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第七話 よび声




 竜舎。

 それは一般市民の間では神聖なものとされ、近づくことを許されない場所である。もちろんそれは城の者同じだ。

 竜とは神聖な生き物であり、興味本位で見に行くような生き物ではなかった。竜舎に入ることができるのは竜騎士と竜騎士見習い、そしてごく一部の上流階級の者たちだけだ。

 また、竜舎には種類があった。

 竜騎士達のペアである竜達が暮らす第一竜舎。

 ペアを持たない竜達が暮らす第二竜舎。

 妊娠している竜達や卵を保護する第三竜舎。

 最後に、竜王の竜が暮らす特別竜舎。

 他に怪我を負った竜達を治療する竜舎や、野生の竜を保護する竜舎などもあるが、大きくは前述した四つの竜舎に分けられていた。

 そして今、美春が入ろうとしているのは第一竜舎だった。

 竜はペア以外の者には警戒心が強く、近づくと攻撃を受ける恐れがある。そう言った理由から美春の見学が許可されたのは訓練された第一竜舎の竜のみに限定された。リヒトの竜もここにいると言う。

 全ての竜舎が見られないことは少し残念だが、美春はわくわくしていた。この世界に来て一番の楽しみと言っても過言ではないだろう。

 昨日は嫌なことばかりで正直心が参ってしまっていた。

 部屋に戻ったあともエナが心配し、今日の竜舎行きを止めにした方が良いと言ってきたが、美春はその意見を断固としてはねのけた。それに、リヒトも「今の美春様には気分転換が必要です」とエナに言ってくれた。その言葉にエナも思い当たることがあったのか、渋々と言った感じだが今日の事を了承してくれた。

 第一竜舎の扉は見るからに頑丈そうで、縦も横もかなりの大きさがあった。ここにいる竜の大きさを表しているのかとリヒトに聞いてみると、意外にも首を振られる。

「この扉ほど大きな竜は今はもう希少種になってます。ディートハルト様や隊長の乗る竜はこれくらい大きいですけど」

 今は人一人が乗れる程度の大きさの竜がほとんどなのだと言う。それでも十分な大きさがあるのではないかと美春は思ったが、この話をしている時のリヒトが深刻な表情をしていたため、早々に話を変える。

「あ、それでその隊長さんは今どこにいるの? 確か竜舎に入る前に一応会っといた方がいいんだよね」

「ええ、そうなんですけど……あの人は時間をあまり守らないと言うか、なんというか……」

「なんて言うつもりだ? このひよっこ団員が。ちなみにそこのお嬢様、俺は隊長じゃなくて団長な。竜騎士団団長、ダグラスだ」

 突然現れた男に、リヒトは頭を鷲掴みにされながらも怒ることなく、逆にいつもよりも柔らかい表情に変化した。しかし、鷲掴みされた髪の毛が痛いのか、必死に頭に襲いかかる手を振り払っている。

「団長やめてください! 美春様の御前ですよ」

 ドーニア国の象徴ともいえる竜とともに闘う竜騎士団は、ドーニア国周囲の国々からは畏怖の対象であり、国民からは崇拝の対象とされてきた。

 その騎士団団長は、美春が思っていた以上に若かった。若いと言ってももちろん美春と同じ十代などではなく、見た目から想像するに二十代後半だろうか。

 短く乱暴に揃えられた黒い髪の毛は美春の柔らかな髪の毛とは対照的に、触らなくても固さと強さを感じる髪質であった。瞳は黒ではなく海のように深い青色をしており、不機嫌そうに先がつり上がっている。綺麗な顔立ちとは到底言えないが、男らしく渋い顔立ちをしており、長年戦いの中で身を置いてきたのだと言う厳格さが漂っていた。そしてそれに裏打ちされた自信さえも初対面の美春に伝わってくる。

