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緋き死神と亡国の英雄  作者: 水瀬紫苑
第二章 定住
18/36

過去からの使者

誤って前回と同じものを投稿してしまったので、再度投稿し直しです。

申し訳御座いませんでした(> <)

「うおっ……!!危ねぇ!!」


泥濘に足をとられ、1人の男が倒れそうになった。


しかし、その男が呆としていた訳ではない。街を出てから、男達が泥濘に足をとられた数は両の手では追いつかず、それだけならまだいいのだが、車輪がはまってしまった時などは、随分と苦労をさせられたものだ。


「……ったく、やっぱり嵐が過ぎるのを待ってたら町へ行けなかったな。」


「全くだな。殆ど物が入っていない状態でこれだ。物の入った状態なら重くて動けなかっただろうぜ。」


1人がぼやくと、賛同の声が相次ぐ。


「……お前ら、口よりも先ず足を動かせ……。」


呆れた様に、団長が呟いた。



ぶつぶつと文句を口にする男たち。荒れた大地は彼らの歩みを妨げる。


しかし、彼の顔はどこか明るかった。


「おいっ!もう直ぐだぞ!!」


その声で、男達の顔はさらに輝き、心なしか歩みも速くなる。


しかし、それも当然と言える。もう既に、彼等の庭に足を踏み入れているのだから。


彼らは祖父の、そのまた祖父の代からずっとこの村に住まっている。故に、明確な線引きなどなくとも、自分たちの領域は認識している。


普段から行き来する彼らの行動範囲内――ここは既に彼らの領域。村まで目と鼻の先なのだ。


彼等の妻子、若しくは両親。親戚、友人、恋人――。それらの顔を思い浮かべれば、喩えどれほど疲れていようとも、歩みが速くなってしまうものだ。


辺りは既に薄暗く、仄かな町の灯りが前方に浮かぶ。


彼等を――帰る者たちを温かく迎え入れるやさしい明り。それは、迷わず帰って来られるようにとの祈りのこもった道標のようで――。



だが、其処に帰る場所のないアルにとっては、まるで虫除けの灯にしか見えなかった。


余所者を拒むかの様に灯る街の明かりを見つめ、アルはゆっくりと歩き出す。


数日ぶりの帰還で歓喜に満ち溢れ、彼等とは対照的に、速度の落ちたアルの様子に気づく者もなかった。




漸く村に足を踏み入れれば、先の嵐が気になったのか彼等は各々口を開き、そわそわと落ち着きをなくしていた。


しかし、落ち着きをなくしているのは彼等だけではない。村の様子がどこかおかしい。


村に入って直ぐに感じた違和感。緊張、嫌悪、恐怖――否、そんな強いものではない。恐らくは、戸惑い――そんな言葉が当てはまるだろう。


どこか異様な雰囲気に包まれた村。そんな様子を感じ取ったらしい男たちは、更に落ち着きをなくす。


しかし、流石は団長――彼等を統べる者。彼は浮かれる団員を叱咤し、冷静に指示を出す。


「俺とアルは村長のもとへ報告に。後は各自片づけをすませ、解散。嵐の所為で予定が狂ってしまった。残留部隊ともう1度当番について話し合うから、次の勤務予定は追って連絡する。

――以上、解散!!」


解散の声を聞いた瞬間、蜘蛛の子を散らすように慌てて走り去ってゆく男たち。団長は苦笑を洩らすと、傍らの少年に声をかける。


「俺たちも行くか。――アル、本当に疲れてないか?」


「問題ない。疲れるほど移動もしていなければ、負担もない。」


「……そうか。なら、行くぞ。」


大の大人でも疲労の色を隠せないというのに、彼は平然としていた。


――こういうとき、ひしひしと感じてしまう。


彼は、ここにいるべき人間ではない。と。



村長の家に着くと、矢張り、というべきか、パノが駆け寄ってきた。


「アル!!お帰りなさい!!」


頬を高揚させ駆け寄ってきた少女に、からかい混じりに声をかける。



「おいおいパノ。アルだけか?俺もいるんだがな……。」


「えっ……いや、ちがっ!!」


頬を真っ赤に染めながら、しどろもどろに口を開く少女に苦笑を洩らす。


そんな様子を微笑ましいと思いながらも、幼い頃より彼女を知っている男としては、複雑な気持ちになる。


「そ……そんな事より!!」


慌てて話題転換したパノ。しかし、その内容に男は眉を顰めた。



「あっ……嵐、大丈夫だった!?数十年に1度の大嵐だったって!!

