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第九話 縋る者2




 聞きなれない金属の打ち合う音。

 振り下ろされる剣を軽々と捌き、流れるようにリヒトは相手の胴体へと切り込んだ。実戦なら間違いなく相手は致命傷を負っているだろう。しかし、訓練用の刃のない剣では、人体に少々の痣を残す程度ですむ。けれど痛いのに変わりはなく、胴に刃を思いっきり当てられた相手は腹を押さえてかなり痛がっているようであった。


「リヒトって、強かったんだ」

 先ほどから何試合か見ているが、リヒトは数回相手と剣を合わせると次の瞬間にはもう勝っていた。素人の美春から見ても強いのだと言う事が分かるほどである。

 美春のつぶやきにダグラスは大きな声を出して笑った。

「美春様はリヒトの闘うとこ見たことないもんな」

「うん、だからちょっとビックリしてる」

「あいつは新人の中ではぴか一だ。だから美春様の護衛に選ばれたのさ」

「ダグラスさんも誰かの護衛をしてるの?」

 何の意味もなく口から出た質問だったが、ダグラスは何故か少し困ったような顔をした。

「俺は団長だからな。護衛は若い竜騎士の中で腕のたつ奴がすると決まってるんだ」

 と言う事は他の后候補の騎士も若いのだろうか。普段他の后候補と関わりがない分、その護衛騎士との関わりも皆無であった。顔も名前も、何も知らない。しかし、関わりたいとは到底思わない。コーネリア以外の后候補達については美春は名前も覚えていなかったが、どの女性も高慢なことには変わりなかった。

 唯一まともだと思えたのは……アイリシアだけだったのである。

 



 美春は今、竜騎士団の訓練を見学していた。

 美春としてはもう一度竜と会いたい気持ちもあったが、イノチビトについて詳細が分かるまでは下手に竜を刺激しない方が良い、と言う結論になった。

 残念な気持ちももちろんあるが、竜騎士団の訓練を見学できることは嬉しかった。元いた世界では見ることのなかった騎士達の剣技。

 正直、運動の好きな美春は見ているだけでは物足りなかった。体がむずむずと動きたくなる衝動に駆られる。しかし、さすがにこの中に混じって訓練をするという事は不可能だと、美春でも分かってはいた。

「ちょっくら俺もいってくるかな!」

 急にダグラスはそう言ったかと思うと、近くにいた騎士に訓練用の剣を強奪すると、リヒトへと斬りかかった。

 リヒトは突然の乱入者に困惑を隠せないまま、必死にダグラスの刃を受け止める。しかし、ダグラスの剣は信じられないほど重く、リヒトの剣ははじかれる。

 美春が、あ、と思った瞬間にはもうリヒトは地にひれ伏していた。

「……っう、団長、いきなり斬りかかるなんてそれでも騎士ですか!?」

「あほか、戦いの時にはな、敵はどこからやってくるか分からないもんだぜ。お前はいつも目の前のことに集中しすぎだ」

 ダグラスの言葉に、リヒトは二の句が告げなくなった。恐らく昨日のことを思い出したのだろう。目の前しか見なかったため、上から降ってくる水に気付けなかった自分の落ち度。リヒトは悔しそうに唇を噛みしめた。

