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第十七話 交錯2



 その高貴な血を絶やさないように。

 血脈をつなぎ、終わらせることがないように。

 より濃く深く、強い力を発現させるために。




 まるで呪いのように幾度も紡がれた言葉は、気づかぬうちにディートハルトの心に棲みついていた。

 竜の血を尊び、敬い、慈しみ、そして恨み破滅した女。

 その女性の事を口にする者は城内において誰もいなかった。ディートハルトが口止めしたわけではない。あまりにも悲惨な二年前の事件は、知らず知らず皆の口を固くしていた。

 ディートハルトにとってその事件は始まりではなかった。長く続いた苦痛の終焉。そのように認識している。けれど、女性から受けた影響はそう簡単に消え去るものではなかった。竜の血を尊び濃くし、長く繁栄させていく事。その理念はディートハルトの核となり、今回の后選びにおいても遺憾なく発揮されていた。


 六人の后候補達から真っ先に誰を選ぶと聞かれたら、アイリシアだろう。

 竜の血を濃く引くアイリシア、彼女は身体が弱く子を産めるか確証が持てない。竜族の特徴である竜化することさえも彼女にとっては命の危険が及ぶほど、アイリシアの身体は脆い。

 次に竜の血が濃いトリキス家のコーネリアは、血だけ見れば選んで当然なのだろう。しかし先の舞踏会での有様を見てしまうと選ぶ気は到底起きてこない。この時点でディートハルトの核は変質しようとしていたのだろうが、本人は未だ気づかない。

 後に続く女性達は貴族の血を引き、わずかに竜の血を継ぐ者達だが、どれもこれも抜き出て良いところがない。選びにくいと言うのが本音だ。

 そして……。

 イノチビトである美春。

 彼女の事を思い出す時は、いつもあの黒い瞳がディートハルトの瞼の裏に浮かんでくる。大きく丸い瞳は幼さを残しながらも、理知的な光を宿している、あの不思議な目。


『イノチビトになってあげる』


 そう言ってほほ笑んだ美春の表情はひどく大人びていて、ディートハルトは驚いた事だった。

 この世界ではない場所から連れてこられた少女。

 竜族と関係ない者を巻きこむのはディートハルトは始めから反対だった。竜族の問題を、竜族で解決できないはずがないと何度も自分に言い聞かせていたのだ。

 けれど、違った。

 呪いを解く方法は竜族ではない六人目の少女にあったのだ。

 結局、ディートハルトは見ず知らずの異世界の住人に、イノチビトと言う役割を強制してしまった。

 クリスは后にしてみては? とディートハルトを唆すが、全くその気はなかった。これ以上竜族の血の問題に部外者を引き入れるわけにはいかない。美春にはイノチビトとして呪いを解く役割以外を強いる気はなかった。

 呪いを解くこと。

 それは、長きにわたる竜族の悲願であった。

 ドーニアは他国から攻め入られない。それは、強き竜がいるためである。知を失い、力を失っていく竜が増えていく中、他国の動きは剣呑なものが増えていく。

 今ある平和を壊さず、この国を繁栄させる。それが竜王の役割。

 若き竜王であるディートハルトの肩に、国と言う想像もつかない重さの責任がのしかかってくる。その重さを分かち合ってくれる親しい者は、ディートハルトにはいなかった。

 

 










 時は遡り、ドーニアから遠く離れた異国の地でそれは始まった。

 暗闇に浮かんだのは小さな小さな炎であった。

 人の指先から現れたそれは、風もないのにゆらゆらと蠢き怪しい光を帯びている。

 炎を作り出した男の顔は赤く照らされてはいるが、弱々しい光源のため細部までは見ることができない。しかし、男はその炎を出現させただけで息が切れ、気づけば地面に膝をついていた。

 ――実用的ではない。

 けれど、その小さな炎は徐々に勢いを増し、一国を包みこんでいくことになるのだ。


















 窓から見える町並みはいつもとは違い鮮やかな色で埋め尽くされていた。さすがに声までは聞こえないが、人々の活気が美春の肌にも伝わってくる。

 豊饒祭が始まったのだ。

 城内で勤めている人も皆どこかせわしく動き、神殿も祭事の準備で忙しそうだ。その準備で人出が不足しているためエナは午前中そちらに駆り出されていた。その代わり、部屋にはリヒト、そして部屋の外には護衛の騎士が二人待機している。正直暑苦しい組み合わせだった。もちろん、本人達にそんな事を言っては傷つくため、美春は口を閉ざしておいた。

 ディートハルトも公賓を迎える準備、とやらで大変なようだ。今日はドーニアの南、と言っても小国を挟んでにはなるが、砂漠の国セニアから第三王子がやってくると言う。昼過ぎに到着後、神殿の祭事に参加するらしい。夜は盛大に晩餐会を開くようだが、美春はそれには出席しない。后候補は他国関係と関わってはいけない、となっているのだ。

 いつもの歴史やマナーの講義も豊饒祭の間は講師が忙しいため、と言うか単に休みたいだけではないかと美春は思っているが、とにかく講義は休みである。そのため、美春は退屈していた。