……こっちもね、嵐で人が流れてきたんだよ!!」


「……は……?どういうことだ?パノ。」


「……あれ?おじさんも知らなかったの?」


話題を変えようと早口になるパノだったが、口にした内容は無視できないもので。男は怪訝そうに問いかける。男のそんな様子にパノはきょとんとし、眼を丸くした。


「嵐の時はいつも川に物が流れ着くでしょう?それで今回も色々流れ着いたんだけど……。」


「今回は人が流れ着いた、と?」


言葉を詰まらせるパノの後を男が継ぐ。


「……うん……。今回の嵐は大きかったし、進行も早かったし……巻き込まれたか、足を滑らせたんだろうって……。」


「それは生きた人か?――それとも……。」


男の懸念を、パノは慌てて否定する。


「あっ……違うよ!ちゃんと生きてるよ!――意識は、無いけど……。」


付け足された言葉に、男は複雑な顔をする。


意識がない、ということは、当面の危険はない、ということだ。逆に、その者の素性も分からぬ、という事でもある。手放しに喜ぶ事も、案ずる事も、排する事も出来ぬ。


頭が、痛い。男が深く息を吐くと、高く低い、心地いい声が耳朶に触れた。


「――それは、帝国の、者か?」


その声音に、2人はぞくりと背を震わせた。


アルの眼光は鋭く、視線だけで人を射殺せそうな程で。


「……ち……違う……。肌……白かったし。――眼は、未だ分からないけど……。」


鼓動さえも忘れていた2人だったが、ふと我に返ったパノは、まるで言い訳をするかのように慌てて口を開いた。


――だがしかし、それも当然と言える。


パノは、平和な田舎で生まれ育った只の女子供だ。迸る殺気に耐えられる筈もなく。


殆ど名前だけとはいえ、自警団という職に就いている男ですら動けなかったのだ。腰を抜かさなかっただけ、マシなのかもしれない。


「随分と、帝国を嫌っているようだな?」


「この時代に、帝国を嫌わない人間なんているのか?」


からからに乾いた喉を叱咤し、何とか言葉を吐き出す男。しかし、アルの言葉はにべもなく。


「……それは……そうだが……。」


自分とて、帝国を排したい気はある。しかし、アルの殺気は異常だった。


男の疑問を感じたのか、アルはぽつりと呟いた。


「……このアドリアに、帝国を好む者は無い……しかし、本当に赦せないと思う者は、何かを奪われた者だけだ……。」


この村の、ように。その言葉に、男ははっと目を見開いた。


「この村は、賊に荒らされた――人も死んだ。……だが、俺が来たのは全てが終わった後だし、死んだ奴の顔も名前も知らない。そいつらの死を悼む事は出来ない。

……誰かの不在を嘆く事が出来るのは、その者を知る者だけだ。」


例えば、「誰か」が死んだ事に対して、可哀想、と同情することは出来るだろう。しかし、死んだ者の顔も名前も性格も――その者を直接知らぬ者は、その不在を嘆く事は出来ない。