「ダグラスはリヒトのことが気に入っているんだ」

「へ?」

 いつの間に現れたのであろう。

 気づけば美春の横に一人の男性が立っていた。

 金色の緩い波をえがく髪は肩ほどで落ち、肌は陶器のように白い。美しい青空をそのまま映したかのような瞳は、たれ気味で人に安心感を与えた。

 リヒト達と同じように動きやすい恰好をしているため、彼も竜騎士なのだろう。それにしては細身で、蹴られたら折れそうな体をしていた。

「えっと……?」

 困惑する美春に、くすりと男は笑いかける。その男の顔は極めて美しい、と言ったことはなかったが、妙な色気を漂わせていた。

「可愛いねー。黒い髪に黒い瞳、なんて君って純粋にヒトなんだね。すごく神秘的だ」

 そう言って男は美春の髪を一房すくいとり、唇を落とした。あまりにも気障な男の行動に美春は鳥肌が立つ。

「何やってるんですか!?」

 二人の間にリヒトの声が割り込み、同時に男の手が美春の髪から離れる。

「ちょっとした僕流の挨拶だけど?」

 憤怒しているリヒトの怒りを煽るように男はほほ笑む。

「あの、リヒトこの気障な人は誰なの?」

「……認めたくないですが、竜騎士団の副団長です」

 信じられないと美春は目の前の男を見つめる。騎士と言う事は格好から分かったが、まさか副団長を務めるような人間だとは思わなかった。

「どうも、副団長のトゥーリです。今後よろしくねー」

 軽い調子で手を差し出してくる男、もといトゥーリの手に自分の手を重ねるべきか美春は逡巡した。

「美春様、握手なんてしない方がマシです。この男と関わるとろくな目に合わないんですから」

 仮にも上司のはずのトゥーリにひどい口のきき方である。竜騎士団では上下関係はあまり厳しくないのだろうか。

「トゥーリ、お前何してんだ! 今日は俺は午前中忙しいから訓練を見るように言っただろう!」

 持っている剣でトゥーリを斬りつけるのではないかと思う勢いでダグラスがやってくる。トゥーリは慌てて弁解するように両手を挙げた。

「そうは言ってもさ、ダグラス。誰が好き好んでむっさい男連中と体をぶつけなきゃいけないのさ」

「お前はいい加減副団長と言う自覚を持て!」

「だから面倒な書類仕事はやってあげてるでしょう? 全く、ここの男たちはうるさいね」

 ね、と美春に同意を求められるが、頷くこともできずトゥーリを見つめる。

「それにしても本当に黒いなー。ねえ、二人も思わない?」

「……俺の髪も黒いだろうが」

「ダグラスは髪の毛だけでしょ。この子、美春ちゃんは瞳も真っ黒。初めて見たよー。他の大陸に行けばまだいるのかねー」

 トゥーリの視線に耐えきれず美春は口を開く。

「……あの、黒って珍しい色なの?」

「知らないの? この城の人たち、みんな黒い瞳なんていないでしょ?」

 思い返してみるとそうかもしれない。

 エナもリヒトも、目の前のトゥーリも。そして、髪の毛の黒いダグラスでさえも瞳の色は青色である。

「黒い髪に黒い瞳は竜の血の混じっていない純粋なヒトの証、って言われてるんだよ。竜の血が濃い人は銀、次に金、あとは黒以外の色、かな。だから城にいる人たちは金髪の人が多いんだよ。気付かなかった?」