 知らず知らずのうちにため息がこぼれる美春を見て、リヒトは苦笑する。

「美春様、退屈なようですね」

「うん、そりゃ当り前だよ。町の人だけじゃなく城の人みんなが豊饒祭でわいわいしてるのにさ、私はこの部屋の中にこもりきり。他の后候補は何してんのかな」

「貴族の方は普段であれば神殿の祭事に参加するのですが、さすがに后候補となった方々は皆大人しく部屋でいますよ」

 特にアイリシアやコーネリアは厳重な警備の下守られているのだろう。美春もイノチビトと言う国にとって重要な人物ではあるが、急に護衛の数を増やすとあらぬ誤解を生みかねない、と言う事で少人数ではあるが精鋭が護衛についてくれている。

 そういえば、とふと美春は思う。

 あの舞踏会以来コーネリアは美春に接触してこなくなった。定期的に行われるお茶会でも、目すら合わせない。ちまちまあった嫌がらせも一切なくなった。

 喜ばしいことのはずだが、どうも溜飲が下がらない。アルコールの勢いでつい暴言を投げかけたのは美春の責任でもある。謝ろうと一度努力したが、コーネリアは受け付けようとしなかった。

 イノチビト関連も全く話が進んでいない。

 ディートハルトとの関係は以前に比べ格段にマシになった。よくなったわけではない、マシになっただけである。

 目を合わしても睨みあうことはなくなった、口から出る罵倒の割合が少し減った、天気の話をするようになった。そんなものであるが、最初の頃を思い返せば大きな進歩である。

「ねえリヒト、豊饒祭に私を連れていけないの?」

「無理です」

 リヒトには珍しく、断固とした態度である。

「美春様の願いでも、それだけは聞くことはできません」

 どうやら必殺上目遣い作戦も、今回ばかりは通用しそうにないようだ。美春は悲しげにまつ毛を伏せる。

 リヒトはできるだけ美春を見ないように語りかけた。

「豊饒祭の間は治安も悪くなり危険なんです。分かってください」

「うん、分かってる。ちょっと言ってみたかっただけ」

 物わかりのいい美春の返事に、リヒトはほっと溜息をつく。

「その代わりさ、庭に散歩に行くくらいはいいでしょう?」

 両手を合わせてお願いのポーズをとる美春を見て、ついリヒトは頷いてしまう。その脳裏には何の代わりなのか、と言う疑問が芽生えはしたものの答えを出すのは諦めたリヒトであった。



 かくして、城の中庭に散歩に出かけることにしたものの、ついてくるのはリヒトだけではなかった。扉の前にいた護衛二人も美春の前方と後方についてきている。こうなるとは思ってなかった美春は部屋でいる時よりも息が詰まってしまった。

 優雅な散歩とはいかず、そろそろエナが戻ってくるお昼時である。美春が気分転換を断念し、自室に戻ろうとしていた時であった。

 遠くから警報の笛の音が響き渡った。

 同時に城内の人々が慌ただしく駆け回り始め、リヒト達も警戒態勢に入る。

「な、何が起こってるの?」

「分かりません……あの笛の音は緊急時のものです。おそらく賊か火事のどちらかでしょう」

 リヒトと護衛の騎士達は目配せをする。

「美春様、部屋に戻りましょう」

「火事だったらどうするの?」

 城内で火事がおきていては、部屋にいても危険な事には変わりない。

「笛は遠くからでした。この城内ではない、おそらく……」

 リヒトが続きを言う前に、駆け回っていた使用人の一人が周囲に叫び始める。


「竜舎が火事だー!!」


 竜舎、と言う言葉にその場の人々の顔色が変わる。


「竜は大丈夫なのか!?」

「興奮して暴れだしては手の着けようがないぞ」

「騎士団がいるだろう」

「団長は現場で指揮しているが副団長達は城下の警備で……」


 情報が交錯する中、リヒトは真っ青になっていた。どこの竜舎が火事なのかは分からないが、リヒトのペアの竜は竜舎にいるのだ。

「リヒト」

 気遣わしげに呼ぶ美春の声に、リヒトははっとなる。

「あ、申し訳ありません。とにかく、一度部屋に……」

「行こう、竜舎に」

「それはなりません!」

 ただでさえ真っ青だったリヒトの顔が、更に土気色に変わる。

 美春は真っ直ぐリヒトの瞳を見つめる。美春の黒曜石を思わせる瞳は強い意志を秘めていた。周囲の人に聞こえないように美春は声をひそめる。

「私なら、声が聞ける」

 短い言葉であったが、リヒトは瞬時に意味を理解した。

 美春なら竜の声が聞ける。イノチビトである美春が行けば、竜をなだめることができるかもしれないのだ。

「けれど、竜が暴れているとは限らないですし、声が聞ける事が知れたら……」

「いいの」

 イノチビトとして生きることを美春は決めたのだ。加えて、心配の色を隠せないリヒトを見ていると、竜舎に行かなければという思いがより一層強くなる。

「リヒト、はやく行こう」

 リヒトはまだ納得はしていないようであったが、気にせず美春は足を早める。

 駆け出した二人に、護衛の騎士二人は困ったように顔を見合わせて後を追うのであった。




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