「――所詮、俺には他人事だ……。」


その突き放す様な言葉に、パノの胸は締め付けられる。自分はこの村の者ではないと――この村に居る事はないと、突き放された ようで――。


そして、男もまた。矢張りな、と苦笑を漏らしつつも、何処かで期待していたところもあり――。


そんな自分を愚かと嗤いつつも、アルに疑問をぶつけた。


「じゃあ……お前は奪われた者、なのか?」


何気なく放たれたその言葉に、アルの瞳は一瞬で虚無の淵に落とされた。


「……ああ。友を……何よりも、大切なものを……奪われた。

だから、流れ着いた者が帝国の者であるのなら、その場で息の根を止める。」


虚無を固めた瞳は、一瞬で憎悪に塗り替わる。


それは、初めて見たアルの人間らしい表情で。


「――どちらにせよ、そいつの素性が分からない事には対処の仕様がない。

喩え指名手配者だったとしても、今の世の中、その殆どが反帝国組織だ。」


害はない。そう締めくくるアルの顔は、いつもの無表情に戻っていた。


それは幻でも見ていたかのように一瞬で。


しかし、2人の心に深く突き刺さった。



翌日、アルが詰所へ行くと、其処には人だかりが出来ていた。


彼等の様子から、招かれざる客人の様子を見に来たのであろう事が伺える。


全く平和な事だと呆れるばかりである。


その客人が、粗暴で凶悪な者ではないという確証は何処にもないのに……。


1つ嘆息すると、人々の間をすり抜けそのまま詰所へと滑り込んだ。



そこでは、疲労困憊した様子の男達と、矢張りちらちらと仮眠室へと視線を送る男達がいた。


取り敢えず、安全の為に客人を自警団詰所の仮眠室へと運びこみ、団員で見張りをしているのだと聞いた。


「代わる。」


簡潔に呟くと、剣を壁に立てかけ、隣に胡坐をかいて座った。


「あ……アル……。」


そのまま微動だにしないアルを不思議そうに見つめ、問いかけた。


「見ないのか?」


「……何がだ?」


「何って……中の奴だよ。」


「見てどうなる?」


「……どうって……気にならないのか?」


「何がだ?」


「どんなヤツかとかさ。」


「興味ない。」


「興味ないって……。」


そのあまりにもあっさりとした態度に、男達はたじろいだ。


今、村人の興味の殆どがこの客人であり、暇を見つけては覗きに来ている。団員の彼等でさえ、矢張り気になってしまい、暇さえあれば仮眠室の扉を開けているのだ。


アルのあっさりとした態度が理解できない、と思うのも無理らしからぬ事ではある。


思考が顔に出ていたのか、アルは1つ嘆息すると口を開いた。


「顔でその人間が決まる訳ないだろう。」


何処か疲れた様な、呆れた様な。そんな声に男達ははっと我に返る。


「意識のない奴の人相で、その人間が分かる訳ないだろう。

大体の奴は眼を見れば分かるが……意識がないのなら話にならん。」


凶悪な顔をした人間が、そのまま凶悪な性格であるとは限らない。アルは、仕事柄それをよくよく理解していた。


傭兵は、荒事を担当する事が多い。その所為、と言う訳でもないが、傭兵には子供が泣き出してしまうような容貌の人間が多い。そして、凶悪犯のような容貌でありながら、花を愛で、料理を得意としている人間もいたりする。


逆に、女性の様に美しい容貌で虫も殺さぬ笑顔を湛えた人間が、殺人悦楽者で口にすることも憚られる様な凶行を働いた事例とてあるのだ。


顔で人を判別する事は出来ない。しかし、例外とてある。


――それは


「それに、手配書にある人間だったとしても、今の世の中、手配されるのは殆どが反帝国組織の人間だ。」


俺達の敵じゃない。アルはぽつりと呟いた。


国家的犯罪者や凶悪犯は、各地に手配書を回されたりもする。しかし、帝国に掌握された今の世の中、その殆どが反帝国組織なのだ。


その中でも最も有名で、最も規模の大きかった組織が、クレイス国のイクスレイム王子率いる解放軍である。それは帝国を壊滅寸前にまで追い詰め、大陸中から有志を集い、アドリア中を大きな歴史の渦へと誘った。


