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緋き死神と亡国の英雄  作者: 水瀬紫苑
第二章 定住
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少女の独白

今回はほんのりと少女漫画風味です。

――ああ なんて 美しいの だろうか……。



初めて会ったとき、その美しさに だた 目を 奪われた。




アルという類い稀なる美貌を持った少年は、パノの命の恩人だった。しかしパノは、彼に対する恩義以上に、アルという1人の少年に惹かれてやまなかった。


「お礼が、したいの!!」


我ながら無理があったとは思う。受けてくれるはずがないとも。


しかしアルは、自分の我儘を聞いてくれた。


――傍に、居てくれた。


一目見た瞬間から急速に心が侵食されていき、時が経つに連れ、彼の優しさに触れ、その色は増してゆくばかりだった。


なんとか彼の心に残りたい。彼の傍に居たい。――彼に、逢いたい。


ほんの少しでも長く、彼と話していたい。喩え瞬きする瞬間でさえも惜しんで彼を見つめていたい。


なんでもいい。どんな些細な事でも構わない。理由が欲しかった。


――自分が アルに逢いに行く理由が。


――アルが 少しでも長くこの村に留まってくれる理由が。


だから、どんなに無理のあるこじつけでも構わない。アルが赦してくれるところまでは踏み込んでいたかった。



そして、あの日も――


「……アル!!」


少女が名を呼ぶと、寝転がっていた少年が身を起こす。その拍子にさらりと髪が揺れ、秀麗な容姿が露わになる。


その黒曜石のような澄んだ瞳と目が合った瞬間、少女は呼吸を失った。


――何度見ても、緊張してしまう。


「何か用か?」


その、冷たいとさえ思える端的な応えも、慣れてしまったパノには気にならない。


構わず今日の大義名分を差し出す。


「……全く、アルは私がいないと駄目ね。」


悪戯っぽく微笑みながらも、パノの心には刺が刺さる。


――そんなの、嘘だ。アルに自分なんて必要ない。


只、アルにとって必要であると、自分が思いたいだけなのだ。


――何て、醜いのだろう。


「お礼」を理由に彼を繋ぎ止めようとしているのだから――。


暗く沈み込む心を、しかし彼の言葉が浮上させる。


「ああ……いつもすまない……。」


そう言ってアルが籠を受け取ると、嬉しくて切なくて――胸が、締め付けられる。


――アルは優しい。


だから、「迷惑」だなんて決して言わない。


厭な顔1つしない。


それに甘えている自分は、何て厭な人間なのだろう。


沈む原因が彼なら、浮上させるのもまた彼で――


「……お前は頑固だな……。」


その微笑みを見た瞬間、パノの頭は真っ白になった。


彼は常に表情がなく、滅多に笑わない。


その笑顔が自分に向けられたのだと思うと、嬉しくて 泣きそうになる。



「恩」を理由に、随分と彼に気持ちを押し付けた。彼に怒られても――嫌われても仕方のない事だと分かっている。


しかし、彼は鬱陶しがる事もなく、自分に付き合ってくれる。


――彼を、自分から解放してあげなければならないと分かっているのに、それが出来ずにどうしても繋ぎ止めてしまう。


もう少し……もう少しだけ――


そんなことを、後どれくらい続けるのだろうか――?


