過去からの使者2
名を呼んでも意識が戻ることはなく。もう一度呟いてはみるものの、返ってくるのは静寂ばかり。
――どうして 此処に。
その答えを知る者は、未だ暗闇の中。
ドウシテ、ナンデ、ナゼ、ナンノタメニ……。
似たり寄ったりの疑問符が、泡沫の様に浮かんでは消え。
――別に、忘れていた訳ではない。
寧ろこの数年、1度だって忘れた事はなかった。
彼等は常に己の記憶の中にあり、今も常に己を苛んでいる。
彼等は屹度、自分を待っているだろう。
今もなお、自分の力を必要としていることだろう。
もし彼等のもとを訪れたとすれば、きっと自分の無事を喜んでくれるろう。そして、自分もまた、彼等の無事に安堵することだろう。
決して嫌っている訳ではなく、寧ろこれは好意と言うものであろう事も自覚している。
――だから、想像する。
彼等を探し出し、再開し、互いの無事を喜び合う。
そしてその場に居ない者の冥福を祈り、彼等の分まで戦おうと改めて誓うのだ。
ふざけ合い、肩を抱き、笑い合い……。
失ったものは大きく、決して忘れられる訳ではないけれど、それでも仲間と共に過ごす時間は何よりも貴く、価値のあるものであろう。
そうして仲間と共に過去を乗り越え、新たな出会いを経験しながら緩やかに未来へと歩き始める。
――ああ、なんて……
――クダラナイ。
全てが虚偽に塗れ、その価値が失われていく。
理由ならば明白だ。
――其処に友はいない。
喩え仲間と笑い合っていても、其処に太陽の様な笑顔はなく、ふざけ合う姿を見る穏やかな眼差しも、其処にはない。
剣をとり、隣を駆ける姿も、自分を困らせる言動も、全てを照らす眩い光も――
もう、見ることも敵わない。
それだけで、全ての事が無意味に感じるのだ。
仲間と共に過ごす時間も、打倒帝国の意も、友の敵討ちでさえ――
そっと目の前の青年を見つめる。
意思の強い瞳は未だ閉じられたまま――
その瞼が開いた時、彼の瞳に映るものは何であろうか。
驚愕、親愛、疑念、軽蔑、嫌悪……。
自分の無事を知れば、屹度喜ぶ事であろう。そして、疑問に思う。
こんなところで何をしているのだろうかと。何故、仲間と合流しないのかと。
今の自分を見たら、誇り高い彼の事だ、屹度失望するに違いない。
しかし、それでも構わない。失望したければすればいい。今の自分には、何の意味もない事だ。
「……なぁ、これはお前の導きか……?
これがお前の望みなのか――?シリル……。」
――それでも
喩え彼と共に旅立ち、再び剣をとる道を 友が 望んだのだとしても――
それでも、今の自分を動かす理由と成り得なかった。
そんな事をしても、無意味だ。
喩えどう足掻こうとも、もう 友は戻って来ないのだから――
青年に目覚めて欲しいのか、このまま眠り続ける事を望んでいるのか……。
それすらも分からず、只青白い顔を見つめ続けた。
※ ※ ※
「――る……アルっ!!」
至近距離での呼びかけに、アルはハッと意識を取り戻す。
「……どうしたの?ぼうっとするなんてアルらしくない……。」
どうやらずっと考え込んでいたらしい。不安気に覗き込んでくるパノの顔が視界に入り、アルはふっと息を吐いた。
「――否……何でもない……。」
あれから3日、レクスは一向に目覚める気配をみせない。
自分がどうしたいのか、その答えすらも出せぬまま。思考はぐるぐると同じところを回り続けていた。
アルの気のない返事に、パノの表情が曇る。
「――アルは……いつも遠くを見ているよね……。」
「……は?」
「今、此処に居るのに……アルの心は何処か違う処にある……。私と話していても、アルは私を見ていない……。アルは此処に居ない……。」
「――そう、か?」
「――っ!!そうだよ!!
私と話していても、団長達と話していても……アルはいつも私達を見ていない……。」
それはとても悲しくて。
どれ程彼を想おうとも、どれ程彼に訴えても、彼には何1つ届いていないのだ。
――どんな言葉1つでさえ……。
何 1つ。
「……ねぇ……アル……。アルはいつも何処を見ているの?」
泣きそうに歪められた顔を、アルは何処か遠くから見つめていた。
――何処……?
パノは何を 言っているのだろうか?
「アルには好きなモノとか大切なモノってないの?」
その言葉に、アルの肩がピクリと揺れた。
『大切なモノ』
そんなの、この世にもあの世にもたった1つしかない。
「……ある……。」
ぽつりと呟かれた言葉に、パノの顔は更に歪む。
「俺の大切なモノは、1つだけ……。
アイツ以外に大切なものなんて、ない。」
大切なものならば、沢山ある。
優しい瞳、温かな手、太陽の様な笑顔。――そして、自分を照らす、眩い光……。
しかしそれらは全て、彼がもたらしたもの。全ては彼に帰結する。
大切だと思っていたかつての仲間達でさえ、彼のいない今、その思いは陽炎のように曖昧で、実態の伴わないものと成り果てた。
今では、本当に在ったのかさえも分からない。
改めて、彼が全てであったのだと思い知らされる。
「それって……さ、誰?
……こ……い、びと……とか?」
泣きそうなパノの顔を無感動に一瞥すると、そっと目を伏せた。
「……友だ。……唯一無二の……親友……。」
そっと、愛しむように呟かれた応えに、パノは小さくなって俯いた。
「……そ……か。ご、ごめんねっ!?変な事聞いて!!」
「否……。」
「じゃ、私もう行くからっ!!ご飯、食べてね!!」
「ああ。いつも悪いな。」
「いっ……いいの!じゃあね!!」
パノが慌てて出て行くと、アルは再び仮眠室へと視線を滑らせる。
「……シリル……。」
何度、その言葉を口にしたか分からない。返事がないことも重々承知している。それでも、飽きることなく紡がれる――口にせずにはいられなかった。
「……シリル……俺は、どうしたら……いい?」
一緒に行こうと差し伸ばされた手を、自分は掴む事が出来なかった。
そんな自分には、その名を呼ぶことすら赦されぬと分かってはいても……それでも、縋り付くほかないのだ。
他に自分は、立つ方法を知らない……。
――光ハ未ダ コノ胸ノ中ニ……