彼の組織が崩壊した後、残党狩りの為、多くの手配書が回された。


勿論、帝国を恐れ、密告をする者もいた。しかし、未だ彼等の首が晒されていないのは、彼等に希望を託す者が多い、ということでもある。


――確かに、アルの言う事は正しい。しかし、彼等の言いたい事はそういうことではない。


「……お前さ、本当にどうでもいいんだな……。」


どこか諦めた様な、切な気な声が届いた。


「……何の事だ?」


「色々、さ。お前見てると、全てがどうでもいいって感じだ。」


この村の事も、パノの事も――自分自身の、事でさえ――。


彼は何事にも執着をしていない様に見える。


「お前――さ、好きな事とか大事なモノとか無いわけ?」


それは素朴な疑問だった。彼は常に冷静で表情がなく、彼が感情を露わにしたところを見た事がない。


パノの事とてそうだ。


彼女は美少女ではないが、何より愛嬌があって、可愛らしい。しかし、そんな彼女にあれだけ剥き出しの好意を寄せられているにも関わらず、彼は表情を変えることなく。


パノに対しても、まるで子供をあしらうかのように素っ気無い。


彼等の疑念は当然ともいえる。


しかし、それに対するアルの返答は彼等にとって意外としか言いようがなく。眼を丸くしてアルを見つめた。


「……俺の大切なものは、たった1つだけだ。――それ以外はどうでもいい。興味を持てないし持つ気もない。」


あまりにもあっさりと放たれた言葉に、思わず問いかける声があった。


「――パノの事も、か?」


アルの形の良い唇に緩やかに描かれた弧が、無言の肯定を示す。


奇妙な沈黙がその場を満たす。


男達は声を発する事も出来ず、只アルを見つめていた。



「アル……お仕事お疲れ様……これ、差し入れ持ってきたの……。」


「ねぇアルぅ……ずっと1人で見張りをしているんでしょ?大変だねぇ。」


「疲れる様な事はしていないし、大変でもない。邪魔だから帰れ。」


妖艶な美女の濡れた瞳にも、愛らしい少女の甘えた表情にも、アルは眉ひとつ動かさずに答える。


しかし、少女達も負けてはいなかった。


「だってぇ……。」


「あら、村人の為に1人で頑張ってくれているアルの為に、何かしたいって気持ちくらい受け取ってくれたっていいと思うわ……。」


再びアルが口を開こうとした時だった。


「アダ!!カーチャ!!何やってるの!!」


少女の怒声が響いた。



「何って、差し入れ。」


「そおよ。アルは私達の為に頑張ってくれてるんだもん。お礼くらい言ってもいいじゃない。」


妖艶に微笑む美女と、可愛らしく頬を膨らませる少女。彼女達は、村で男達の人気を2分する2人だった。


それが少女の――パノの怒る理由の1つでもあった。


女の自分から見ても、彼女達は魅力的だ。そして彼女達はアルを狙っているのだ。心穏やかでいられる筈もなく。


「そんなこと言って!目的はアルなんでしょ!?」


「……あら、それを貴女が言うの?パノ。自分だってお礼とかなんとか理由を付けて毎日アルに会いに行ってるクセに。」


「そおよ。パノばっかりずるぅい!」


2人に反論され、パノはぐっと言葉に詰まる。


その上、アルの目の前で気持ちや行動を暴露されてしまったのだ。パノの顔は、煙が出そうな程真っ赤に染まっていた。


そんなパノの様子を見て、なおも追い打ちをかけるように口を開いた2人だったが、小さな呟きが聞こえ、開きかけた口を閉じる。


「……お前ら、煩い。邪魔だから帰れ。」


先ほどとは違った押し殺したような声に、流石に黙り込む3人。


「……それからこれは持って帰れ。邪魔だ。」


そう言って差し出されたのは、アダが持ってきた豪華な食事達。村の特産品を使った豪華な料理は、パノから見てもとても美味しそうだ。


しかし、アルは一瞥するなりアダにつっかえしてきた。アダは瞠目し、信じられないとばかりにアルを凝視するが、理由に思い当るパノは、ひそかに笑みを零した。


「どっ……どうして!?折角アルの為に作って来たのにっ!!」


アダの嘆きを、しかしアルは感情のない声で、あっさりと切り捨てた。


「邪魔だと言った筈だ。危険人物かもしれない者の眠っている部屋の前で、飯を広げて、両手で食えと?」


アダの美しい容貌が羞恥に染まる。


アルは、片手で簡単に食べられる物を好む。しかしそれは、決して「好き」だからという理由からではない。職業柄、何時如何なる事態にも対応できるようにとの配慮である。同じ理由で、ソースのたっぷりかかった物も好まない。手がべたべたして、剣が握れなくなるからだ。


それを知っているパノは、小さく笑みを零した。アダの持ってきた差し入れは、とても豪華で食欲をそそるものであるが、品数が多く床に広げなければならない。その上、確りとした食事である為、パンの様に片手で簡単に食べられないのだ。


