英雄の末路
取り急ぎ更新。後ほど修正致します。
最近忙しくて修正が間に合わず、申し訳御座いません。
アルが緩やかに視線を滑らせると、青年は確りと此方を見つめていた。
しばし絡み合う 視線。
かける言葉が見つからないのか互いに口を噤んでおり、部屋に静寂と緊迫した雰囲気が満ち溢れた。
青年の身体中至る所に擦過傷が出来ており、過去に負ったであろう致命傷と成り得る大きな傷も深々と刻み込まれてあった。それだけでも、彼がこの数年間どう過ごしてきたか想像に難くない。
四肢は力無く投げ出され、頭は深く枕に沈み込んでいる。
随分と、酷い姿であった。
それでも、強い意思を宿す瞳は確りとアルを捕らえて放さない。
安堵、親愛、疑念、憤怒……。
強さの中に様々な感情が融け合い、複雑な色を醸し出す。
どれ程の時間が経ったのであろうか。永遠にも等しい沈黙を破る言葉がぽつりと落とされた。
「……アル……。」
それは聞き取れぬ程に小さい呟きであったが、落とされた瞬間、波紋となって部屋の空気を揺らした。
「本当に……アル……なのですか……?」
信じられない、とその顔に書いてあった。
瞳に色濃く浮かぶのは、「困惑」。
予想していた反応に、アルの口の端が僅かに持ちあがる。
「――他の、誰に見えると言うんだ?」
その変わらぬふてぶてしい態度に、青年はかっとなる。
「生きていたのなら、何故っ……っつぅ……!!」
勢いに任せ起き上がろうとし、激しい痛みが襲いかかる。
そんな青年を冷静に見下ろすと、矢張り無感動な口調で呟いた。
「……無理をするな。まだ起き上がれる状態じゃない……。」
青年は悔しげに唇を噛み締めると、アルを睨めつける。
その憎悪にも似た激しい視線を軽く受け流し、アルは扉へと足を向けた。
「……っ!何処へっ!……っ!!」
再び苦痛に顔を歪める青年を一瞥し、呆れたように声をかけた。
「……無理をするなと言っただろう。」
そういうと、仮眠室の扉を開け、部屋の外へと出て行った。そして、外の扉を閉めると、仮眠室の扉は開けたまま再び室内へと戻ってくる。
その行動の意味を悟った青年は口を噤み、冷静さを取り戻そうとするかの様に大きく呼吸をする。
アルは寝台の傍で立ち止まると、静かに青年を見下ろした。
交錯する 視線。
再び訪れた沈黙を破ったのは、僅かな衣擦れの音。
アルは僅かに身を屈め、青年の髪をかき上げた。
彼の髪は、アドリアに最も有り触れている茶色であった筈だ。
しかし、今の彼の髪色は――
「……染めて……いるのか?」
その簡潔な問いに、青年は声を落として答えた。
「……いいえ。あれから色々ありまして……。
衝撃のあまり、色が抜け落ちたんです……。」
「……そうか……。」
帝国の執拗なまでの追跡をかわすのは、容易な事ではなかっただろう。
それは、彼の身体を見れば一目瞭然だ。何度も生死の境を彷徨ったであろう証が幾つも刻まれているのだから。
「……でもそれは、貴方も……ですよね……?」
「ああ。」
そう言うと、今度は己の髪をかき上げた。
その隙間から僅かに見え隠れするのは、夜色の――
「……成程。貴方の色は染まりにくい。偽髪を被せた方が早いと言う事ですか。
――しかし、二重とは随分と周到ですね。」
「用心に越したことはない。」
「ええ、そのお陰で貴方は今日まで生き延びてこられた――まぁ、貴方の腕があれば、そんな事をせずとも大丈夫でしょうが……。」
そっと溜息を吐くと、じろりと睨め上げた。
「……で、貴方は此処で何をしているのです?」
「……なに……とは?」
「……っ!!とぼけないで下さい!無事だったのなら、何故――っ!!」
思わず声を荒げた青年だったが、興奮している事に気付き、深く呼吸をして気持ちを落ち着ける。
「――貴方が無事でいてくれた事は、素直にうれしい――ですが……。」
一旦言葉を区切ると、じろりとアルを睨めつける。
「――何故、連絡を寄越さなかったのです?」
青年の視線を無感動に受け流すアル。だが、青年は尋問を緩めない。
「――あれから、何年経ったと思っているのですか!
私達が……どれだけ心配していたと思っているのですっ!?」
努めて冷静に話そうとしていた青年だったが、だんだん声が大きくなっていく。
「イシュメイルも卿も……貴方の身を、案じておりました。
――キールなんて半狂乱で……何度も、貴方を探しに行くと飛び出そうとして――何とか、押し留めましたが……。」
青年は、血が滲みそうな程拳を握る。
「あの方や貴方がいなくなり、その上キールまで失う訳にはいきません。
――我々には、キールが必要です――キールの〝智″が……。」
血を吐くかのように苦しげに押し出される言葉を、しかしアルは無感動な瞳で見つめる。
「キールにとって、貴方がどんな存在であったか……どれ程貴方を思っているのか……分からぬ貴方ではありますまい?」
分からぬ筈がない。
――彼は己を映す鏡そのもの。
自分が友を慕うように自分を慕い、自分がそうであったように、ただ自分の傍にいる事だけを望んだ。
「……分からない筈がない。その気持ちを……多分、1番良く知っているのは俺だ。」
まるでどうでもいいとばかりの淡々とした口調に、青年はかっとなる。
「――ならば、何故――」
「……何故?俺にはその方が分からない。」
「――何を――」
「あそこに……シリルは、いない。」
訝しげに問いかけた青年の言葉を、アルの言葉が遮った。
「あいつが……居ないのなら、何処に居ようと同じだ……。」
その言葉と、少年の虚ろな瞳を見て全てを悟った青年は、呆然と呟いた。
「――では……矢張り……。」
そんな気は していたのだ。
「……矢張り……あの日あの時……。」
でも認めたくはなかった。
――認める訳にはいかなかった。
「――王子と共に……。」
――しかし
「クーレオン・カレルは死んだのですね……。」
突き付けられた現実は、それを認めざるを得なくて――
「……ああ……。
クーレオン・カレルは――」
最終宣告をされた。
「――もう、居ない。」
それは最も忌避すべき事実であった。