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第十三話 醜心



 「あー、行きたくない!!」

 美春の叫びを無視して女官たちはせっせと自分の仕事を全うする。

 美しい黒髪を複雑に編みこみ、可憐な白い花をモチーフにした髪飾りで止めていく。きめ細やかな白い肌を更に輝かせるために、薄くではあるが粉を叩き頬に淡く紅を差していく。

 ドレスは美春の黒髪を目立たせるために薄い桃色で統一されており、スクエア型にカットされた胸元は上品な色気をにおわせる。アクセサリーには大粒のパールを選び、耳元も同じくパールのイアリングを選ぶ。と言っても全て美春が選んだものではなく、エナが勝手に選び用意したものである。

「美春、往生際が悪いですわよ」

 エナは可憐に微笑みながら、美春の華奢な手首に清楚な白銀の腕輪をつける。

「泣こうが喚こうが、舞踏会がなくなることはないのですわよ」

「分かってるよ」

 今日は、最悪な日だ。

 コーネリア主催の舞踏会が今夜ついに開かれる。

 今回の舞踏会はトリキス家の領地ではなく、王城の一角にある第二ホールで行われる事になっている。招待状には后候補達の懇親会も兼ねて……と言った文面もあったが、親しくしようなど誰が思っていると言うのか。

 つい数日前にディートハルトと二人で行方不明になったためか、根も葉もない噂話が城内を横行している。その内容と言ったら、思い出すのも馬鹿らしいほど嘘であふれていた。

 ただ、間違いないのはその噂話は美春にとって有害でしかない、と言う事だ。あの噂話をコーネリアが知らないはずがない。彼女達がどんな嫌がらせをしてくるのか考えただけで今から頭が痛くなる。

「舞踏会の会場では隅っこにはなりますけど、リヒト様も護衛してくれますわ。困ったことがあれば助けてもらえばいいですわ」

「なんで隅っこなの?」

 正直親しい知り合いがこの世界にいない美春にとって、舞踏会は心細いものであった。せめてリヒトに傍にいてもらいたい、そんな些細な願いさえ叶わぬようである。

「華々しい舞踏会の空気を壊してしまわぬよう、竜騎士など護衛や警備のものは目立たぬよういるのですわ」

「私もそうしたい……」

「美春の舞踏会デビューが上手くいくことを祈ってますわ」

 美春の心からの言葉を無視してエナはにっこりと笑った。

「それと、美春にとって今回は初めての舞踏会。付き添いをダグラス様が買って出てくれてますわよ」

「え!? そんなの聞いてない!」

「言ってませんもの。ダグラス様は竜騎士団の団長、貴族の知り合いがいない美春にとっては最適な付き添い人だと思いますわ、安心して行ってらっしゃいませ」

 そうは言ってもダグラスとは一度顔を合わせたきりである。緊張することに変わりはない。

「リヒトじゃ駄目なの?」

「リヒトはただの平団員、無理ですわ」

 平団員という言い方もなかなか辛辣なものである。それでも一応国中の少年たちの憧れの竜騎士であることには変わりないのだが。

 まあ、役職のないリヒトでは舞踏会に参加できないと言う事は理解できた。

 知り合いがいないよりはマシだと自分に言い聞かせ、美春は舞踏会に臨むこととなった。









「リヒト、私どうしても行かないといけないのかな」

 この期に及んで美春はまだ怖気づいていた。

 ダンスやマナーの講習はこの世界に呼び出されてから受け続けてきたものの、自分のものになっているとは言い難い。特にダンスは基礎的なステップをやっと習得したばかりである。こんな状態で誰かと踊ろうものなら笑い物になるのは目に見えて分かっていた。