「分かったら持って帰れ。お前は俺の邪魔をしに来たのか?」


アルの冷たい言葉に、アダは泣きだしそうな程瞳を潤ませ、そのまま宿舎を出て行った。


カーチャもそそくさと退散し、その場にはアルとパノの2人だけが残された。


「……あ……あのね?これ、差し入れ。――後、アルが街に行っている間に糖蜜付けを作ったの。……日持ちするから、気が向いた時に食べてね。」


「……ああ。いつも悪いな。」


その言葉に、パノの胸は歓喜ではち切れそうになった。



自分は、アルに拒絶されなかった。


自分は、アルの事を理解している。


――その事が、たまらなく、嬉しい。


2、3言葉を交わすと、アルの邪魔にならないように早々に宿舎を後にする。


ぱたりと扉が閉まり、1人になったアルは、小さく溜息を吐いた。



――苛立って いる。


その自覚はあった。


そして、その理由にも――



ぎりと唇を噛み締める。



『――必ず……戻って、きますよね?』


縋る様な 瞳。


『――君は僕を護ってくれるんだろう?』


確固たる、信頼の 瞳。


『貴方がいれば、百人力です。』


そして生粋な、羨望の 眼差し。



「――うるさい。」


『貴方がいない世界なんて――』


「煩い!」


『立場をわきまえろ。』


「煩い!!」


『――君は、生きるんだよ。』


「煩い煩い煩い煩い!!!!!」


喉が張り裂けんばかりに叫ぶと、拳を床に叩きつけた。



――理由なら、思い当る。


ここ最近、毎日毎日付き纏ってくる声だ。


それはかつて「仲間」と呼んだ者達の声で――。



色鮮やかな、夢の様な日々。


夢が終わり、全てを失いこの手に残った物は 底なしの 虚無。


嘆き、悲しみ、怒り、絶望――


湧き上がる感情は、全て虚無に飲み込まれてしまった。



還る場所が、無い訳ではない。


自分を待つ者とているのだ。


しかし其処を――友のいないその場所を、還る場所だとはどうしても思えなくて――。



――なのに。


まるで責め立てるように、過去の亡霊は付き纏う。


最初は、似た2人組みを見た所為だと思っていた。


しかし最近は、パノの言葉にも、村人の会話にも……彼等は何処にでも現れ、アルの心を苛んでいくのだ。


「……戻れ、と。……そう言いたいのか?」


ギュッと眼を瞑る。


「戦え――と。」


血が滲む程に拳を握りしめる。


「――なぁ……シリル……。俺は、どうしたら いい?」


応えはないと 分かって いても――。


「――お前は俺に……何を、望む――?」


絞り出すような少年の独白が、誰の耳にも届くことなく消えた時――


かたん。


音が、聞こえた気がした。



見張りは自分1人で受け持っている。故に、他の団員は全て出払っており、パノや少女達も追い出した。


――この場に居るのは、自分のみ。


ならば、客人が目覚めたのだろうか――?


そっと音もなく立ちあがると、剣の柄に手をやる。


気配を探ってみるも、目覚めた様子はなく――。


直ぐに剣を抜けるように構え、そっと扉を開いた。


視界に飛び込んで来たのは、見慣れた質素な部屋に、寝台が1つ。そして寝台に横たわる者。それが未だ年若い男であると、噂で聞いた。


神経を張り詰め気配を探るも、矢張り目覚めた様子はなく。


幻聴 だろうか?


そう思うも、何故か寝台から目が反らせなくて――。


まるで引き寄せられるように近付いて行く。


取り敢えず、眼球の動きや呼吸である程度は判断できるだろう。そう言い聞かせ寝台を覗き込み――


そして、瞠目した。


「……う……そだ……。」


思わず口をついて出た言葉は、普段なら決して口にしない言葉で。


驚愕のあまり、アルの思考が停止した。


そんな筈はない、と何度も繰り返すも、目の前の光景は彼の想いを否定する。



そして呆然と呟いた。



「シリル……。」



――と。



 

 『――ご武運を。』



最後に言葉を交わしたのは、もう、どのくらい前のことだろう……。


苦し気に呟かれた友の名は、「神よ」と、祈りの言葉にも似ていて。


(――シリル。……これはお前の導きか……?)


呼吸すらも忘れたかのように、只呆然と目の前の血の気の失せた顔を見つめた。



――変わらない 姿。


――変わり果てた 姿。


相反する現実は、まるで刃の様にアルの心に突き刺さる。



少年の面影を残していた幼い顔は、年月を経て、精悍な青年のそれへと成長しており、離れていた年月を感じさせる。


(――ああ、あれからもう5年も経っているのか……。)


ふとアルの心に不可思議な想いが湧きあがる。


寂寥、虚無、憤怒……。それを表す言葉は数多存在する様に思え、同時に、何処にも無い様にも思えた。


整った顔立ち。意識が無くとも溢れ出る高潔さ。喩え5年もの月日が流れ、見違える程に成長していても変わらぬ姿。


――只、その髪色を除いては……。


アドリアで最も有り触れているであろう大地の色は、雪の様に真っ白に染まっていた。



――染めて、いるのだろうか?


 己の 様に。



偽りで固められた心。


虚偽の姿。


身の丈に合わぬ名前――



今の自分に、真など何1つない。


彼も、己を偽って来たのだろうか?



別人、ということも考えられる。


姿形が似ている他人であると。


しかし、アルの本能がそれを否定する。


これは、自分の良く知ってる彼であると。



「……これがお前の望みなのか……?シリル……。」


縋る様な呟きに、矢張り応える者はなく。


「何故此処に……今俺の目の前に現れた?

――なぁ……。」


それでも諦めきれないとばかりに、目の前の男に呼びかけた。


「……レクス……。」



――かつては「仲間」と呼んだ、その男に。





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