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緋き死神と亡国の英雄  作者: 水瀬紫苑
第二章 定住
20/36

過去からの使者3

取り急ぎ更新。

後ほど修正致します

何度、その整った顔を眺めた事だろう。


まるで、其処に答えが書いてあるかの様に。


――今、自分が何をすべきか


――何を したいのか……。


何度も何度も考えて、それでも答えが出ることはなく。結局辿り着く先はいつも同じで。


けれども、達した結論に満足することもなくて。


そして縋る様に――答えを求める様に、何度も何度も呟いた。かつて「仲間」と呼んだ、彼の名を。


しかし何度呼びかけようとも、その固く閉じられた瞳が開くことはなく。


胸に去来するのは複雑な想い。


目覚めて欲しいのか、眠り続けて欲しいのか。


拒絶されたいのか、再会の喜びを分かち合いたいのか……。


そんな簡単な問いの答えでさえも出ることはなく。


ピクリとも動かない彼の姿を見るたびに、本当に生きているのかという疑念が湧き上がる。


しかし、緩やかに上下する胸は、彼の生存を証明していた。


そして湧き上がる 安堵。


このまま眠り続けて欲しいと思う事もあった。


けれども、永遠に眠り続けて欲しいと願っている訳ではない。


自分は彼の生存を願っているのだと分かれば、少しだけ救われた気がした。


――自分には、喩え僅かではあっても「心」があるのだと。



心など無かった自分に、感情を分け与えてくれたのは、友だった。


彼の傍でゆっくりと育て上げていた筈のそれは、彼の死と共に砕け散り、今や僅かな残滓も残さない。


そして 思う。


自分に芽生えたと思っていたそれは、実は彼の――友のものであったのではないかと。


彼の意思が己の意思。彼の好むものを好み、彼の大切なものを護る。


故に、彼を失った現在では、その在り方が分からないのだ。



迷走し続ける心。


貫く程の意思もなく。


――それでも――喩え彼の心の残滓であったとしても、僅かに残った物はあって。


そして、警告を放つのだ。


(――潮時……か……。)


