表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラドゥガ王室恋愛譚  作者: ばいおれんじ
百合は魔術師の元で咲う
8/9

庭師のニコは求められない

謎多き庭師×四女

王女様がわりと力業で好きな人を救ったり、かと思えば彼に翻弄されたり、すったもんだの末に結ばれる話

旧題:賢姫が愛した庭師

 次に主人公となるのは四の姫様。

 彼女は母君に似て小柄で可愛らしいお方ですが、同時に陛下譲りの頭脳と魔力を受け継いだ素晴らしい才女でもありました。

 幼い頃より研究一筋の彼女でしたが、今は初恋の最中におりました。


 才媛と誉れ高き花顔の姫、その意中の相手となれば期待に胸が膨らみますね。

 お相手については物語を見るまでのお楽しみということで。

 ではいつものごとく開演といたしましょう。恵まれた姫と彼女の想い人がおりなす恋愛譚を。



「ああ、我が愛しのリリエンタリア姫! その真珠の肌に触れることをどうかお許しください」


 そう言って男は私の前に跪く。

 ここ廊下なんだが、毎回ながら何考えてんだコイツ。私が魔術棟以外に殆ど顔を出さない為にわざわざ足を運んできたのはわかるが。それを加味したところで何度目かわからない通行妨害にいらつきから足で床を叩く。

 無視して去ったとて、しばらく座り込んでるから邪魔なんだよな。別にそれで周囲にどうこう言われたりはしないが、結果的に私が原因みたいなものなので、なんとなく気分が悪い。

 早くどけ。魔力を放出し威圧するが、冷や汗をだらだらと垂らしながら男は立ち上がる。だがその場から動くことはない。

 なんだ? 私の魔力でプレッシャーかけられても耐えられますアピールか? あのな、退かせる為に手加減してるに決まってるだろうが。


 周囲から同情の視線が集まる。そう思うなら助けてほしいものだが、まあ無理だろうな。

 この男は次期伯爵。魔術棟で働く者の大半は平民と中位貴族以下の次子と立場が弱いのだから。おそらく今の状況で男より高位にあるのは私だけだろう。

 伯爵令息かつ、母であるアマンダ様によく似た美貌から考えるに、そこらのご令嬢であれば、ついふら~っとなびいてしまうものなんだろう。

 だが私はこの男が昔から好きじゃない。なんか生理的に嫌だ。名前を呼ぶな、馴れ馴れしい。父とアマンダ様は性別を超えた友情を築いていたが、私はそれすらもごめんである。

 初めて顔を合わせてからずっと口説かれ続けてきたが興味はないし、むしろ嫌悪が増すだけだった。思い返して、つい厳しい目つきになる。

 

「その不機嫌そうな顔もまた趣がありますね。どうせですから、その分厚い硝子に遮られた宝玉を私に」

「手を引け。名を呼ぶのも触れるのも許しを与えた覚えはないぞ、不埒者が。ハーヴィッドの名を汚す前にとっとと失せろ」


 眼鏡を外そうとした手を思いっきりたたき落とす。

 それに男は声にならない声を上げていた。ああ、私としたことがうっかり身体強化を使ってしまった。もしかしたら骨折しているかもな。

 でも四の姫と言えど私は王族だ。治癒魔法でどうにかなる程度で済んだだけマシだと思え。父上が相手ならば手首から切り落とされてたぞ。

 悶絶する男を置いて、私は廊下の奥へと進んでいった。



「あ、リリー!」


 東の庭に辿り着いた私は手を振る彼の姿を見つけ安堵する。

 庭師である以上、彼がここにいるのは当然といえば当然なのだけれど。それでも今日も彼に会えたことに感謝する。

 まだ作業中だっただろうか。そう考えて尻込みしていた私を彼は手招きする。


「ニコ……」

「今日もお疲れ様。そろそろかなって楽しみにしてたよ」


 じゃあお茶しようかと誘う彼に迷わず頷く。

 身に付けていた作業着に洗浄魔法をかけて、彼は手際よくお茶会の準備を始めた。

 この庭で彼と二人きりのお茶会を楽しむこと。すっかり日課になった生き甲斐に胸は弾んでいた。



 私がニコと出会ったのは半年前のこと。

 その日も私はあの男を撒いてこの庭へと訪れていた。

 最近なんだか研究が上手くいかない。その上、男以外の求婚者が増えたことに疲れ果て、癒やしを求めた末の行動だった。


 年中ひっつめ髪に瓶底眼鏡、そして研究オタク。これだけ揃えば見向きもされないものだと思っていたのだが。

 家族の美貌と、それから私の血統は十分魅力的に映るものらしい。あとは一応、あの男みたく正装時の姿に惹かれた者もいたっけ。

 ただ魔術に夢中だった私は恋愛に全く興味がなく、一切応じなかったのだが。


 じっと植え込みに咲く様々な小花を眺めて愛でる。

 やっぱり花はいい。ぺちゃくちゃ喋らないし、見てるだけで心が安らぐ。中庭にあるような一本で目玉となる薔薇や百合も綺麗だけれど、私はこういった可憐な小花が私は好きだった。

