表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
緋き死神と亡国の英雄  作者: 水瀬紫苑
第二章 定住
22/36

断罪の刻

あけましておめでとう御座いました!(過去形)

昨年最後の更新に間に合わず、申し訳御座いませんでした。

拙い作品ですが、今年も宜しくお願い致します。

あの日あの時、自分は――自分達は 信じていた。


彼等はいつものように笑いながら自分達の元へと戻ってくるのだと……。



彼等は、常にそうだった。


どれ程多くの敵に囲まれようとも、どれ程絶望的な状況に陥ろうとも――


必ず突破口を切り開き、なんでもない事のように笑いながら、自分達の元へと戻って来たのだ。


自分たちに、「希望」という道を指し示してくれていた。



だから屹度、今回もそうなのだと信じて疑わなかった。


そうして待ち続けた自分達の元へと訪れたのは、王子の訃報と、死神の不在――


衝撃的だった。


彼等が死ぬなんて、考えた事もなかったから


彼等は常に不可能を可能にし、数多の民に光を与えて来たのだから――



「そ……んな……。」


絶望的な声が漏れる。


予想は、していた事だった。


しかし、何処かに希望が残っていたのも事実で。


その僅かな希望さえも打ち砕かれ、青年は力なく俯いた。



王子の死は大々的に報じられ、瞬く間にアドリアに広がった。


しかし、死神の生死までは分からなかった。


死んだのだとも、生きているのだとも噂され、そのたびにアドリア中を震撼させてきた。



アドリアの民には希望として。



帝国人には恐怖として。



その名は常に囁かれてきた。



――彼が、死ぬはずはない。


誰もがそう思っていた――信じて いた。


しかし、ならば何故、彼は戻って来ない?


便りの1つもなく、顔を見せるでもなく。


あの日以来、彼からの連絡は断たれてしまった。



そして、認めざるを得ない。絶望的な現実を。


心では信じていても、頭の何所かで理解していた。


――もう、彼は戻って来ないのだと。


ただ、彼の死をこの目で確認しないと、認める事が出来なかっただけで……。



力なく項垂れた青年を、アルは静かに見下ろす。


己の言動により、かつての仲間は奈落の底へと突き落とされた。それでも、その虚ろな瞳に感情が宿る事はなかった。



どのくらい そうしていたのだろうか。


項垂れていた青年が、ゆっくりと顔を上げた。


「――ならば、貴方だけでも……戻って来て、くれませんか?

王子と死神……クレイスの双璧は堕ちた……。ですが、貴方さえいれば、まだ持ちこたえられる……。

貴方の〝力″とキールの〝智″と、卿の〝名″さえあれば……まだ、勝機はあるっ!!」


一拍の沈黙の後、アルの呟きが空気を震わせる。


「……興味がない。」


「なん……ですって?!」


「もう、シリルは居ないんだ……。なら、あそこにいる理由はない。

――俺が何処で何をしようが俺の勝手だろう?あそこに居る必要が無いから行かなかっただけだ。それを責められる謂われはない。」


その言い分に、青年は完全に我を忘れた。


「――理由が、ない……ですって……?俺の……勝手……?よくもその様な事が言えたものですね……。」


青年の身体が、怒りで小刻みに揺れる。


「貴方は……っ!!自分が何をしたのか、分かっているのですかっ!?

貴方は最早、自分1人の身ではないのですよっ!?己のした言動の責務は果たすべきです!!」


「……落ちつけ。声がでかい。」


辺りに人がいない事を確かめ、戻ってくれば直ぐに解かる様にはしているものの、いつ誰が戻ってくるかわからぬ以上、完全に気を緩めるわけにはいかない。


大声を出し始めた青年に眉を顰めて注意を促すが、その冷静さが返って青年の怒りを煽る。


「話を逸らさないで下さい!!貴方は……もう一度起ち、再び帝国と戦うべきです!!それが志半ばで散ったあの方への手向け――あの方も、それを望まれる筈です……!!」


「――で……?」


その端的な答えに、青年は言葉を失った。


「〝帝国を追い出そう"とはあいつの口癖だったが……追い出したとして、それが何になる?

……アイツはもう……居ないのに……。」


――そう。全ては無意味な事。


喩え帝国を追い出したとしても其処に友は居らず、人々に笑顔が戻ったとしても、あの太陽の様な笑顔は其処に無い。


欠けているのは、たった一欠片。ほんの小さな綻びにすぎない。


けれども、その小さな一欠片が何よりも大切で。喩えパズルが完成し、美しい絵が出来あがったのだとしても――その小さな欠片が1つ失われただけで、全ての価値が失われる。


自分にとって彼はそういう存在であり、それだけが生きる理由だったのだ。



――ふしぎな程、頭が冴えわたっていく。


今迄あれ程苦しんでいた底なしの闇が、引き潮のように下がっていくのが分かる。


――ああ、そうか。簡単な 事だったのだ。



「――どうでも いい……。

アイツが居ないのなら……全てがもう、どうでもいい……。」


虚ろに呟かれた言葉に、青年の瞳が憤怒に満ちてゆく。


「――どうでも……いい?

