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緋き死神と亡国の英雄  作者: 水瀬紫苑
第二章 定住
30/36

マチアカリ3

かつんかつんと靴音が響く。それはまるでカウントダウンのようで、リュートの心に重く圧し掛かって来る。


しかし、どれ程憂鬱な気持ちになろうとも足を止める訳にも行かず、結局は目的地に辿り着いてしまった。


大きな溜息を吐くと、忌々しげに扉を睨めつける。



此処は、セルディア国の首都アースディーンにある傭兵協会本部である。


セルディアにも支部は存在する為、傭兵たちが此処で依頼を受けることはあまりない。本部は、その殆どが幹部達で占められており、各支部長や仲介人、雑務をこなす本部勤務の人間以外が足を踏み入れる事は滅多にないのだ。


では、何故一介の傭兵であるリュートが此処に居るのかというと、彼は特殊な依頼を受ける事が多いからなのだ。


不快気に嘆息すると、一気に扉を開け放ち、足音も荒く部屋に踏み入る。


づかづかと遠慮なく進み、書類に目を通している男の前までくると、足を止め、思い切り睨めつけた。


「――全て、アンタの掌の上か?おっさん……。」


常に軽薄な態度をとり続けている彼にしては、随分と強い口調である。


しかし男は書類から目を放さずに応えた。


「部屋に入る時はノックくらいしろ?」


「とぼけんなよおっさん。――全て、計算の内か?」


殺気立つリュートに構わず、男は人の悪い笑みを浮かべた。


「勉強になっただろう?坊主。」


「……コノヤロウ……。」


リュートとは親子ほどに歳の離れた壮年の男は、精悍な中にも甘さのある顔立ちをしており、若い頃はさぞや騒がれたであろう事が伺える。


そして歳の割には締まった身体をしており、その隙のない動作から、相当な実力者である事が窺える。


笑みを浮かべていながらも眼光は鋭く、まるでこちらの全てを見透かされているような居心地の悪さを感じる。


常に軽薄の仮面を付け、本心を曝さず周りを手玉に取って来たリュートだが、彼にはどうしても勝てる気がしないのだ。


リュートとは旧知の間柄であるというのも理由の1つではあろうが。



彼の役職は 傭兵協会会長――


傭兵界の頂点に立っている人間だった。


何故そのような大物とリュートが親しげに話しているのか。理由は単純明快。彼とリュートの父親が知り合いだと言うだけの話だ。


にやにやと人の悪い笑みを浮かべる男を睨めつける。


――今回の依頼で、1番得をしたのは誰か。


それは、間違いなく今目の前に座っている男であろう。



――あの後、アル以外の人間は報酬を受け取ってはいない。後片付けに従事した人間もいるが、報酬は本来の依頼料の半分以下。そして、賊が隠し持っていた略奪品は持ち主に返還され、持ち主不明の品は協会預かりとなったのだ。


アルを含め全ての傭兵の報酬は其処から支払われ、アルゴ村へも幾らか寄付をし、残りは協会の懐へと転がりこんだのである。


賊を退治し、傭兵の威信を見せつけ宣伝効果を得ると同時に、村への支援などで評判を上げ、なおかつ自身の利益にもなる。


――全ての人間を納得させ、その上でいいところ全てを奪いつくしたのだ。


(――この、タヌキジジイが……)