「美春様、ご安心ください。すぐに駆け付けられる位置におりますから」

 美春が舞踏会を欠席する、と言う選択肢は恐らくどこにも用意されていないのであろう。欠席させて! と言う美春の願いはリヒトには到底届きそうにない。

「団長もそろそろ来る頃合いでしょう」

 忙しい身であるダグラスとはホール前で待ち合わせになっていた。

「団長は時間にはルーズですが、こういうときはしっかり来るはずで……!!」

「俺の悪口言ってんじゃねえよ」

 後頭部を思いっきり殴られたリヒトは、前につんのめりそうになるのを何とか堪え振り返った。

「団長! いつの間に!?」

「お前には学習能力がないのか」

 ダグラスに頭をわし掴みにされ、リヒトは前後に揺さぶられている。以前も見た光景だ。恐らくこれが二人の日常なのだろうと、美春は思う事にした。

 今日のダグラスは恐らく騎士団の正装なのだろう。紺を主体においた服ではあるが金の飾緒が右肩から胸元にかけて吊るされており、左胸にはいくつかの勲章らしきものが飾られている。両肩には楕円型の防具の様なものをつけ、その端からは繊細に編みこまれた総が垂れていた。

 正直、黙っていればとてもかっこよく見えた。黙っていれば、だが。

「あの、ダグラスさん、今日はよろしくお願いします」

 率直な感想は隠し、美春はダグラスに向かって軽く礼をする。

「ああ、よろしくな。それにしても、今日のドレスは美春様に似合ってるな」

 予期せぬ褒め言葉に美春の頬がさっと赤くなる。

「あ、ありがとう」

「さて、中に入るとしようか。リヒト、お前も美春様に見とれてばかりいないで周囲をしっかり警護しろよ」

「なっ! 言われなくてもそうしますよ」

 赤面して怒るリヒトを無視してダグラスは右腕を美春の方にさりげなく差し出してくる。美春は習ったマナー術を必死に思い返しながら、そっとダグラスの腕に手を添えて歩きだした。 


 舞踏会は豪華絢爛と言った言葉がまさしく相応しい有様であった。

 天井から吊るされたシャンデリアには温かな蝋燭の火が灯り、複雑に配列されたガラスがその光を反射し辺りを煌々と照らしている。この世界には電気がないため美春の世界より夜は暗い。しかしそれでも普段より多く灯りが焚かれ、着飾った貴婦人たちをより一層美しく映し出していた。

 温かな蝋燭は美春の顔色を良く見せるはずだったが、周囲が煌びやかになればなるほど美春の血の気は一層引いていく。

 ホールの中をさっと見渡すと当たり前だが美春の知らない顔ばかりである。数人后候補らしき人物を見つけたが、近くに行かないと確証は持てない。

「他の后候補に挨拶いくか?」

 美春の彷徨う視線に気づいたダグラスが声をかけてくれるが、美春は首を横に振った。

「行かないといけないなら行った方がいいんだろうけど……正直行きたくない」

「后候補達はあまり仲が良くないのか」

「うーん。私以外はどうなのか分かんないけど、少なくとも私は仲良くないね」

 それどころが執拗な嫌がらせに辟易としているところだ。今日もあの嘘だけの噂のせいで何を言われるのか分かったものではない。先ほどから嫌な視線を感じるのも気のせいではないだろう。

「でも、主催のコーネリア……様にはいくらなんでも挨拶しなきゃいけないだろうね」

 あの人と話すのが一番嫌なのだけど、と美春は深くため息をつく。

「女同士は難しいからな。俺には分からん世界だが、まあ喧嘩はほどほどにな」

「喧嘩してるつもりはないんだけど……」

 喧嘩と言うのは双方の意見がぶつかり合うものだ。今美春は一方的に感情をぶつけられ、嫌がらせを受けている。これは俗に言ういじめ、と言う奴ではないのだろうか。

 美春がため息を吐こうとした瞬間、入口の方でざわめきがおきる。

「何?」

「二人で来たのか……」

 ダグラスの視線を辿ると、そこにはディートハルトとアイリシアがいた。

 ディートハルトの氷のように冷たい銀の瞳も、アイリシアの柔らかく波打つ銀の髪の横にいれば不思議と僅かにぬくもりを宿す。銀で象徴される二人の姿は一対の絵画の様で、見る人の感嘆を誘う。