――本気で……言っているのですか?」


「ああ。」


「……どうでもいい……?

苦しむ民も……誇り高き我らが国の大地を土足で踏み荒らす帝国の蛮族共も……全てどうでもいいと――貴方は……そう仰るのですか!?」


「……ああ。さっきからそう言っている……。」


青年は眉を顰めながらも身を起こそうとするが、痛みが邪魔をして起き上がれない。

それでも必死に腕だけで上体を支える。


「……っ!!貴方の……何よりも大切な親友を奪ったのは、帝国です!!

その敵討ちさえも、どうでもいいと……そう仰るのですか……?」


「……そう……聞こえないか……?」


そのあまりにも落ちついた返答に、青年の視界が怒りで真っ赤に染まる。


「……何故です?!貴方にとって、あの方が――どれ程大切であったかは、よく理解しています。なれば尚の事、貴方は単身帝国へ乗り込む事さえも厭わぬと……そう、思っておりましたのに……っ!!」


「……何度も言わせるな。――どうでもいい。」


青年の、憎しみにも似た怒りを受けても、アルは眉ひとつ動かすことはなく。感情の無い返答ばかりを繰り返す。


「……民は、苦しんでいるのですよ?それさえもどうでもよいと?

帝国人を追い払う……それが、貴方の親友の望みでもあった筈です!!ならば貴方はその遺志を継ぎ、戦うべきです!!

――あの方も、それを望まれる筈です!!」


青年の心からの叫びを、しかしアルは冷やかに受け流す。


「……アイツがそれを望む……?何故お前にそんな事が分かる?アイツに言われたのか?」


「……なっ!!」


アルの反応に怒りを覚えた青年は更に険しく睨み返すが、己を見下ろす冷やかな瞳とぶつかり、口を噤む。


口答えを赦さぬその鋭い瞳に、流石の青年も黙り込んだ。


「……縦しんばそうだったとしても……もう俺には関係の無い話だ。」


「……何故っ!!」


「――それで……どうなる?」


「……なんですって?」


「帝国を滅ぼして……アイツの敵を討って……それで、何になる?

敵を討てば……アイツが戻ってくるのか……?」



――そう。簡単な 事だったのだ。


喪失、憤怒、絶望――


様々な感情が綯い交ぜになり、アルの視界を覆っていた。


しかし、それら全てを取り払ってしまえば、残るものはただ1つ。


「アイツが戻ってくると言うのなら、俺は帝国だろうがアドリアだろうが……全てを殺し、滅ぼし尽くしてやる。」


「――っ!アルっ!!」


「――だが、そんな事をしたところでアイツはもう……戻って来ない……。」


――ならばもう、全てがどうだっていい。


友の 敵討ちでさえも――


「――なぁ……教えてくれ……。どうやったらアイツが……戻ってくる……?」


その虚ろな瞳に、青年は、全てが無駄であると悟った。


世の平和も、人々の嘆きも、友の――敵討ちでさえ、彼の心には響かない。


彼を動かすことが出来るのは彼の親友ただ1人だけであり、友を失った今、彼の心もまた失われてしまったのだと――


「……見損ないました……。」


長い沈黙の後、青年は呻くように吐き出した。


「……貴方には……失望しました。

苦しむ民を救おうともせず、のさばる帝国人をも放置しておくなんて……。」


「見損ないたければ見損なえばいい。呆れたければ呆れればいい……。お前たちが何を誤解し、何を望んでいようとも……俺には関係の無い話だ。

――どう思おうと、一向に構わない。」


それでもアルの心は変わらない――変えられない。


青年は、全ての無駄を悟った。そして、まるで仇を見るような憎悪に満ちた瞳でアルを睨み付けた。


「ならば最早、貴方など仲間ではない!!」


青年の激しい怒りを正面から受けても、アルの心は微塵も動かなかった。


こうなるであろうことは予測していた。


彼は根っからの貴人であり、その誇り高い魂は、自分のような惰性を赦さない。


権力、地位、名声……。喩えどんな種類であろうとも、力を持つものはそれ相応の精神を持ち、その力を正しく使わなければならない。それが彼の信念であり、そしてずっとそうしてきたのだ。


アルもまた、尋常でない力を持って民を――彼らを導いてきたのだ。


アルに寄せていた絶対的な信頼の分失望も深く、寄って、行き場のない感情は怒りとなってアルに突き刺さる。


それでも己の言を撤回するつもりは毛頭ない。


『どうでもいい』


それが、彼の偽らざる本心なのだから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