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緋き死神と亡国の英雄  作者: 水瀬紫苑
第二章 定住
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偽りの終焉

「本当に、大丈夫か……?」


「……もう少し……傷が癒えるまで、居ても構いませんが?」


「いえ、大丈夫です。お世話になりました。」


気遣う2人の言葉を、青年はやんわりと制す。


「――それに、屹度父たちも心配しておりますし……。」


続く言葉に、アルはそっと目を伏せた。


父――それは、2人で急遽作った設定であった。


彼は父と、そして数名の仲間と共に行商をしており、ぬかるみに足を取られた矢先、嵐に襲われこの村に流れ着いたのだと。


彼が手配中の人間であることを団長は知っているが、村長には言っていない。あの人の良い村長には黙っていた方が得策であると、2人の意見は一致した。


勿論、青年とアルの関係については、団長も知らない。目が覚めていることさえも知らせず、彼がある程度回復するのを待ってから報告したのだ。


「……アルさん……も、お世話になりました。お元気で。」


なんとも白々しい科白を吐くものだと内心呆れたものの、彼の言わんとしている事は理解できた。


もう2度と会うことはないだろうと、彼はそう告げていた。


――それは永遠の決別。


しかし、それを惜しむ気持ちすら湧いてこない。


彼が1度も振り返ることなく立ち去っても、それを寂しいと思う気持ちすら湧かなかった。



彼はこの村を出て行った。帝国兵は来なかった。


ならば、アルが急いで村を出ていく理由もない。


しかし、何れは出ていかなければならない。


――では、その「何れ」とは何時の事であろうか――?


このまま後回しにしても構わない。だが、この村に残る理由もない。アルはどうすべきかを決めあぐねていた。


しかし、意外な人間の何気ない一言が、彼の心を決めた。


「じゃあ……俺たちも帰るか……。」


その瞬間、アルの視界が一気に開けた。


村長は村へと帰って行った。団長の帰る場所も、この村にある。


――しかし、アルの帰る場所は、此処にはない。


此処は確かに居心地がよく、予定よりも長く滞在していたのも事実だ。


だが、どれほど居心地が良かろうとも、この村を己の還るべき場所と定めることは終ぞ無かった。


己の還るべき場所は、此処にはない。


「仲間」のもとにもない。


――この世の何所にも。


ならば、還らなければいい。


ずっとずっと、歩き続ければいい。


――簡単な 事だったのだ。


ある程度の仕事の引き継ぎはした。寄って、己のこの村での責務は全うした事になる。だから、自分が出て行こうと、誰にも止める権利などないのだ。


「……そうか……。」


男は小さく呟いた。



――そして、彼女も。



薄暗い室の中、アルは身じろぎをすることもなくただひっそりと座っていた。どれほどそうしていたのだろうか。やがて、ぱたぱたと聞きなれた足音が耳に届いた。


それを確認すると、アルはゆっくりと立ち上がり上着を脱ぐ。


そして、扉に手をかける気配がした瞬間、髪へと手を伸ばし、そのまま引き下ろした。



「アル――……。」


扉を開けた格好のまま、パノは凍りついた。


そこに立っていたのは、見慣れた稲穂色の髪をした少年ではない。


その鋭い瞳と同様、全身に闇色を纏った男だった。



 ※ ※ ※


「……パノか……。」


アルに名を呼ばれ、パノははっと我に返る。


「……アル……?その髪……。」


呆然と呟く。


闇色の瞳に同色の髪。暗闇の中、明かりも灯さずただ立ち尽くす姿は、まるで闇の世界の主のようで――


彼の抜き身の刃の様な雰囲気といい、いつものように声をかける事さえ躊躇ってしまう。


――怖い。


ただ純粋に、そう思った。


「――パノ、どうした……?」


「……えっ……あの……。」


パノの視線が、足元に落ちた稲穂と己の髪を行き来している事を確認したアルは、今気付いたとばかりに髪に触れる。


「……これが、気になるのか?」


「え……いや、あの……。」


パノの予想通りの反応に小さく口の端を上げると、アルは淡々と語りだした。


「……なぁ――俺の今のこの姿を見て、どう思う――?」


「どう……って……?」


「黒髪黒目は帝国人の特徴だ。」


「……あ――っ!」


パノは目を見開いた。


帝国人の特徴は、黒髪黒目に黒い肌。その特徴故か、彼らの事を黒い悪魔と呼ぶものは多い。


「……俺の肌は白い。だから帝国人でないことは一目瞭然だ。

――だが、黒髪黒目の人間に、アドリアの民は優しくない。」


黒髪黒目の人間は、アドリアにも存在する。――そして、肌の黒い者も――。


特に、様々な国の――大陸の者が集うセルディア国には珍しくない。


しかし、人々の苦い記憶はそれを赦さない。


黒髪だけなら、まだいい。


黒い瞳なら、まだいい。


だがそれらが被ってしまえば、それは迫害の対象となってしまう。


帝国人を連想させてしまうその者に、アドリアの民は親しくなど出来ないのだ。


「俺は傭兵だ。依頼人とのいらぬ軋轢を避けるために、髪の色を変えているんだ。」


「……そう……だったんだ……。」


小さく呟くパノに、アルは更にトドメの一言を放つ。



「俺は、2・3日中にこの村を出ていく……。」


――不思議な感覚だった。


あれ程躊躇っていた言葉が、嘘のようにあっさりと出てくるのだから。


「ど……どうして……?」


彼女の瞳が潤み、不安に揺れ動く。


しかし、アルの心が動くことはない。


「どうしても何も……俺は傭兵だ。しばらくの休息を取っていたが、そろそろ仕事に出なければならない。――それだけだ。」


「そ……そんなっ!!……急に……。」


「今まで世話になった。――感謝する。」


その、あまりにも淡々とした様子に、説得は無意味なのだと悟る。


「……そっか……。」


パノは泣きそうに顔を歪ませると、俯いて、小さく呟いた。


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