 ここは魔術棟の中でも穴場だったりする。景観を楽しむものは母の祖国の名所を模した中庭に行くし、研究目的ならばハーブ園のお世話になる。この東の庭は研究施設から外れていることもあり、実用性のある植物は植えられておらず、また中庭ほど景観に力を入れていないのだ。

 これはこれで趣があると思うのだけれど、他の者からすると地味らしい。おかげで私は理解を示してくれた家族以外、この庭の良さを語る相手がいなかった。


「その花、お気に召しましたか?」


 これなんて花だったかなと考えていたところ、後ろから話しかけられる。

 振り向いた先に距離を開けて見慣れぬ青年が立っていた。麦わら帽子に土まみれのつなぎ、ここの庭師なのだろう。

 ただ何度か見かけた担当は老輩の方だったはず。


「あっ、驚かせてしまったようで申し訳ございません。親方が腰を痛めてしまったので代理としてやってきました。ニコと申します」

「……リリーです」


 警戒が表に出ていたのだろう。

 礼儀正しくかつ、にこやかに彼は自己紹介を始めた。

 敵意はないし、そもそも父上の結界が密かに張られているこの王城に入れている時点で身元は証明されているのだ。

 身構えたままでは失礼だな。緊張を緩めて愛称を告げる。貴人であるとは通じていても、王女とはバレていないようだった。

 前任が担当していた頃から庭の趣は変わっていない。愛情を持って丁寧に手入れされているのは明白だった。だったら彼もまたこの庭を愛するものなのだろう。

 ……あっちから話しかけてきたのだから、少しぐらい会話を振っても大丈夫か。


「この花ってなんだっけ」

「そちらはデュランタですね。紫のものが有名で、そちらは左の方に咲いております」

「へえ、白色もあるんだ。じゃあこっちは?」

「クフェアです。家族愛や我が国を愛すといったラドゥガにぴったりの花言葉がありますね」


 あれ、これ、それ、次々尋ねる私に嫌な顔一つ見せず彼は答えてくれる。

 付け加えられる一言も押しつけがましくなく、ただただ興味深かった。前任を最後に見かけたのは十日ほど前だったはず。それなのに、もう彼はこの庭を把握しきっているみたいだ。

 ここまでこの庭について語れる相手に出会ったのは初めてだったから、ついつい盛り上がってしまい、気付けば夕日が沈みかけていて。


「長々と付き合わせてごめん。今日はありがとう」

「楽しんでいただけたようで何よりです」

「貴方はいつもここにいるの?」

「はい。親方と違って僕の担当は東の庭だけなので」

「……また話に来てもいい?」

「もちろんです。楽しみにお待ちしております」


 優しい微笑みと声色から放たれたその言葉に嘘は感じられなかった。

 その日、いつもより遅く王城に戻った私は様子がおかしかったらしい。何かあったのかと父上には心配されたけど、母上や姉様達はにこにこ笑うだけ。

 別になんでもない。ただニコの笑顔が頭から離れなくて、彼と再び会える日が私も楽しみでしょうがなかっただけだ。



 以来、仕事終わりに東の庭へ行くのが日課となった。

 別に特段隠していたつもりはないけれど、誰にもこのことは伝えていない。なんとなく秘密にしておきたくて。母は何故か知っていたけれど。

 初めはただ最初のように話していた。途中から彼の作業も同じくらいに終わると判明し、せっかくだからとお茶会の形を取るようになったのだ。


 ニコと話すのは楽しい。彼は植物についてはもちろん、魔術に関しても明るかった。

 だからといって、よくあるように知識をひけらかすわけではなく、ちゃんと私の話を聞いた上で対等に語りあってくれる。

 自分で言うのもなんだが植物はともかく、私は魔術においての造詣はかなり深い。魔術棟の研究員ですら、私の話に付いていけない者もいるぐらいだ。

 だけどニコはなんなく理解する。ニコが語りたがらない以上、無理に聞き出すつもりはないけれど……彼はいったい何者なんだろう。

 本人曰く母の故郷の屋敷で育った田舎者とのことだが。やたらサバイバル知識に長けてて、野生児エピソートも飛び出してくるから、あながちそれも嘘じゃなさそうなんだけど……。


 昔に比べたら随分と増えてきたとはいえ、ラドゥガでは女の魔術師はまだ珍しい。

 それでいて私は周囲の魔術師の中でも抜き出ていた。筆頭魔術師であるバルバストル様から助手に任命されるほどに。

 故に私を色眼鏡で見る者は少なくない。私が得た立場や研究結果の評価は私個人の研鑽によるものではなく『ラドゥガの王女』だからだと。

 父より受け継いだ才能があることは否定しない。でもその上で努力を重ねたからこそ、研究員として働く事ができたのだ。姉様の副団長の座だってそう。

 何もせず血統だけで国の手足になれるほどラドゥガは甘くない。もしもそんな怠惰で堕落した王女ならば、両親も見限ってさっさと他国との縁談を結んでいたはずだ。私を見出してくれたバルバストル様に対しても失礼だ。でも私を妬む者はそうは思わない。

