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第二話 竜の住まう国




 朝美春が目を覚まし、鏡を覗き込むと目がとんでもなく腫れていた。慌てて部屋に備えられていた洗面台で顔を洗い、布を冷やし目にあてておく。これで少しはマシになるだろうか、美春はそんなことを思いながらも、こうも思っていた。



 夢では、なかったのだ、と。



 じわじわとその思いが胸を侵蝕していき、目にまた涙が溜まり始める。けれど、泣いてばかりではいられないのだ。

 美春は先ほどよりもマシになった目の腫れをこすりながら、深く呼吸を繰り返した。

 呼吸を繰り返すうちに、美春は落ち着きを取り戻していく。すると、まるで見計らったかのようにドアをノックする音が部屋に響いた。

「失礼します」

 入ってきたのは一人の女官だった。肩までの長さの髪をきっちりと横にそろえ、前髪も真っ直ぐ横に整えられている。いわゆるおかっぱである。髪の色は金色で、大きく丸い愛らしいその瞳の色は翡翠色をしていた。

 まるでフランス人形のような子だと、美春は真っ先に思った。年は美春より二つほど下にみえる。

 少女はスカートの裾を掴んで深くお辞儀をすると、鈴の音のようなかわいらしい声で自分の名を告げた。

「私の名前はエナと申します。今日から美春様の専属の女官として仕えさせていただきます。どうぞよろしくお願いします」

「え、と。知ってると思うけど私は秋月美春。あの、お願いだから様とか敬語とかは使わないでほしいな」

 もともと美春はお嬢様でもない一般庶民だ。敬語や様をつけられると、どうも違和感がした。

「それは命令でしょうか?」

「命令じゃなくて、お願い、って言った方が正しいのかな」

 エナは美春の言葉を聞いて、満面の笑みを浮かべた。

「なら美春と呼ばせていただきます。もちろん他に人がいるときは無理ですけれど。敬語はくせなので難しいですが、善処させていただきますわ」

 意外と受け入れの良かったエナの言葉に、美春は安堵のため息を小さくつく。

「ありがとう、エナ」

「でも良かった。ご主人様が素敵な方で! 他のお后候補の姫様方はもうわがままな方が多くて。私もそこに配属されるのかと内心ヒヤヒヤしていたんですけれど、美春は本当に素敵だわ! 流れるような黒髪は本当に美しいですし、瞳も黒曜石のように輝いて、ああ、どんなドレスが美春にはいいのかしら。やっぱり赤色? それとも緑色もいいかしら。あ、白も捨てがたいですわ」

 エナの口からは堰を切ったように一気に言葉が溢れでてきた。突然のことに美春は目を点にしてエナを見つめてしまう。第一印象はフランス人形のようなかわいらしい少女、だったのだが、今ではちょっとおかしなハイテンションメイド、に印象が変わっている。

「あ、すみません、私おしゃべりが大好きで。あと可愛いものも好きで、美春が可愛くてついつい気分が高揚してしまいましたわ」

 しまったとでも言うように口に手をあてるエナの仕草が可愛くて、美春は思わず笑ってしまっていた。そんな美春を見て、エナは感激したように頬を赤らめた。

「まあまあ! 笑顔も本当に素敵。美春は絶対笑っているほうがいいですわ。それなら竜王様も絶対いちころ間違いなしですわ」

「竜王……」

 そう聞いて美春はディートハルトを思い浮かべた。端整な顔立ちであった。あの不機嫌そうな表情さえ無くせば、本当に美しい男だった。もしも初めて会ったときに一度でも笑いかけられていたら、美春は間違いなく恋に落ちてしまっていただろう。けれどそれはもしもの話だ。美春は確かに見た目の良い男は好きだが、中身が伴っていない男は嫌いであった。

「では美春様、今日のご予定についてお話させていただきますね」

 いきなり落ち着いた口調になったエナ、おそらく仕事モードに入ったという合図なのだろう。

「今日は朝食を部屋で召し上がった後、美春様専属の護衛との儀式があります。その後にドレス合わせを行ってから昼食、午後からはお茶会が入っています。お茶会では他のお后候補と対面することになると思いますので、お気をつけくださいませ」

