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第一話 終わりの宣告






 その日は朝から土砂降りで、起きたときからなんだか嫌な予感がしていたのだ。



 「美春!!」

 鳴り響くクラクション。

 目の前に大きなトラック。

 近くにいたはずの友達の、遠くから聞こえる声。

 このとき私は、間違いなく死んだと思った。







竜王はご機嫌ななめ








 一番最初に感じたのは、まず光だった。次に感じたのはぷかぷかと漂うような浮遊感、そして……。

「つめたっ!」

 体中に纏わりつく冷たさに、美春は思わずそこから飛び出した。するとあたりに水飛沫がとび、水面に円を描いて深く消えていく。

 それを見て初めて自分が水中にいたことに気付く。急いで立ち上がり、水から外に出ると、制服のスカートから次から次へと水が落ちていく。落ちていく水は大理石でできたような綺麗な石の床の上に、大きな水溜りを作っていった。

 これは掃除が大変だなとぼんやりと思いながら、美春はふと視線を周囲に向けた。

 そこには、綺麗な白色の服を着た神官のような男たちが、驚愕の色を瞳に宿して美春の方を見つめていた。

 そして、神官たちの中心に、その男はいた。

 銀色に輝く短い髪の毛に、髪と同じ色の瞳は大きく切れ長だ。鼻筋は細く通っており、唇は薄くその端はきゅっと引き締まっている。服はやたら豪華な服を着ており、あちこちに繊細な刺繍やレース、そして裾には光り輝く宝石が散りばめられていた。

 美春が今までに見たどの男よりも美しい男だった。その眉間の皺さえ見逃せば、天使かと見間違うほどに。

 おそらく男は不機嫌なのだろう。思わずひれ伏してしまいたくなるような鋭い眼光を、さきほどからこちらに向けていた。

 そしてきつく閉ざしていた美しい唇を開き、簡潔に美春に告げる。

「お前は今日から俺の后候補となる。詳しくはクリスに聞け」

 以上、とでも言うように、男はマントを翻しその場を立ち去ろうとする。すると横にいた男が慌てて男に声をかけた。

「ディートハルト様!」

 ディートハルト。舌を噛みそうな名前だと思っていると、ディートハルトは美春の方を振り向いた。

「不幸な女だ。俺はお前を選ぶつもりはない。そもそも女などいらん!こんな儀式馬鹿らしいと最初から俺は言っていたのだ!」

 ディートハルトは語気を荒くし、自分の感情を表すかのように苛ついた靴音を残してその場から出て行った。残されたのは困った顔をした神官のような男たちと、訳が全く分からない美春だけだ。

「えーと……とりあえず体を拭きにいきましょうか」

 先ほどディートハルトに声をかけた男が、美春に微笑みかける。その男は金の長い髪を一つにゆるく結び、瞳は深い青色だった。これまた美形であった。しかし、背後には疲労のためか、どんよりとした暗い雰囲気が漂っていた。

「申し遅れましたが私の名前はクリス。竜の都ドーニアの神官長をさせていただいています」

「竜? ドーニア? 神官?」

 ドーニア、聞いた事のない国だった。それに神官長ということは、頼りなさそうに見えて意外と偉い立場の人なのではないだろうか。その証拠に、周りの神官たちは直立不動のまま、一ミリも動こうとしていない。

「訳が分からないことばかりだとは思いますが、まずはあなたの名前を教えていただけますか?」

「美春。秋月美春、です。あの……私」

「詳しい話は違う部屋でしましょうか」

 クリスは有無を言わせぬ笑顔を美春に向けると、一人歩き出した。慌てて美春もクリスについていく。

 何がなんだか分からない。

 ただ、美春は思った。

 ここは、一体どこなの?