深く深く自己嫌悪に陥る。肩を落としてとぼとぼと歩いていると、ふと、今日が満月である事を思い出した。


自分でも、ゲンキンであると思う。しかし、こんなチャンスは滅多に訪れないのも事実。


今までの自己嫌悪も忘れて――忘れたふりをして、アルのもとへと走って行った。


詰め所まで走っていくと、アルの姿を見つけた。部屋の中へ入ってしまう前にと慌てて声をかける。


「――アルーーー!!」


ぜいぜいと肩で息をし、顔を上げた瞬間、僅かに身体を強張らせる。


「やあ、パノ嬢。アル坊に用事かい?」


アルの傍に見覚えのある人がいた。その人達はアルの傭兵仲間らしく、何度もこの村に立ち寄っていたので顔を覚えていたのだ。


彼らもまた、仕事とはいえ自分達の村のために働いてくれているのだ。――邪険には出来ない。


硬くなる声を必死に抑え、なんとか笑みの形を作る。


「え……ええ……。」


「どーぞどーぞ。俺らの事は空気だと思って……な、坊や。」


そう言うと、ルファの首に腕を回す。ぐえっと呻き声を洩らすルファを無視して、くるりと身体の向きを変え、僅かに距離を取る。


「どうした、パノ。」


どろどろとした醜い感情が溢れてくる。しかしアルの呼びかけで我に返ると、ぱっと瞳を輝かせた。


「あのねっ!!……今日、泊まり……?」



要件を手短に済ませると、パノはくるりと身体を回転させ、そのまま来た道を戻り始めた。


そのまま走って、走って、走って。そして誰もいない場所にまで来ると、大きく息を吐いた。


乱れた呼吸はそのままに、大きな木に寄りかかり、そのままずるずると座り込んだ。



――あの人たちは、嫌いだ。


ずっとずっと、そう思っていた。


初めて会ったときから ずっと――



アルはずっとこの村に居るわけではない。只の気まぐれで、パノの我儘に付き合ってくれているだけなのだ。


だから、気まぐれでこの村を出ていくことだってある。


彼らはアルの傭兵仲間だ。だから、彼らがいつかアルを連れて行ってしまうのでは、と不安になるのだ。


――モウコノ村ニ来ナイデ


――アルニ会ワナイデ


――アルヲ連レテ行カナイデ――


ぼろぼろと涙が零れてくる。


こんな醜い自分が嫌だ。


こんなにも脆い繋がりに縋るしかない自分が嫌だ。


――それでも、縋るしかないのだ。


その薄っぺらい繋がりに。



アルの 優しさに。


アルの事を考えているだけで幸せだった。


アルの美しい顔を見ているだけで満たされた。


こんなにも心を支配される想いを知らなかった。



今までの自分は、弟の事しか考えていなかった。


早くに両親を亡くしてしまった分、自分が弟を守るのだと。弟を立派に育て上げることだけを考えてきたのだ。



――なのに



「つまんなぁ~いっ!!」


ぷうと頬を膨らませる。


アルは数人の村人たちと共に街へとおりてしまった。その上嵐まで訪れ、数日はアルの顔が見られないのだ。


弟が傍に居るのに、やらなければならない事が沢山あるのに、その全てにやる気が起きなかった。


アルの居ない日常が、こんなにもつまらないなんて――


少し前までは、考えられない事だった。


ぎゅうと胸が締め付けられる。


たった数日でこれなのだ。では、アルがこの村を出て行ってしまったらどうなるのだろう――?