 護衛にドレスにお茶会。疑問点ばかりで何から質問したらいいのか、全く分からなかった。

「えと、護衛って言うのは……」

「クリス様からも聞いたと思いますけれど、美春のための護衛ですわ。もちろん竜騎士団から配属されますのでご安心ください。この国も竜王のおかげで他国との戦はないものの、権力争いなどで暗殺などがありますの。あ、これは内緒のお話なんですけどね」

「竜騎士って、何?」

「あら、そうですわね、美春は何も知らないんですものね。なら朝食でも食べながら私が説明しますわね。もしかして、竜王様についてもほとんど知らないのではないです?」

「う、うん。本当にここについて何も知らなくて。文化も、私のいた場所とは随分違うみたいだから」

 地球で言うと、中世あたりの文化レベルなのだろうか。電気らしきものは見当たらず、灯りも全て火を灯すタイプのものであった。

「なら、朝食にしましょうか」

 エナはニッコリとそういうと、部屋の外に出て給仕に声をかけているようであった。

 美春はと言うと、小さくため息をついてソファに腰掛けた。一夜明けてもなかなか現実を受け入れられない。けれどこれが現実なのだと言うことはもう美春は分かっていた。嫌でもこの世界で暮らしていかなくてはいけないのだ。

 どうせ暮らさなければいけないのなら、自分の好きに楽しく生きたい、と美春は思った。そのための第一歩として、エナという友だちにめぐり合えたのは嬉しい。向こうが美春を友だちと思っているかどうかは別としても。

「うん、がんばろう」

 美春は小さくつぶやき、窓の外を見つめた。外は快晴。この世界でも、どうやら空は青いらしい。




 朝食はとにかく豪華であった。色とりどりの花が食器に添えられ、その食器もまた高そうであった。パンも丸いものや四角いもの、黒いパン、白いパンと様々なものが用意されており、温かなスープもとても美味しそうな香りがした。他に卵料理らしきものも何点かあり、この世界でも卵を食すんだなと、美春は妙な親近感を覚えていた。

「では、食べながらにはなりますが、まずは竜騎士についてお話しましょうか」

 エナは美春に食事を取り分けながら、食べるようにと促す。どうやらエナは朝早くにご飯は済ませているようで、女官は主人と一緒に食べるものではない、と言うのがこの国の考えらしい。美春は心苦しさを感じながらも、ベーコンエッグのようなものを口に運んだ。とてつもなく美味しかった。言うまでもなく。

「まずはこの国は竜の住まう国なんですが、それはご存知ですが」

 エナの問いかけに、美春は全力で首を横にふった。竜、なんてファンタジーの世界の生き物であった。それが実在しているなんて信じられなかった。もしよければ見てみたいものである。

「ここドーニア国はニルア大陸で最も大きな国ですの。大陸には他に主要な国が四つありますわ」

 それからのエナの話を要約するとこうなる。

 ここはニルア大陸のドーニア国で、唯一竜がいる国と言うことらしい。他に神聖王国メルニア、地の国ガドゲニア、砂漠の国セニア、といった国があるが、大きな戦争はここ最近おこっていない。

 また、ドーニアは竜に守られた国であり、竜の力は絶大で他国からの侵略も一切寄せ付けない国だと言うことであった。その象徴が竜族でもある竜王であり、竜王が束ねている竜騎士団に繋がっていくのだ。

 竜族はヒトの二倍の寿命を持ち、竜化することによって絶大な力を発揮できる。そして竜騎士団は小型の竜に乗り戦いをする騎士たちのことで、国民の憧れの的らしい。

「二倍の寿命ってすごいね。今の竜王のディートハルトは一体何歳なの?」

 見た目だけで行くと二十代半ばに見えたが、実は百歳を超えているとでも言うのだろうか。

「竜王様はいま二十四歳ですのよ。竜族からみればまだまだ幼いですわ。けれど今、純粋な竜族は数が少なくなっているんですの」

「純粋な……?」

「ええ、人間の血が薄く、竜の血が濃い竜族のことですわ。純粋な竜族は今、ディートハルト様と前竜王様、それにディートハルト様の従妹のアイリシア様、他血縁の方々数人と言ったところですわね。その中で一番竜の血が濃く、お強いのがディートハルト様なのです」