「お美しいわ、やはり后候補は決まったも同然ですわね」

「コーネリア様も挽回しようと頑張ってはいらっしゃるようですが……」

「あの六人目はどう?」

「黒髪が珍しくて陛下も気になさっているのでしょう、ほら、アイリシア様に注ぐ視線の温かいこと」

「お二人がご結婚されたら、さぞ濃い竜の血をひいた子がお生まれになるでしょうね」


 聞きたくもないのに耳に入ってくる雑音は、簡単に美春の心を切り裂く。心が壊れないよう、美春は何度も自分に言い聞かす。

 別に后に選ばれたい訳じゃない。イノチビトとしてこの国の役にたてたら、必要とされたらそれだけでここに来た意味があるのだから、と。

「お似合いの二人だね」

 騒ぐ胸を落ちつかせ、ぎこちなくダグラスに微笑みかける。

「ああ……だが二人で来るのは褒められた行為じゃないな。コーネリア様以外の后候補はアイリシア様なら仕方ない、と諦めた節があるが、コーネリア様はそんなことで諦める玉じゃねえ。今回二人で来たことでコーネリア様の怒りの炎が燃え盛らないことを祈るしかないな」

「いくらなんでもコーネリア様もアイリシア様に危害を加えたりしないでしょ」

「首謀者が分からないように危害を加える方法などいくらでもある」

 ダグラスの言葉に青ざめる美春を落ちつかせるように、ダグラスは美春の肩を叩いた。

「大丈夫だ。危害を加えられないために、候補者たちには騎士じゃなく竜騎士が護衛についてるんだからよ」

「そういえばダグラスさんはアイリシア様の護衛をしてたんでしょう?」

「二年前まではな。団長になってからは忙しくて護衛は無理になった」

「じゃあダグラスさんってつい最近団長になったんだね」

「ああ、ディートハルト様が即位したと同時に大きな変革があってな。俺はその時団長に起用されたんだ」

「じゃあまだまだ大変なんだねー」

 二年という月日は決して長いものではないだろう。騎士団をまとめる者としても、国を治める者としても。

 美春はまだこの国の最近の歴史については勉強不足だ。どう言う経緯で竜族としてもヒトとしても若いディートハルトが即位したのか、それすらも知らないことに気づく。

「まあ大分落ち着いてきた方だ。あとはこの后選びの儀式さえ終われば安泰だろう」

 ダグラスの言葉につい美春はアイリシア達の方を見やる。后は、決まったも同然だろう。

「美春様、俺は、血なんてどうでもいい事だと思っている。イノチビトだとか何だとか、クリスは言っていたけどな。竜の血が濃くても薄くても関係ない時代が来ようとしている。竜の力だけに頼るようじゃ、この国はもう終いだ」

 聞き様によっては剣呑な発言に捉えられてもおかしくないダグラスの言葉に、美春は当惑する。

「ダグラスさん、誰かに聞かれたら謀反でも起こそうとしてる、って疑われるよ」

「噂する奴にはさせときゃいいんだよ」

 一緒にいる私も疑われたらどうするんですか、と言う言葉はぐっと飲み込み、美春はホールの檀上を見つめる。そこには今日の主催者であるコーネリアが立っていた。金の豪華な巻き髪に気の強さを全面に押し出したつり上がった藍色の瞳、いつものように身体の線を強調するタイトなドレスに身を包んでいる。その横にはコーネリアと面影の似た男性が寄り添っている。コーネリアと比べると顔立ちは地味だが、柔らかな金の髪はくせ毛なのか軽くウェーブがかかっている。パッと目の引く華やかさはないが、柔和で温かな雰囲気を持つ男であった。

「あれはレイモンド様だ。コーネリア様の兄でトリキス家の時期当主。後ろにいる怖い顔したおっさんがトリキス家の現当主と奥様ってわけだ」

 強欲そうなおじさんと、優しそうな女性。おそらくコーネリアは父に、レイモンドは母に似たのだろう。

 レイモンドが和やかな雰囲気で挨拶を述べると、コーネリアは自信にあふれた声で感謝の言葉を告げている。対照的な兄妹である。

 トリキス家の挨拶が終わると、会場にはテンポのいい音楽が流れ始める。楽団員による生演奏である。美春の知らない楽器ばかりだが、弦楽器や打楽器に似たもので演奏しているようだ。

「さあ、美春様、踊るか?」






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