 美春がクリスに通されたのは大きな浴室だった。浴槽一面に花びらが敷き詰められており、花の芳香が柔らかく部屋を満たしている。

 こんな状況でなければ、美春は飛び跳ねて喜んだだろう。

「風邪をひいては大変ですので、ここで温まってください。全て女官が世話をしてくれるので、分からないことがあれば女官に聞くと良いでしょう。また後ほど着がえが終わったころにあなたの部屋に伺いますので。詳しい話はそのときにしましょう。では」

 クリスは柔らかい笑みを浮かべたまま一方的にそう告げると、そそくさとその場を立ち去った。そして次に現れたのは数人の女性、みな同じ服を着ているため、おそらくクリスの言っていた女官なのだろう。

「初めまして美春様。お世話をさせていただきます」

「え……あの、私」

 美春が戸惑っている間に、女官たちは手早く美春の服を脱がしていく。

「ちょっ、やめてください! 私一人でお風呂くらい入れます!」

 美春は慌てて女官たちの手を止めた。女性とは言え見ず知らずの他人だ。このまま状況に流されるのは非常に良くない気がした。

 しかし、女官たちは聞く耳を持たないまま、美春の下着まで全て脱がし、体を流し、髪を洗い、浴槽に美春を浸からせた。本来ならリラックスできる場所のお風呂が、とても居心地悪く美春は感じた。そのため、早々に浴槽から出ることを告げると、有無を言わさない速度で美春の体を拭き、香油のようなものをなすりつけ、そして服を着替えさせた。服はシンプルなもので、白地の布にかわいらしい花の刺繍が施されたものだった。

 なんだかひどく疲れた。早く家に帰りたい。しかしその願いは届くことはなく、女官は美春を別の部屋へと移動させた。その部屋はお姫様の住む部屋、という言葉がそのまま当てはまる部屋であった。天蓋付のベッドに、至るところに花が飾られている。それにお香でも焚かれているのだろうか。薔薇のような香りが部屋の中を満たしている。

「ここでお待ちください。私たちは部屋の外で待機していますので、ご用の時はそちらの台の上のベルを鳴らしてください。それでは失礼します」

 美春にそう告げると、女官たちは部屋から出て行った。この国の人たちは一方的に話をしていくことが普通なのだろうか。美春は憮然とした面持ちで女官が出て行った扉をしばし見つめていた。すると、突然部屋にノックの音が響いた。

「美春様、クリスです。入りますね」

 はい、と言う返事も待たないまま、クリスが部屋に入ってくる。もちろん柔らかな笑顔を浮かべたまま。

「本来なら女性の部屋で二人きりと言うのはあまりよくないのですが、まあこの場合仕方がないでしょう」

 クリスはそう言いながら、美春にソファに座るように促し、自分も向かいの椅子に腰掛ける。

「多分あなたは今混乱されていると思います。いきなりこんなところに呼び出され、お后候補、などと言われて」

 そうだ。あのディートハルトとか言う男が確かに言っていた。私はお后候補なのだと。そして続けてこう言っていた。私のことを、不幸な女だと。

「まずはこの場所の説明をしましょうか。ここは竜の都ドーニア。竜王が治める国です。人々は竜を崇め、竜と共に生きています。おそらく、美春様の住む世界とは違う世界。異世界の国と言うことになるでしょう」

「はあ?」

 異世界。そう聞いて美春はすぐに思った。きっとこれは夢なのだろう、と。

 最初からおかしいと思っていたのだ。だって美春はさっきまで学校にいたのだ。友達と楽しく話しながら雨の中を帰っている途中、確かクラクションが鳴り響いて……。

 

 そうだ。トラック。

 トラックが目の前まできていた。そして衝撃と共に意識を失ったのだ。おそらく自分は事故にあったのだろう。

 だからここは死後の世界? それとも病院で見ている夢?

