マチアカリ2
『シリルーーーーーーーーーー!!!!』
腕が千切れんばかりに伸ばした手は空を掴み、彼へと届くことは無かった。
指の間から見えたのは、幸せそうに微笑う親友の顔。
――何故、笑う。
俺は約束を守れなかったのに。
俺はお前を護れなかったのに。
お前にはまだすべきことが沢山あって
お前を必要とする人間は沢山いて。
未練が無かった訳ではないだろうに。
心残りは山ほどあっただろうに。
――なのに何故、そんな満たされた顔で笑うんだ――?
死ぬと分かっていながら 何故――
伸ばした手は空を掴み、彼女へと届くことは無かった。
――あの時の ように……
目の前のパノの姿が、親友の顔と重なった。
――何故 微笑う
お前も パノも。
死を目前にすれば、どれだけ居丈高な人間でも恐怖で顔が引きつり、恥も外聞もかなぐり捨て、命乞いをする。
自分の殺してきた人間は、皆そうだった。
自分の見てきた人間の末路は皆……。
まだ足りぬ まだ足りぬと生汚く生に執着し、決して満足することは無かった。
――なのに……。
いきなり現れた人物に驚いたのか、アルの気迫に気圧されたのか。パノを切った男は後ずさった。
そしてアルは男には見向きもせず、倒れ伏すパノに駆け寄った。
「パノっ!!パノっ!!」
何度も呼びかけてみるが、パノの意識は混濁しているらしく、明確な応えは無かった。
確認するまでもない。パノはもうじき死ぬ。
「……る……。」
名前を呼ばれた気がしてパノを覗き込むが、最早パノには自分が見えていないらしい。
僅かに伸ばされた手は虚空を彷徨い、虚ろな瞳は恍惚の笑みを湛える。
「……い……すき……。」
そしてパノは血溜まりの中、深い深い眠りに就いた。
「う……うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
静寂に、少年の慟哭が響いた。
※ ※ ※
少年は、呆と座り込んでいた。
先程までは、この少年から恐ろしいまでの威圧感を感じていたのに、今や魂が抜け落ちたかのように静まり返っていた。
あれは、火事場のナントカというやつであったのだろうか。
男は、今がチャンスだとばかりに少年の後ろへと回りこんだ。
自分は損な役回りだ。ずっとそう思っていた。
自分がこの地に配属された頃には色々な協定が結ばれており、略取や殺生を控えろと言われ、たまに赦されてもいいところは全て上のものであった。
だが自分は上司に恵まれていた。賢明な上司は、部下の不満が爆発する事の恐ろしさを理解していた。
故に、稀ではあるがこうして略奪や殺戮が解禁されるのだ。
今回は同僚とカケをしており、今月の酒代のため、より多くの獲物を狩らなければならない。
楽しく狩りをしていると、か弱そうな少女を見つけた。これ幸いと狙いを定めるも、意外にも少女は腰を抜かすことなく素早く逃げだした。
反射的に追いかけた男であったが、逃げまどう少女を追うことに興奮を覚え、少しばかりスピードを落とす。
だが追いかけっこにも飽き、カケの事を思い出した男はスピードを上げ、少女に切りつけた。
その直後、これまたか弱そうな少年が現れてくれたのだから、自分は運がいい。
これで自分の勝ちだ。そう思い、零れ落ちる笑みを隠そうともせずに刃を振りおろした。
そして鮮血が舞う。
だが、何かが違う。
少年は崩れ落ちることなく自分の方へ向き直っていた。
――そして
何故か、振り下ろした筈の自分の腕から先が見当たらなかった。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
何が起こったのか理解した男は、無様な悲鳴を上げて転がった。
――どうして。
何度考えても分からない。
親友は、誰からも好かれる人間で、多くの人に望まれていた。
――彼は、世界に必要な人間だった。
パノは、いい娘だった。
村人からも好かれ、数度会っただけのリュートですら、彼女を褒めそやしていた。
彼らは人々から必要とされていた。
彼等は死んでも構わない人間ではなかった。
――なのに 何故――
自分はこうして生きながらえているというのに、何故彼らが死なねばならないのだろうか。
ちらりと視界の端に移るのは、パノを切った男。
――その 肌の色は……
ぐらり、とアルの視界が揺れる。
彼等は容易に奪う。
パノも 親友も 光も――全てを
何の理由もなく 大義もなく。
――ただ、虫けらを踏みつぶすように 簡単に。
視界が真っ赤に染まる
――コレ以上 奪ワセナイ―――――――!!
アルは男が剣を振りおろすと同時に振り向き、剣を 抜いた。
男の腕を切り落とすと、無様に転がる男の心の臓を貫く。
――帝国が 居るから……
ゆらりと立ち上がると、ふらふらと歩きだした。
村の 中心に 向かって――
因みにアルが取り乱したのは、昔を思い出したから。
目の前のパノより昔の親友という、なんとも報われないお話(笑)




