話しましょう。あの日起きた全てを――。」


この村に起きた、忌まわしい記憶。


「……始まりは、嵐の過ぎ去った日。1人の傷ついた旅人を拾った事から始まりました。」



 ※ ※ ※


アルが動く度に、1つ、また1つと命が失われていく。


賊を蹴り、突き飛ばし、そして剣を凪ぐ。その動きは、まるで剣舞のように躊躇いなく滑らかだ。


喩え賊が後ろから襲いかかろうとも、アルはその身に刃を沈めることなくかわしていく。事前に打ち合わせでもしていたのでは、と愚かな思考が生まれてしまうほどその動きは常軌を逸していた。


やがて敵もアルの尋常でない実力に恐れをなしたのか、じりじりと後退していった。


最初は、数で圧せば大丈夫と安直な考えでアルを囲んでいたが、その実力に恐れをなし、無暗矢鱈と攻め込む事をしなくなった。次いで、アルの体力の消耗を狙おうとしたようだが、未だに息1つ乱れぬ姿を見ては、無駄を悟らざるを得ないだろう。


――化け物。


今目の前にいる美しい少年は、化け物だ。


悲鳴を上げ、逃げようとする男達。だが、血に飢えた獣の眼はそれを逃さなかった。


最初に戦線を離脱した男の眼前に迫ると、躊躇うことなく刃を振るう。


そして振り返ることなく走り出し、近場の男に襲いかかった。


仲間を見捨て、その隙に逃げようと画策した男は、己に何が起こったのかさえも理解出来ぬまま、その瞳を閉じた。


恐怖のあまり命乞いをし始める男達。だがアルは、少しの逡巡も見せずに刃を振り下ろした。


恐怖に引き攣る瞳。それを受けても、何の感情も動くことなく。


やがて全ての音が失われた世界で、小さく呟く声が聞こえた。


「――化け物……。」


ちらりと視線を滑らせる。視界に映ったのは、見慣れた男だった。


気易くアルに声をかけ、その華奢な肩を思い切り叩いて豪快に笑っていた男。それが今や恐怖に顔を引き攣らせ、化け物でも見るかのようにアルを見ていた。


「うあぁぁぁぁぁぁ!!!」


狂ったように叫ぶのは、アルのようになりたいと瞳を輝かせていた青年だった。


ああ。今聞こえた甲高い悲鳴の主は確か、以前自分に野菜を持ってきた女だったか。


守るべき者に拒絶の瞳を向けられようとも、アルの心には何も響かず。ただ呆と虚空を見つめていた。



最初はただ、心強い と。そう思っていた。


アルさえ来てくれれば、それで村は救われるのだと。


この地獄は終焉を迎えるのだと。


しかし村の救世主たる少年は、少しも顔色を変えることなく命を奪い、戦意を失った者までも追撃し、挙句の果てには、命乞いをする者まで容赦なく手をかけた。


全ての攻撃をかわし、圧倒的強さで敵をねじ伏せる姿は頼もしい事この上ない。だが、返り血を浴びても顔色1つ変えず、敵とはいえ、人の命を奪うことにも躊躇せず、あれだけの敵を相手にしても息1つ乱さぬ姿を見れば、流石に恐怖を覚える。


そのような情の欠片もない行動を目にしてしまえば、尚の事。


少年は、救世主から一転、得体の知れぬ化け物へとその姿を変えてしまったのだ。



まるで掌を返したかのような村人の反応。だがアルは気にすることなく。


慌てて駆け付け、その壮絶な光景に言葉を失った団長に、常と変らぬ淡々とした言葉をかけたのだった。



 ※ ※ ※

「――っ!!」


言葉も、ない。


村人や団長の話を聞いて、リュートは言葉を失った。


思い出すのは あの光景。


一瞬で、地獄と化した あの 時の。


歴戦の強者共を揃って恐怖の淵へと叩き落したあの――



ごくり、と生唾を飲み込む音が静かに響く。


リュートには、彼らの心情が痛いほど分かる。だからこそ、茶化すことも、何を馬鹿なと否定する事も、恩人に対してあまりな態度だと叱責する事も出来ず。ただ言葉を飲み込み続けるしかなかった。


「……それで……アル……は……?」


張り付く喉を無理矢理こじ開け、どうにか言葉を紡ぎ出す。


「――あの後すぐに、旅立ちました。

――沢山の、金子を置いて……。」



  ∮ ∮ ∮


「――迷惑を、かけたな。俺は直ぐにこの村を出ていく。

――もし帝国の奴等が来たら、あの白髪の男の所為にしておけ。」


そう言うと、無造作に小さな袋を放り投げた。その袋は綺麗な弧を描いて団長の掌に収まった。

ずっしりと重いその袋を受け取り、問いかけるように首を傾ける。


「それで、もう1度協会の連中を使え。連絡はしておく。」


そう言うと、アルは名残を惜しむことなく踵を返した。


アルが歩く度、村人は逃げるようにして道を開けてゆく。その顔は恐怖に引き攣り、以前の様な親しみは全くと言っていい程みられなかった。


アルも振り返らない。もう1度パノの顔を見る事も、村に想いを残すこともなく。


ただ1度だけ、見慣れた少年を視界に入れると、その頭に優しく手を置いた。


「……約束守れなくて……すまなかったな……。」


それだけ言うと、今度こそ振り返らずに歩きだした。


「~~~っ!!」


引き留めなければ。声をかけようと必死に声を絞り出す。だが出てくるのは擦れて形を成さぬ音だけであった。


足元からじわじわと湧きあがり、やがて全身を侵食し尽くした恐怖が、彼を引き留める事を赦さない。


このままではいけないと思いながらも、アルを引き留める事を本能が拒絶した。



それからどれほどの時間が経ったのであろうか。恐怖に支配されながらも、少しばかり動き始めた思考が、手元の布袋の確認を命じる。


そっと開いたその中には、村の損害を補って余りある程の大金がぎっしりと詰められていた。


慌ててアルの立ち去った方角をみやるが、アルの姿はとうの昔に消え去り、問うことも礼をいうことも出来ず、ただ茫然と立ち尽くすしかなかった。


  ∮ ∮ ∮


「――それから……アルの要請を受けた協会の方々が再び後始末を請け負って下さり、今漸く復興の目途が立ったのです。」


そう締めくくった村長の言に、リュートは応えられなかった。


一体どのような気持ちだったのだろうか。まるで追い出されるかのように村を出ざるを得なかったアルは――


懇意にしていた少女を護ることが出来ず、友好的だった村人が、一転して強い拒絶を示し。



――しかしリュートには、村人たちを責める事は、如何しても出来なかった。


数々の修羅場を潜りぬけてきた自分たちですら恐怖を覚えたのだ。長閑な村でぬくぬくと育ってきた村人には、屹度耐えられなかった事だろう。


そしてふと思い出す、彼の言葉。


『俺は帝国を 絶対に 赦さない。』


思わず我を忘れてしまう程の怒り、憎しみ――


それらに支配されてしまえば、行き着く先は絶望しかないのだ。


その先に未来など在りはしない。


「――なぁ……アル坊……。お前は今、何処で 何をしている――?」


小さく呟かれた言葉は、まるでその問いを彼に届けるかのように、風に攫われていった。


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