彼が心中毒づくと、男はにやけたまま口を開く。


「――いい、勉強になったろう?」


ぴくり、とリュートの肩が揺れる。男が何の事を言っているのか、分からぬリュートではなかった。


「ああ。色々と……規格外……だった、な。」


その答えに、男は満足そうに微笑んだ。


「お前に其処まで言わせるなら、まだまだアイツも使えるな。」


「……あんなトンデモナイの、何処で見つけて来たんだよ?」


「そりゃあ企業秘密ってヤツだ。」


「……そうかい……。」


呆れたように呟いたリュートだったが、次の瞬間、鋭い視線を向けた。


「――目的は、奴らの鼻っ柱を叩き折る事……か?」


その言葉に、男はうっすらと微笑む。


「折れてたか?」


「ああ。そりゃあもう、見るも無残にボッキボキ。」


くつくつと肩を揺らす男。その姿を見て、リュートは再びタヌキジジイ、と悪態を吐いた。


今回の依頼には、幾つかの思惑があった。


1つは賊退治。表向きの依頼である。


もう1つはリュートの受けた依頼で、裏切り者を探す、という事だった。


最近、無法者にこちらの情報を流し金銭を受け取り、傭兵としてそいつらを倒すことで口封じも兼ね、尚且つ依頼料を受け取ることで二重に金を稼ぐ、という悪質なものだ。


今回リュートの請け負った依頼は、その痴れ者を探し出す事であり、彼はその様な裏の仕事を請け負う事が多かった。


傭兵の査定や調査、裏切り者の粛清といった、正規の依頼よりも協会側の仕事ばかりが回ってくるのだ。適材適所、とはいうものの、気安く人に話せない仕事というのは正直あまりいい気分はしない。


取り敢えず依頼も完了し、今頃その男は一家郎党全てを調べ上げられ、皆殺しにされているかもしれない。協会の粛清は、その辺の賊よりよっぽどえげつない。


そこまではいいのだ。しかし問題は最後の1つ。ルガイ以上の傭兵の鼻っ柱を叩き折る事である。


最近、己の実力を過大評価し増長している輩が非常に多い。実際、今回集められた傭兵たちには、流石のリュートも目を塞ぎたくなったくらいだ。


――上には上がいる。


アルと組ませることでそれを知らしめたかったのだろう。


――まぁ、彼は少々規格外過ぎるのだが……。



嘆息すると、踵を返した。


「……取り敢えず、事後報告は終わったぜ。」


じゃあな、と手を振り扉を潜ろうとする――が。


「ああ。其処の書類に目を通しておけ。」


次いで聞こえてきた言葉にピクリ、と肩を揺らす。


「――おい、じじい。俺は今、仕事が終わったって言ったんだぞ?」


「終わったんなら丁度いいだろう。次の仕事が入っている。」


「少しは休ませろよ!」


「若いうちは働け。小僧。」


どうやら自分には、余韻に浸る暇すら与えては貰えぬらしい。


嘆息すると、机の上に置かれた書類を手にし、今度こそ出て行こうとした。


「――ああ、一度くらい家に顔を出したらどうだ?

そのうち本当に死んだ事にされるぞ?」


「――余計なお世話、だ。」


吐き捨てると、今度こそ部屋を後にした。



「……ったく、あのクソじじぃ……。」


ぶつぶつと文句を言いながら、リュートは「規格外」な人物について想いを馳せた。


歳はおそらく15~18程度。ともすれば、自分より10近く年下ということになる。


自分はそこそこ強いという自信もあるが、飽くまでも「そこそこ」である。自分より強い人間が数多存在していることも理解しているし、おそらくガディルも自分より強い。


――だが、同年代では実力が抜きんでていると自負しているし、ましてや年下の子供になんて負ける気はしなかった。


――しかし


(――綺麗な顔して、とんでもないガキだったな……。)


彼には驚かされてばかりで、見事に自分の「軽薄」の仮面をはぎ取られてしまった。


少女のように美しく可憐な容姿に似合わず、随分と粗暴な言葉遣いと物騒な目つきで、全く以って可愛げの欠片もない少年であったが……。


――だが、あの村に滞在し始めて、ほんの少しではあるが、丸くなったような気がするのだ。


それはあの村の所為か、パノという少女の所為なのかは知らないが。


(まぁ、あの少年がパノ嬢にオトされるとは思えないけどねぇ……。)