 前者なら最悪。後者なら早く目覚めてしまいたい。

「夢だとでも思っていますか? 早くに知っておいたほうがいいと思うのですが、おそらく元の世界のあなたは死んでいます」

「え……?」

 何を、言っているのだろう目の前の男は。

「竜の都ドーニアでは代々后を儀式により選びます。儀式を行わずに后を選ぶと、この国に災厄が訪れると言われているのです。実際にそういったケースも過去に報告されていますしね。そのため代々六人の后候補が選ばれ、その中から一人が后として選ばれるのです。六人中五人は貴族の姫から選ばれ、そして最後の六人目は異世界から霊魂を召喚し、命の水によって肉体を生成するのです。ここ何代かは六人目の召喚はいつも失敗していました。異世界との波長が合わなかったり、肉体がうまく生成できなかったりと……。そのため六人目不在のまま后選びの儀式を行っていました。しかし、今回は違います。美春様を呼び出すことに成功したのですから」

 霊魂を呼び出して、肉体を作る?

 あまりに非現実的な話の内容に、美春は頭が痛くなった。

「だったらここでは死んだ人を蘇らすことができるって言うの?」

「そう言うと語弊がありますね。この世界の魂から肉体を生成することはできないのです。あなたが浸かっていた命の水も、普段は枯れきっています。この儀式が始まる時期が来ると水が湧き始めるのです。そしてしばらく湧いたあと、また枯れていくことでしょう」

 すぐに信じることはできない内容だった。

 けれど、夢にしては全てがリアルすぎていた。

「私は……帰れないの?」

 そう実感した途端に、美春の瞳に涙が溜まり始めた。しかし流れ落ちる寸前でなんとか我慢する。人前で涙を見せるなんて、負けず嫌いの美春にとっては屈辱的なことだった。それでも、これからのことを考えると絶望的と言う言葉しか浮かんでこなかった。


 私は死んでる。ここは異世界。そして后候補。


 おそらくディートハルトがここの国の王様、竜王なのだろう。その竜王とは第一印象が最悪なままで、到底あの男の后になりたいなんて思わなかった。

「残念ですが、この国で一生を過ごしてもらうことになると思います。后が決定するのはこれから半年後です。それまでは后としての教育なども受けてもらいます。后に選ばれた場合は后として一生を過ごし、選ばれなかった場合は最低限の生活はこちらで保障しましょう。家も用意しますし、お好きなことをなさってもらって結構です」

「そう聞くと、后に選ばれないほうが気楽な気がします」

「ほう……美春様は、ディートハルト様が気に入らなかったのでしょうか」

 クリスは面白いことを聞いたとばかりに、興味深そうに目を細めた。

「大抵の女性はディートハルト様を見ると、我が先にとばかりに后候補になりたがるのですがね」

「確かに美しい顔をしていましたけど、見た目より中身が良い人の方が私は好きなんです」

 すると、クリスは声を出して軽やかに笑った。

「それではディートハルト様の中身が良くないみたいですね」

「あ、いや、決してそんなつもりで言ったわけでは!」

「いえ、良いのです。このことは内緒にしておきましょう。それに、今日はもう疲れたでしょうからもう眠ったほうがいいでしょう。この国についてのことなどは、明日から少しずつ分かっていけばいいことです。あなた専用の女官と護衛についても明日正式に紹介します。私は神官長という立場なので、あまり様子を見に来ることはできませんが、困ったことがあれば遠慮なく言いにきてください」

「あ、ありがとうございます、クリス様」

「いえ、いいのです」

 そしてクリスはまた柔らかな笑みを浮かべると、軽く会釈をして部屋から出て行った。取り残された美春からは、自然と深いため息がでていた。同時に、涙が頬を伝っていく。

「これから、どうしよう」

 訳の分からないまま異世界に連れてこられてしまった。そして自分はもう死んでいるのだと聞かされた。こんなひどい話があるのだろうか。しかも普通のお話ならお后として呼び出されるものなのに、私の場合は候補ときている。私をいれて六人もお后候補がいるのだ。正直争う気力もおこらない。これは早々に、この世界での身の振り方を考えなければいけない。考えることは山ほどある。けれど、今は、今だけは。

 美春はもう二度と帰ることの出来ない世界を思い、涙を流し続けた。





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