考えたくもない。しかし、いつかは確実に来てしまうのだ。


――せめて、その時がもう少しだけ後で来ればいい。


――少しでも長く、アルの傍にいられればいい。


そう思うのに、なるべくアルの傍に居たいのに、パノの邪魔をするのは彼の傭兵仲間や嵐だけではなかった。



「アル……お仕事お疲れ様……これ、差し入れ持ってきたの……。」


「ねぇアルぅ……ずっと1人で見張りをしているんでしょ?大変だねぇ。」


パノの視界が怒りで真っ赤に染まる。


目の前でアルと話しているのは、村で1番可愛いカーチャと、1番美人なアダだった。


アルは美しい。だから、村中の女性が彼に夢中だった。そして、その中でも特にアルにちょっかいをかけているのがこの2人だった。


愛らしいカーチャと、妖艶な色香を醸し出すアダ。


この2人は村の男達の人気を2分しており、だれもこの2人には敵わないと思っていた。


――勿論、パノも。


妖艶な美女の濡れた瞳にも、愛らしい少女の甘えた表情にも、アルは眉ひとつ動かさず邪険に扱う。


しかし、少女達も負けてはいなかった。


カーチャが潤んだ瞳でアルにすり寄り、胸元を強調した服を着たアダがしな垂れかかる。


絶対的な自信があった。彼女たちは、今迄そうして村の男達を虜にしてきたのだから。


しかしそれを目にした瞬間、パノの怒りが炸裂した。


「アダ!!カーチャ!!何やってるの!!」


女の自分から見ても、彼女達は魅力的だ。そんな彼女達がアルを狙っているのだ。心穏やかでいられる筈もなく。


しかし、彼女たちの口から飛び出してきたのは、痛烈な1言だった。


「……あら、それを貴女が言うの?パノ。自分だってお礼とかなんとか理由を付けて毎日アルに会いに行ってるクセに。」


「そおよ。パノばっかりずるぅい!」


――痛いところをつかれてしまった。


自分は、「お礼」を理由に毎日アルのもとを訪れているのだ。2人の事を責められはしない。


その上、アルの目の前で己の醜さを露呈されてしまったのだ。パノの顔は、煙が出そうな程真っ赤に染まっていた。


「……お前ら、煩い。邪魔だから帰れ。」


しかし、パノの窮地を救ってくれたのはアルの1言だった。


アルは2人の誘惑にのることもなく、彼女たちの「好意」さえも冷たく突き放す。


パノは泣きたくなった。


村で1番可愛いカーチャより、村で1番美人なアダより、自分はアルの近くにいるのだ。その事実がとても嬉しくて――。


「……ああ。いつも悪いな。」


その言葉に、パノの胸は歓喜ではち切れそうになった。



自分は、アルに拒絶されなかった。


自分は、アルの事を理解している。



――その事実が たまらなく 嬉しい。



そんなある日、嵐で村に怪我人が流れ着いたと聞いた。勿論自分も見に行った。それでも矢張り、というべきか、アルは全く興味を示さなかった。


村中がざわめく中、流れてゆくいつも通りの日常。いつも通りのアル。



――しかし、ある日を境にアルは目に見えておかしくなった。



「――る……アルっ!!」


至近距離での呼びかけに、アルはハッと意識を取り戻す。


最近、アルは呆と考え込むことが増えた。


「――否……何でもない……。」


しかしその理由を聞いても、アルは答えてくれない。


アルの気のない返事に、パノの表情が曇る。


「――アルは……いつも遠くを見ているよね……。」


いつもいつも思っていた事だった。


「……は?」


怪訝そうに問いかけるアルに、パノは更に言葉を続けた。


止めておけ。心の何所かで制止を叫んでいるのに、唇から言葉が溢れ出て、最早自分でも止めることが出来ない。


「今、此処に居るのに……アルの心は何処か違う処にある……。私と話していても、アルは私を見ていない……。アルは此処に居ない……。」


「――そう、か?」


「――っ!!そうだよ!!

私と話していても、団長達と話していても……アルはいつも私達を見ていない……。」



言葉が、止まらない。


心が 溢れだす。



常に無表情なアルが、稀に柔らかく微笑んでくれる。


それがとても嬉しくて。とてもとても嬉しくて。


そしてアルの顔を見て、凍りつく。


アルは自分を見ていない。


自分の様な些細な存在を飛び越えて、アルは違う何所かを見つめているのだ。


「アルには好きなモノとか大切なモノってないの?」


淡白な彼が、何かに執着することなど想像出来ない。


しかし、ならば彼はいつも何処を見ているのだろうか――?


「……ある……。」


ぽつりと呟かれた言葉に、パノの顔は更に歪む。


「俺の大切なモノは、1つだけ……。アイツ以外に大切なものなんて、ない。」


 『ア イ ツ』


それは誰 なのだろうか?


まさか、女性――なのだろうか?


親、友人――恋人……。


一般的に、「大切な人」に分類される種類は限られていて。


「それって……さ、誰?……こ……い、びと……とか?」


泣きそうなパノの耳に届いたのは、救いの一言。しかしそれは一瞬で絶望に塗り替わる。


「……友だ。……唯一無二の……親友……。」


そっと、愛しむように呟かれた答えに、パノは小さくなって俯いた。


泣きそうに なった。


彼のそんな顔は見たことがない。


彼のそんな声を 聞いたことが ない。


彼には大切な人がいて。自分は、彼の視界の端にも移ることが出来なくて。


それがとても悲しくて。とてもとても悲しくて。


慌てて部屋を飛び出した。


そして人気のない場所まで来ると、思い切り 泣いた。


泣いて 泣いて 泣いて……。


涙と共に悲しみまで出て行ってしまえばいいのに――。




そうして目が腫れるまで思い切り泣いて、また何事もなかったかのようにアルのもとを訪れる。


自分には、そうすることしか出来ないから――


喩え歪でも、今の「日常」を守り抜くしか術はないのだ。



それでも終焉は 直ぐそこまで来ていたのだ。



それから数日後、アルは客人を自分の小屋へと運んだらしい。珍しいと思いながらもそれ以上追及することなく、いつも通りアルの小屋を訪れていた。



そして、その時は来た。


いつも通り扉を開けると、そこには変わり果てたアルの姿があった。


――否、彼にとっては「もとに戻った」というべきなのだろうか。


自分の見ていた姿が偽りであったことに少なからず衝撃を受けたが、それでもアルを想う気持ちに変わりはなかった。


しかし彼は衝撃の1言を放つ。


「俺は、2・3日中にこの村を出ていく……。」


まるで日常会話をするように、実に淡々と。


「……そっか……。」


パノは泣きそうに顔を歪ませると、俯いて、小さく呟いた。



――そうとしか 言えなかった。



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