そっと目を伏せると、僅かな逡巡の後、席を立った。


そして緩やかに男に近付き、声をかけた。


「……話がある……。」


「……あ、アル!?」


気配なく背後からいきなり声をかけられ、男は驚きのあまり固まってしまった。


しかしそれは年の功、とでも言うべきか。呼吸を整えアルに向き合う。


「……どうした?アル。改まって……。」


その常ならぬ緊迫とした様子に、男はごくりと唾を飲み込む。


そして僅かな沈黙の後、アルの形の良い唇が緩やかに開かれた。


「……俺は……近々、この村を出て行く……。」


「……どういう、事だ?」


突然の事に驚く男に、アルは淡々と続ける。


「……あの男の事だが……。」


ちらりと視線を滑らせ、人がいない事を確認すると、僅かに声を落として続けた。


「……昔、手配書で見た事がある……。」


「……なんだって?!」


驚愕の声を上げる男を一瞥し、更に声を顰める事で男を窘める。


「前に……見た事がある……。反帝国組織の人間で、帝国側から手配書が回って来ていた。」


男ははっと我に返ると、身を屈めアルに顔を近付け、声を落として聞き返した。


「では帝国の……。」


「尋ね人だ。……とは言っても、優先順位は低く、あまり躍起になって探し回っている訳ではないが。

――只、奴がもし帝国の連中に追われてこの村に来たのであれば、直ぐに帝国兵がこの村まで来るぞ。」


ぞくりとした。


先日この村を襲った賊の中には、帝国人が混じっていたのだ。最早この村も綺麗な身とは言えない。もしあの事がばれてしまえば、粛清の対象となり得てしまう。


「――幸い、こんな田舎村までは手配書は回って来ない。知らぬ存ぜぬを貫き通せばそれで済む。

――だから、あの男が目覚めたら直ぐに出て行ってもらえばいい。その為にも、この事は皆には伏せておけ。知らなければそれで済む事だ。」


「――分かった。下手に帝国に連絡を入れれば、こちらも危うい。知らぬふりをする方が安全、と言う訳か。」


「そうだ。帝国にたれ込んで、下手に目をつけられても困る。」


「その件に関しては、了承した。だが、お前が出て行くという話はどうなった?そっちに関しては、何の説明も受けておらんぞ。」


男の言う事も尤もだ。ついにこの時が来たのだと、そっと息を吐く。


「……帝国の連中が来る前には発たなければならない……。

――何故なら……。」


知られたくなかった気もする。この平和な街を脅かす様な事だけは避けたかった。



――しかし。



「――何故なら……

俺も、尋ね人だからだ。」



どうしても 避けられない事とてある。


過去からは 決して 逃れられないのだから……。



「……なにっ……をっ!」


驚愕に眼を見開く男を一瞥すると、アルは矢張り感情の読めない口調で語り出した。


「俺は昔、反帝国組織に所属していた事がある。

――友に誘われての事だから、アイツがいない今はどうでもいいが……。」


まるで昔を懐かしむように――愛しむように、そっと目を伏せる。


「只、帝国側としては、そうもいかない。」


閉じた瞼を開くと、すっと男を見据えた。


「……俺の絵までは出回っていない様だし、当時の関係者以外は俺の事なんて知らないかもしれないが……俺も手配されているのは確かだと思う。」


言葉もなく口を開閉させている男に構わず、アルは淡々と続ける。


「そして何より……俺は何度か緋狩りに合って、帝国と悶着を起こしている。」


「……成程……。確かに、お前の年齢なら丁度いいしな……。」


得心がいったと頷いた男を、目を細めて見つめた。



緋狩り――


それは、クレイス軍の残した忌まわしい遺物の最たるものであった。


終戦後、クレイスの民は奴隷の様に扱われ、今も尚、辛酸をなめ続けている。


しかし、他の国に住む人々がその扱いに同情や憤りを感じたとしても、それは飽くまでも他人事に過ぎない。帝国に対する不平や不満の捌け口程度である。


しかしそれとは別に、自身に降りかかる厄災もあった。


それが、「緋狩り」と呼ばれているものである。


クレイスの2神――金の王子と緋き死神のうち、金の王子は天のもとへと還ってしまった。


しかし、緋き死神の死体は発見されておらず、生存の確率が非常に高いとされており、帝国の者達は彼を血眼になって探している。


とはいったものの、彼の顔を知っている者は少ない。何故ならば、戦地で彼に相見えた者の殆どが、彼の手により死を賜っているのだ。


故に似せ絵も出回っておらず、それらしい者を見つけたとしても、誰もそれが本人であると確証が持てないのだ。


そこで帝国側から打ち出された苦肉の策が、「疑わしきものは罰せよ」だった。


当時、死神卿はまだ幼い子供であったと噂されていた。よって、近しい年の者を全て集め、一斉に粛清をしたのだ。


それも、15歳から20歳くらいまでの年の近しい者たちのみではない。極端な童顔や著しい成長を考慮に入れて、10歳から30歳くらいまでと、随分な年齢層の男達が狩られたのだ。