それでも少しばかりは関係が進展しているだろうか。


それとも、あの分かり易すぎる態度に、未だ気付かず終いなのだろうか。


くつくつと肩を揺らす。


次の仕事もまた、セルディア内であった。ならば、仕事終わりにちょっとばかり寄り道をしても構うまい。


「……次に会う時が、楽しみだねぇ……。」


楽しげに呟くと、本部を後にした。



  ※ ※ ※


ずぷり、と刃が肉に食い込む感触がする。剣を引き抜くと、辺りに血が飛び散った。


しかしアルは構わずに歩き続ける。


美しい顔を血で染め上げ、緩やかに歩き続ける姿はさぞや不気味であろう。


しかし、アルは構うことなく歩き続ける。途中で出くわした見覚えのない男達を、全て切り捨てながら――。


アルの背後には、まるで道標のように男達が倒れ伏していた。




広場では未だ多くの侵入者たちが暴虐の限りをつくしており、アルは片っ端から切り捨てる。騒ぎを聞きつけたのか、侵入者たちは続々と広場に集まりつつあった。


アルはこれ幸いとばかりに歩くことを止めた。



――何故……。


アルは剣が振り下ろされるよりも早く懐に飛び込み、その身に深々と剣を突き立てる。


――何故、パノは微笑っていたのだ――?


護るという約束を 守れなかったのに……。



そのまま方向転換をし、背後から襲おうとしていた男に向かって、絶命したばかりの男を突き飛ばす。



――何故、親友は あんなにも満足そうに笑えたのだろうか――?


死ぬわけにはいかないと――やることが沢山あるのだと言っていたのに――。



男を突き飛ばすと同時に剣を引き抜き、次の男を切り裂いた。



――護れなかった。


自分は また――


護ると言いながら、伸ばしたその手に何も掴むことが出来ず――


――自分は、何度同じことを繰り返すのだろうか?



いつしかアルの周りには包囲網が敷かれており、アルの末路は誰の目から見ても明らかだった。


しかし、アルは向かってくる男達を片っ端から切り捨ててゆく。



――ああ そうか


パノは、確かに光であった。


それは、友のように圧倒的な眩さで闇を照らす太陽の様な光ではなく、例えるならば 町の灯り。


各家庭の灯す温かな明かりは、家路に着く者たちを優しく迎え入れる。


そして、道に迷った村人への導となることだろう。


しかし、そこに還るべき場所の無い者にとっては非常に居心地が悪く、よそ者を受け入れない、排他的なものだと感じてしまうのだ。


パノは確かに、その仄かな灯りで道を照らし、自分を村へと誘った。


しかし、そこを還る場所と定められない自分にとっては、矢張り一過性のものとしか思えず、結局は居心地の悪さを拭い去ることが出来なかったのだ。


――パノの僅かな灯りでは、自分の底なしの闇を照らすことなど出来なかった。



沸騰した感情とは対照的に、思考は不気味なほどに冴えわたっていた。



――もう、繰り返さない


――奪ワセナイ


 ナニ ヒトツ




アルの身体が緋く染め上げられてゆく。それでもアルの動きが鈍ることはなかった。


逃げまどっていた村人も、隠れていた者たちも。――そして、敵である侵入者でさえ、その壮絶な姿に魅入る。



――帝国が在る限り、この悲劇は終わらない。


繰り返さない為には 帝国を 


壊シテ シマエバ イイ



――ああ。簡単な 事だったのだ。



「……化け物……。」


思わず漏れ聞こえた声は、誰のものか。


敵か それとも――


それでも構わずアルは剣を振るい続ける。



孤独 絶望 怒り 虚無――


様々な感情が綯い交ぜになり、絶妙なバランスで保たれていた。どれか1つでもずれてしまえば、簡単に崩壊してしまうほどに。


そして、均衡を崩す最大の感情は 怒り――


それは「民のため」と正義を振りかざす事でも、昔の情に訴える事でも、復讐をほのめかす事でも無く。


ただ純然たる怒りだけがアルを突き動かした。



俺ハ 帝国ヲ 絶対ニ 赦サナイ



舞い散る血飛沫。絶え間なく奏で続けられる断末魔の叫び。漂う血臭。重なる死体。


長閑な村に突如作り上げられた死の世界。


その中心で、少年は 酷薄に 嗤 っ た。



  ※ ※ ※


闇に生きる少年は、街の灯りに戸惑う



しかし仄かな灯りは闇を照らすこと叶わず 少年の光と成り得ることはなく。



闇の中で少年は、血溜まりに 嗤う




  【第二章 定住 完】

漸く此処まで来ました~


今回の惨殺シーンは賊退治の時の惨殺シーンとの対比。

似た様な状況で、アルの心境の変化を感じて貰えれば幸いです。

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