「言われてみると……全然気付かなかった!」

 ディートハルトもやけに美春の瞳だけは見つめてきた気がする。ただ睨まれているだけだと思っていたが、それだけではなかったのかもしれない。

「竜の血は尊いものだから銀色や金色は高貴な証、とまで言われる。まあ、それも過去の話。最近では黒が逆に希少でね。まあ、田舎の方に行けばまだいるだろうけど」

 美春は自然とこの中で唯一黒を纏うダグラスを見やる。

「俺は国境沿いの村出身なんだ。竜の血はかなり薄い」

「ダグラスが団長になった時は異例の出世とか言われてたしねー」

「……無駄話はこれくらいにして、仕事に行け!」

 ダグラスの言葉に適当に相槌を打ち、トゥーリは美春に笑いかける。

「じゃあまたね」

 去り際にちゃっかりウインクをしたトゥーリを見て、リヒトとダグラスは疲れ切った表情を見せた。

 美春も同じく何故か疲れがやってくる。

「美春様、そろそろ昼餉の時間です。見学の予定時間も過ぎましたし、部屋に戻りましょう」

「あ、うん」

 楽しい時間はあっという間に終わってしまう。部屋に戻ればまた后候補の教育とやらが始まるのだろう。

「まあ今日はいろいろ予定外な事があったが、またいつでも遊びに来い」

 ダグラスの言葉に、美春は心からの笑顔を浮かべた。

「うん! 今日は半日ありがとう」

 美春の笑顔に満足そうにほほ笑むと、ダグラスは訓練場の方に戻って行った。



 「良い人だね、ダグラスさんって」

 ダグラスの背中を見ながら、ぽつりと美春がつぶやく。

「竜騎士団の団長にしては変わった人です。けれど剣の腕は卓越したものを持っているんです。、ああ見えて。アイリシア様の護衛をしていた時もありましたし」

「アイリシア様の!」

 アイリシアとダグラスの組み合わせはひどくちぐはぐに思えた。お姫様に、粗野な騎士、どう考えても合わない。

「ええ、団長に任命されてからは業務に差し支えると言う事で護衛もされてないですが」

「じゃあリヒトも偉くなったら私の護衛じゃなくなるのかー」

「……偉くならないように努めます」

 どこか頓珍漢な返答をするリヒトに美春は声をあげて笑いながら、帰路につくのであった。










 「イノチビト……だと? あの女がか!?」

 狭い執務室で、ディートハルトの声が反響する。

 本来王の執務室は広く豪華な場所のはずだったが、ディートハルトはそれを嫌い狭くごちゃごちゃとした部屋を選んだ。

 部屋の中でもかなりの面積を占める机の上には様々な書類が散らばっている。

 クリスがちらりと書類を見やると、城下町に暴漢多発のため警備増加要請許可書、などと言ったよく見る文面が並んでいた。相変わらず町の治安は良くなる兆しを見せないらしい。しかし、今はそんな話をしに来たのではないと、クリスは書類から目線を外した。

「竜達が言っていたようですよ」

「ただの妄言だろう」

「しかし、彼女は異世界から来たのです。この世界でさえ少数のものしか知らないイノチビト、と言う言葉を知っているとは到底思えませんが」

「どっちにしろ、イノチビトなどただのお伽話だ」

 断固としてクリスの言葉を信じないディートハルトに、クリスは自信たっぷりに微笑みかける。

「そうとも言い切れませんよ」

「何故だ?」

「私もにわかに信じられない事だと思いました。しかし確実に、美春様が来てから命の水は枯れる気配を見せません。竜の力も戻りつつあります。まあ、この件に関してはディートハルト様、貴方が一番分かっているでしょう。それに加えてイノチビトと言った言葉。彼女の知りえない言葉です」

 苦い表情を見せるディートハルトを、クリスは真っ直ぐ見詰める。

「竜の繁栄か、滅亡か。どちらかを選ぶ時代が来たのです」

「……それなら迷わずに繁栄を選ぶ」

「ええ、ならば選択を誤らないようにするべきです。私たちは縋る側……何に縋るのか、慎重に吟味しなければいけません。とりあえず私はイノチビトについて詳しく調べようと思っています。貴方も、失われた時代、原初の時代について調べてみてください」

「原初の時代か……学者や神官が分からないものが、俺に分かる訳がないだろう」

「竜王にしか知りえない知識もあるでしょう。それを最大限活用してください」

 いいですね、とクリスは念を押す。ディートハルトは善処すると渋々頷いたのみであった。

「それと、美春様を后にするという選択肢も考えておいてください」

「何故だ」

 クリスの言葉に今までにないほどディートハルトは不機嫌になる。

「呪いを解く方法の一つとして考えうるものだからですよ」

 クリスは天使のように微笑むと、ディートハルトの肩を軽く叩く。

「それでは、失礼します」

 一人残されたディートハルトは、唇を自然と噛みしめていた。

「今さらあの女を后に……? 馬鹿な話だ」

 ディートハルトは、美春が結婚を拒否する場面が容易に想像できたのであった。
















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