該当する年齢の者、赤髪の者、黒い瞳の者……。


少しでも怪しいものは全て帝国に捕まり、処刑されて行った。


貴重な働き手を奪われ、人々の不満は爆発した。そして、その余波がクレイス軍にも向けられたのだ。


何故、自分達がこの様な目に合わなければならないのだろう。帝国に反抗したのはクレイスの者たちなのに……。


何故、無関係な自分達がこの様な不当な扱いを受けなければならないのだろう。


そうした行き場のない怒りは解放軍に向かい、当時は密告が相次ぎ、歴戦の勇者たちが帝国に捕まり、処刑された。


それを見越しての大がかりな狩りだったのかは分からない。しかし、人々に畏怖を与えたのは確かだった。


しかしそれほど大掛かりな狩りを行って尚、死神の訃報は届けられなかった。


故に、今でも稀に狩りが行われていると聞く。


アルの年齢なら、確かに目を付けられても仕方がないといえる。



「……俺を捕まえようとした帝国の人間をぶっ飛ばして逃げたり、処刑場で派手に暴れたりしたからな。目を付けられても仕方がない。

――あまり大がかりなものではないが、手配されているのは確かだ。」


男は、只黙ってアルの告白に聞き入る。


「……分かっただろう?アイツを追って来た帝国の者が、俺の顔を知っている確率は少ない……だが、絶対に知らないとも言い切れない……。

――この村を巻き込む訳にはいかない……。」


そう締めくくったアルに、男は力なく呟いた。


「……だが、知っているとは限らない……。」


アルが男に視線を向けると、男は再び口を開いた。


「……そして、帝国の者がこの村に来るとも限らない。帝国人がこの村に来るより早く彼が目覚め、そして出て行ってくれれば何の問題もない。

――結論を出すのは、それからでも遅くは無いんじゃないか?」


男の言葉に、アルは目を見開いた。


「……別に、一生この村に留まれと言っている訳じゃない……。

只、そんなに急ぐ事もないんじゃないかって事だ。」


そう言うと、男は困ったように微笑んだ。


「まぁ、出て行くも行かないもお前の自由だ。

――引き継ぎくらいはしていてもいいだろう。」


その言葉に、アルは小さく頷いた。


「……そうだな……。

――なら、最重要案件として、山に入る者達を決めよう。いつまでも忌避していては生活もままならん。」


「分かった。お前の見立てでは、誰が良いと思う?」



――自分の心なのに、どうして決められないのだろう。


――どうして 迷うのだろう。



はっきりと「出て行く」と断言も出来ぬまま、アルは男と打ち合わせを続けた。



※ ※ ※


「……アル?どうしたの?」


パノに覗きこまれて、アルは男との会話を思い出した。



『……パノには……言うのか……?』


『……ああ。自分で言う。余計な気は回さなくてもいい。』



――ああ、そうだ。パノに言わなくては。


自分は、近いうちにこの村を出て行くと。


――しかし


「ねぇアル。私ね、初めて果実酒を漬けたんだよ。

――だから、アルに1番に飲んで欲しいの……。」


「……そうだな……。」


縋る様な瞳を向けられ、アルは小さく頷いた。


「本当?!約束ね!!」


嬉しそうに微笑むパノを見つめ、内心溜息を吐いた。


――何故、言えないのだろう?


ただ1言、「出て行く」と言えば済むのに――



そっと目を、伏せる。


脳裏を過ぎるのはパノの言葉。


『――私はアルに、ずっと此処に居て欲しい』


彼女の剥き出しの好意は、決して不快なものではなく――


思わず自嘲の笑みが零れる。


――必要と、されたいのか――?


バカバカしいと思いながらも、何処かで納得している自分がいた。



――思えば、昔から誰かに必要とされた事がなく、本当に自分に対して好意を向けてくれたのは、2人だけだった気がする。


確かに、かつては「仲間」と呼んだ者達がいて、彼らと良い関係を築けていたと思う。


だが、彼等が必要としていたのは、自分ではない。


自分の持つ力――


「化け物」と畏怖されるこの力を必要としていたのだ。


そっと扉に目を向ける。



『友達に、なりたいんだ。』


自分の役に立てと強要する訳でもなく、自分の力を利用する訳でもなく。只何の名誉も地位もない子供の自分を望んでくれた親友――。



――そして、もう1人。


只純粋に自分を慕っていた少年――


地位も、名誉も関係ない。ただ友が友であれば良かった自分と同じように、ただ無心に自分の存在を望んだ少年――


『貴方のお傍に居させて下さい』


彼も、自分を失って、絶望 したのだろうか――?



「……パノ。もう遅い。ピトが待っているぞ。」


「……あっ、そうだね。じゃあアル、また明日ね。」


パノが出て行ったのを確かめると、仮眠室の扉へと向き直った。



――思えば、彼には最初、嫌われていた様に思う。


否、「嫌われる」というのは語弊があるかもしれない。


ただ、気に食わなかったのだろう。


友に、自分の様な氏素性も知れぬ汚らしい子供を近付ける事が――


それでも、共に戦場を駆け抜け、数々の艱難辛苦を乗り越え、漸く手にした信頼。


『貴方がいれば百人力です』


しかしあの信頼の瞳は、もう、見る事敵わぬかもしれない。


それどころか、出会った当初の嫌悪に満ちた瞳に戻っている可能性とてある。


――でも


――それでも


逃げるわけには、いかない。


自分の心も分からぬ今、自分がどうすべきか――何を、望んでいるのかさえも分からぬ状態では、何の結論も出せぬのだから。


――彼と、話すべきなのだ。


その結果、自分の中でどんな結論が出されようとも。


――もう、後悔だけはしたくないから――



「……しかし……。」


ぽつりと呟くと、扉へ向かって歩き出す。


『戻って……来ますよね……?』


縋る様な瞳を思い出す。


ただ無心に自分を慕っていたあの少年。


「……キールは……怒っているだろうな……。」


思わず苦笑が漏れる。


当然だ。あれから5年、何の連絡もしなかったのだ。


愛想を尽かされても仕方のない事だ。


「――なぁ……そう思うだろう……?」


呟くと同時に扉へ手をかけると、躊躇いなくその扉を開いた。


「…………レクス……。」


ここ数日、何度呼びかけても応えなかった名前に、しっかりと反応する気配があった。



扉を開けた瞬間飛び込んできたのは、見慣れた机に見慣れた椅子。そして、見慣れた寝台に横たわる、懐かしい青年――


――そして



その硬く閉じられていた瞳は開いていた。


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