「ちゃんとお前はお嬢様を守れてんのかー。なあ、美春様、こいつ迷惑かけてねえか? 護衛が嫌なら言ってくれたらいつでも替えてやる」

「団長!! その言葉づかいは何ですか!」

「いちいちお前はうるせえな。そんなに頭が固いから剣術も固くなるんだぜ」

 突然目の前で繰り広げられていく弾丸のような応酬に、一瞬戸惑いを覚えた美春だが会話を聞いていく内に自然と頬がゆるんでいく。

 きっとこれが本来のリヒトの姿なのだろう。団長のダグラスの前で少年のように喚くリヒトを見るのは新鮮であった。

「さてさてリヒト、お遊びはこれくらいにしとくか。さっきからお前の大事な美春様が笑うのを堪えてるぞ」

「えっ」

 リヒトは今思い出したとばかりに美春のを方を振り返る。

 美春の吸い込まれるような黒い瞳と目があった瞬間、リヒトの顔が火が吹いたように真っ赤に染まった。

「あ、美春様、すみません、その、見苦しいところをお見せしました」

「見苦しいなんて思ってないよ! 私の前でもそれくらい話してくれると嬉しいのに」

「そいつは無理な話だぜ美春様、男は格好つけたいもんなんだよ、特に惚れ……」

「団長!!」

 あまりにも切羽詰まったリヒトの声に、ダグラスは笑いながらも戯れを止め、先ほどよりは幾分か真剣な眼差しで美春を見つめる。

「まあこいつはからかい甲斐がある奴だからついつい俺も構っちまうが、剣の腕は新人の中じゃあ確かな方だ。存分にこきつかってやってくれ」

「はい!」

 満面の笑みで頷く美春。リヒトはダグラスからの言葉が嬉しかったのか、心なしかその表情からは喜色がにじみ出ていた。

「今から竜舎に入るわけだが、お嬢様が想像するような美しいもんではないぜ。それに訓練されている竜とは言え、心を許していない者に対しては牙も剥く」

「はい、リヒトから聞きました」

「あと、その敬語もやめにしようぜ。身分で言えば美春様の方が上だ」

 分かってるなら敬語を使ってください、とリヒトがぶつぶつ呟くのを無視して美春は頷く。

「うーん、何か敬語になってしまうんですけど……なんかと崩してみる」

「ああ、頼む。リヒト、竜舎に入る上での注意事項は説明したか?」

「あ、はい。すでに説明は終わっています」

「急に近づかない事、許可なく触れない事、大声をあげないこと、その他もろもろ竜をビックリさせる行動を慎むこと、でしょ?」

 今日の朝起きた瞬間から、耳にたこができるのではないかと言うほどリヒトから聞かされていた。そしてその注意事項を要約すると、許可なく危険な行動をとらないこと、竜を刺激しないこと、と言う事であった。

「十分分かっているようだな。じゃあ、今から俺が竜舎を案内する」

「えっ! 団長さんが案内してくれるんですか?」

 騎士団団長と言えばかなり忙しい立場なのではないかと、美春は気遣いの目をダグラスに送る。しかし、ダグラスは気にした素振りを見せずに頷いた。

「后候補様に万一の事があったらいかないからな。まあ普通にしていたら安全な場所だが、予期せぬ事が起こる可能性もある」

「すみません、ご迷惑をおかけして……」

「迷惑なわけないだろうが! むさくるしい男どもの訓練を指導するよりも女を案内する方が良いに決まってるからな」

 ダグラスの言葉に美春はやっと心配そうな表情を消し、笑顔になる。

「じゃあ行くぞ」

 てっきり第一竜舎の大きな扉を通っていくのかと思っていた美春だが、ダグラスをその扉を無視して横に隠れていた小さな扉へ向かう。

「あの大きな扉は竜用で、こっちが人間用だ。昔は大きな扉で行き来していたんだが、扉が重くてな。騎士達から苦情が相次いだ。まあ、修行の一環だと昔を言い聞かせていたらしいが、最近になってやっとこの扉が付け足されたんだ」

 ダグラスの言葉通り、人一人が通れる大きさの扉は見るからに新しかった。扉を抜けるとそこには見張りの兵士たちが中に二人立っていた。それ以外にも少年の兵だろうか。十歳を過ぎたほどの少年たちが掃除やらの雑用をこなしている。

