表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
緋き死神と亡国の英雄  作者: 水瀬紫苑
第二章 定住
23/36

決断

「……どうかしたか?」


アルの悪意なき純粋な問いかけに、青年は恨めしげな視線を送る。


「……いいえ……別に……。」


じっとりと睨めつけるも、アルには全く通じていない。他人の感情の変化に疎いのは、今も昔も変わらない、と青年は小さく溜息を吐いた。



あれから数日が経った。そして今青年が身を置いているのは、自警団の本部ではない。


『目覚めたら、屹度根掘り葉掘り聞かれて好奇の対象になる……。未だ眠り続けていると思わせたほうがいい。』


そう言うが早いか団長に掛け合い、青年の身柄をアルの住まう小屋へと移した。


アルの居住となっている小屋は村の外れの方にあり、何かあっても村人に危害が及ぶことがないからと適当に理由をでっち上げていたのだが……。


「私は危険人物ですか……。」


何だか納得がいかないと思うのは、己の我儘なのであろうか。


そして更にトドメの一言。


『お前を俺の小屋へと運ぶ。意識はあった方がいいか?』


そういうと、実にあっさりと小瓶を突き付けてきたのだ。


瓶の中で得体のしれない怪しげな液体が揺れている。会話の流れから、それが眠り薬の類である事が推測される。


要約すると、「意識のあるまま運ばれたいか、意識の無い状態で運ばれたいか」ということなのだろう。


散々悩んだ結果、薬を突っぱねた。苦渋の決断ではあったが。


そしてその直後、いきなり横抱きに――所謂「お姫様だっこ」をされた瞬間、その決断を悔いた。


そのあまりの恥辱と衝撃に、思わず声を荒げなかった自分は賞賛されて然るべきだと思う。


そしてあれから数日経った今でも忘れられないのは仕方のないことだと思うのだが……。



「……もう、大分良くなったみたいだな。」


しかし目の前の少年には、そんな繊細な心の機微など理解出来ぬのだろう。


「ええ。なんとか動ける程度には……。」


「よし。間に合ったな。帝国の連中が此処を嗅ぎつける前に移動を始めないとな……。」


アルの態度に、青年はギュッと布団を握りしめる。


別に、自分を疎んじているわけではないと分かっている。今の満身創痍の状態では帝国軍と一線交えることさえ容易ではない。早々に立ち去り、帝国軍との遭遇を避けることが1番なのだ。


だが、どうでもいいと――彼は自分と共に旅立つ気はないのだと、突き付けられている ようで――


(――何を、馬鹿な事を……。)


自分は、彼を見限った。大義も何もない、この愚かしい子供を――


なのに、この期に及んで何処かで期待している自分が腹立たしい。


そっと目を伏せると、言葉を放つ。


――決別の 言葉を


「ええ、近々旅立ちたいと思います。――この村の迷惑にはなりませんから……。」


彼は最早、自分たちの知っている者ではないのだから。



 ※ ※ ※


「本当に、大丈夫か……?」


「……もう少し……傷が癒えるまで、居ても構いませんが?」


「いえ、大丈夫です。お世話になりました。」


そう言うと、青年は控えめな笑みを向けた。



旅立ちの日、村長と団長、そしてアルが見送りに出た。騒ぎになる事を避け、その他の村人には知らせてないらしい。


それもアルの指示なのだろうと予測出来る。


ほんの少しの間ではあるが、団員との会話を漏れ聞いた。彼は団員に慕われており、随分と頼りにされているらしい。


確かにアルは、このような田舎では見ない逸材だ。――否、常に死の香りが纏わりつく戦場に在って尚、彼の能力は稀有である。


頼りにする気持ちは、分からないでもない。


そして彼も、随分とこの村に馴染んでいたようだ。それが喩え、上辺だけの偽りの関係であったとしても。


そして何より目に付いたのが、あの少女。


何と言ったか――名は記憶していないが、毎日のようにアルのもとを訪れていた少女。


色恋沙汰に疎い自分ですら気づいてしまうほどに、分かりやすい好意を向けていた。そして、アルに対して好意を抱いているのはあの少女だけではないらしい。


『末恐ろしいねぇ……。』


思い出されるのは、仲間の言葉。


彼は女性に対してだらしがなく、常に軽薄な言動を崩さなかった。だからこそ、当時は不愉快な気持ちになったものだが、今になってみると、彼の言が正しかったといえよう。


当時アルは少女の様な愛らしい容貌をしており、その容姿と実力の差異に違和感を感じたものであったが。


彼は言った。


アルは今でさえ少女のように愛らしいが、数年経てば全ての女性を魅了するようになるだろうと。そして、彼の寵愛を得ようと女性たちの激しい抗争が始まるだろうと。


いつもの彼の戯言だと思っていたのだが、確かに彼の予言は当たっていた。


現に今も、村の女性の間で激しい鞘当てが行われているらしい。実際、青年が眠っている振りをしている間に数名の女性が訪れ、そして件の少女とやりあっていた。


――本人は、全く気付いていないようであったが。


(――困ったものだな……。)


そこまで考え、青年はそっと自嘲の笑みを零す。


――もう、彼の事などどうでもいい筈だ。彼とはここで別れ、そして2度と会うこともないのだから。


(――我ながら、女々しいな……。)


心の何所かで、今この瞬間にも彼の気が変わり、共に帰還することを望む自分がいるのだから――。


「……では、失礼致します。村の方々にも、宜しくお伝えください……。」


未練を振り切るかのように、青年は早々にその場を立ち去った。



その姿が見えなくなるまで見送ると、村長は村へと戻り、団長とアルの2人だけが残された。


「じゃあ……俺たちも帰るか……。」


踵を返した団長の背中に、アルの静かな言葉が突き刺さる。


「……そうだな……。俺も……この村を出ていく……。」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