 エナはさらに思い出したかのように話を付け足す。

「あ、それとアイリシア様は今回のお后候補でもありますの。竜族であることから最有力候補、と噂されていますわ」

「そう、なんだ」

 それでなのか。

 美春はディートハルトの言っていた言葉を思い返した。

『不幸な女、お前を選ぶつもりはない』

 要するにもうお后は決まっているようなものなのだろう。それなのに異世界から無理やり呼び出された美春は、ディートハルトの言うとおり不幸な女である。

 美春は儀式通り形上呼び出されたのだ。もっと悪く言うなら合コンの数合わせのようなものである。そう考えると美春は無性に腹がたってきた。この苛立ちを誰にぶつければいいのかもよく分からない。そもそもどうしてこんな后選びなどと言う儀式を始めたのか。

 美春は疑問に思いエナに聞いてみた。

「ねえ、どうしてお后様を儀式で選ぶことになったの? それも最初に六人も選ぶなんて……」

「あら、それもまだ聞いてなかったのですね。お后選びの儀式は古の神話が元になっていますのよ」



 古の時代、竜王は恐れられ敬われ、孤独であった。

 するとある時捧げものとして女性が捧げられる。

 とても美しく煌びやかな女性を、竜王は嬉しく思い大切に扱おうとした。

 しかし女性は竜王を拒否し、悲しくなった竜王は女性を殺してしまう。

 それから何人も女性が捧げられたが、みな同じように竜王を恐れ、殺された。

 そして、ついに六人目の女性が捧げられる。

 その女性は今までの女性と違い、奴隷と言う身分であった。そのため服も布切れ一枚であり、肌は泥で汚れてしまっていた。

 しかし、女性は竜王を恐れなかった。

 竜王と共に生きることを誓ったのである。

 歓喜した竜王は、それから人を守りいつくしんでいくことを約束したのである。



「この神話を元に、六人の女性から生涯の伴侶を一人選ぶ、という儀式が始まったそうですわ。六人のうちの一人を異世界から呼ぶようになった理由は諸説あるんですけれど、それは命の水に関係しているとか言われていることが多いですわ。けれど残念ながら私はよく知らないんですの。神官長様ならご存知だとは思うのですけど」

「クリス様が……そもそも神官長って、何の仕事してるの?」

「神官長様は竜王様にだけ権力が片寄らないようにするためのものですわ。他に神官自体は命の水の番人といった役割や結婚式や葬式などのときに呼ばれたりもしますわね」

「じゃあやっぱりクリス様ってすごく偉いんだ」

「ええ、竜王様の次に偉いですわ。クリス様は政治的なことにも手腕を発揮してますし、それにあの外見、本当に美しいわ! ファンクラブもあるくらいで、国民からも人気が高いんですのよ」

 確かにクリスは笑顔がとても優しく、またその見目も柔和で美しかった。ディートハルトとは方向性の違ったかっこよさ、と言うことになるのだろう。

「ってあら、お話してたらもうこんな時間! 大変だわ、騎士様を待たせてしまいますわね。朝食をお下げしても構いませんでしょうか? それとお洋服もお着替えにならなくちゃいけませんんわ」

 エナはそういうと慌ただしく動き始めた。確か朝食後は美春専属の竜騎士との儀式がある、と言っていた。

「ねえ、エナ、儀式ってどんなことするの?」

 エナはすごい速度で食器を片づけながらも、流暢に言葉を紡いでいく。

「儀式は簡単なものですわ。騎士様が美春に誓いの言葉を捧げて、剣を差し出してきますの。美春はその剣を受け取って剣に口づけをして、騎士様にまた返せばいいのです」

「へー、じゃあ意外に簡易的なものなんだね」

 もっと重々しいものを想像していた美春にとって、エナの説明は喜ばしいものだった。

「まあよく行われる儀式でもありますので、自然と簡単になってしまったんでしょうね。でも今の美春のお洋服ではダメですわ。ああ、どのドレスがいいかしら。やっぱり神聖なものですから白がいいかしら。美春の黒髪も映えますし。それに肌も陶器みたいに本当に綺麗だわ! お化粧は薄めでもいいかしら」

「うーん、エナに任せるよ」

 もともと外見に無頓着な美春は派手なものでなければどんなものでもよかった。

 しかし、エナが衣装部屋から大量のドレスやアクセサリーを持ってきたのを目にした時、美春はこれから起こる惨事を想像し、一気に疲れが押し寄せてくるのを感じたのであった。

 


 



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