「まずはリヒトの竜から見に行くか。竜舎と言っても竜は家畜ではない。だから鎖にも繋がれていないし、ほとんどの竜の扉には錠がつけられていない。まあ、少々気性が激しい奴には鎖が付いていることもあるがな」

 ダグラスの説明を聞きながら、美春は周囲を見回す。細い廊下が一つあるだけで竜の姿はまだ見えないが、人の家とは違う独特の臭いが美春の鼻に届く。

 しかし、美春の胸の鼓動は高鳴っていた。やっと念願の竜を見ることができるのだ。竜、それは美春にとってはこの世界が異世界だと言う証明にもなるものでもあった。

 細い廊下を抜けると、また一つ鉄の様な物質で作られた扉があった。

「この扉の向こうに竜達がいる。叫んだりしないように気をつけてくれ」

 美春は神妙に頷いた。その態度を確認し、ダグラスを扉を開いた。



 扉の先、そこはまさしく異世界と言ってふさわしい場所であった。 



 何十頭と言う竜達がそこにはいた。

 濁った灰色の身体は固く鋭利な鱗で覆われており、翼は閉じている状態でもその大きさと優雅さが伝わってくる。瞳の色も青い色をしたものから体と同じ灰色のものと、様々であった。尾も太く長く、先は針のようにとがっている。竜によっては尾が無数の針で覆われているように見えるものもいた。

 美春は思わず感嘆の息を吐いた。

 竜は想像以上に美しい生き物であった。大きな檻の中に一頭一頭入れられているとはいえ、その偉大さは伝わってくる。

 知性を感じる無数の瞳が美春に集中しているのを感じるが、不思議と緊張は感じなかった。むしろ居心地の良さを感じたものだから驚きである。まるで、最初からここにいるのが自然だったように美春は感じた。

「これは……」

 美春の横でリヒトが驚嘆の声をあげた。

 その場にいた全ての竜が美春を見つめ、そして、ゆっくりと頭を垂れたのであった。例えるなら敬愛する主にするような礼を、全ての竜が美春に対して行っていた。



 『よく来られたイノチビトよ』

 『我らはずっと待っていたのだ』

 『嘆かわしいことだ、見ろ、あの男たちの顔を』

 『知は失われつつある。それは我らも同じこと』

 『時が全てを変えてしまう』

 『王はどうした? イノチビトのそばに何故いない?』

 『同胞よ、いくら嘆こうとも我らの声は届かん。我らが声を失ったと同時に、ヒトは耳を失ったのだ』

 『イノチビトには聞こえるはずだ!』



 美春の頭の中に滝のように流れてくる思念。リヒト達にも聞こえているのかと二人の顔を見てみるが、二人は目の前の光景にただただ驚愕しているようであった。

「こいつは……驚いた。美春様、あんた一体何者だ?」

「私は……」

 私が何者か、なんて分かり切っている。

 日本の普通の女子高生。なんの力もない、けれど、普通の女の子のように将来を夢見て生きてきた。何の変哲もない人間、それが私だ。

 美春は想いを全て言葉に変えたかったが、頭に飛び込んでくる竜の声の数々に気が狂いそうであった。堪らずその場に座り込む。

「美春様!」

 いきなり座り込んだ美春の肩を支え、リヒトはダグラスに指示を仰ぐ。

「近くの医務室に連れていけ。おい、そこの見習い! 神官長のクリスを至急連れてこい!」

 ダグラスにいきなり命令された少年は、手に持っていた木の桶も置かずに竜舎から飛び出して行った。

 



 『イノチビトの顔色が悪いぞ』

 『ヒトは脆い』

 『大切にしなくてはいけない』

 『イノチビト……現れてよかったのか、わしにはもう分からん』

 『現れなければ我らは滅んでしまうだろうよ』

 『…………』




 しかし、ある竜は思うのであった。

 滅びが必要なこともあるのだと。

 









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