 愛する家族や敬愛している上司がそんな風に見られるのが嫌で必死になっても元々悪意を向ける者の視線は変わらなかった。女のくせにと私を侮る男は少なくない。

 だから業務のために関わる男の人はいても、純粋に異性の友達と言えるのはニコが初めてだった。



「リリーはリリエンタリア様と会ったことある?」


 ニコが私の頼みで口調がくずした頃、飛んできた質問に身を固くした。

 ……ついに来てしまったか。口が回るビアンカ姉様ならまだしも、私はここから誤魔化せるだけの話術を持ち合わせていない。

 正体がバレたことでこの時間がなくなってしまったらと思うと怖い。でもいつまでも隠しているわけにもいかない。腹を括らないと。


「……私」

「え?」

「私がリリエンタリア、リリーは愛称」


 ぽかん、とニコの口が開く。そして同時にいつもは閉じっぱなしの瞼も見開かれていた。紫と赤、どちらも普段見せていないのがもったいないほどの美しさだった。

 ただでさえ珍しい紫眼の上にオッドアイって、なんだその魔力量の贅沢パックみたいな組み合わせは。

 どちらも極めて魔力が高い者にごく稀に出現する。だからある程度の身分の子息ならば話題になるはずだけど……ここ十数年、そのような報告はされていない。だとすると、やっぱり平民なんだろうか。

 それから彼が瞳を隠している理由は目立つからというのもあるけれど、それ以上に目つきが悪いからなんだろうなと思った。意外だなあ……。

 どんな反応をされるんだろうという怯えはニコから与えられた衝撃ですっかり鳴りを潜めていた。


「仕草からしてやんごとなきお方だとは思ってたけど」

「……信じてくれるの?」

「うん。よくよく考えたら気付かない方がおかしいか。陛下の御髪だし、瞳は王妃様と同じエメラルドだ」


 無意識なんだろうけど、まじまじと見つめられ、どぎまぎしてしまう。正装している時ならまだしもこの格好だとそんな機会ないから慣れなくて。でもたぶんそれだけが理由じゃない。視線を向けているのが相手がニコだからドキドキしてる。


「そういえば、どうしてそんなこと聞いたの?」

「え? えーっと……何だか照れるなあ」


 笑わないでね、と少しばかり頬を染めてニコが口にする。同時に残念ながらいつも通りに彼の瞳が隠されてしまった。

 ただおそらく彼は私より年上なんだろうけど、その顔はなんとも可愛くて。きっと男の人に使うべき言葉じゃないんだろうけど、心からそう思ってしまったのだ。


「リリエンタリア姫の謳い文句が『百花綻ぶ賢姫』なんだ。でもリリーがこんなに可愛くて頭が良いからさ、ならば謳われてる姫はどれほど美しく賢い方なんだろうって。まさか本人だとは思ってなかったんだよね。その分、納得できたけど」

「……ニコって」


 その言葉に少しでも下心が混ざっていたならば、私もよく聞く口説き文句の一つとして適当に流せただろう。

 でもニコのそれからは一切、邪な感情を感じ取れない。彼はただ思ったことを口にしているだけなのだ。


「よく女タラシって言われない?」

「え、ええっ!? なんで!?」


 よくこんなこっぱずかしいセリフを素面で言えたものだ。

 照れ隠しでつい罵倒が口を出る。それにニコはオロオロと戸惑うばかり。ああ本当に自覚がないんだな。いっそうタチが悪い。

 頬とかわかりやすいところに出にくいタイプで良かった、と熱くなった耳を押さえながら、父譲りの体質に私は心の中で感謝を告げたのだった。



「リリーはその男の子の事が好きなのね」


 どうせ知られているからと母とのお茶会でニコのことを語れば、背けてた事実を母は笑顔で突き付けてくる。

 ……薄々気付いていたけれど、やっぱりそうだよな。こう指摘されては認めるしかあるまい。

 私はニコに恋愛感情を抱いている。ラドゥガは恋愛結婚を推奨してるし、ウィーニに至っては竜に嫁ごうとしているようだけれど、それでもなんとなく後ろ暗い気持ちがあって。

 だから気付かないフリをしていたのだけれど。意外と鋭い母がわざわざ自覚させてきたということは問題ないから好きにしなさいってことなんだろう。


「アルは確実に泣いちゃうけど気にしなくて大丈夫よ、リリー」


 全然大丈夫じゃなさそう。

 でも我が家の力関係は母が頂点である。父の方が圧倒的に強いはずだが、父は母に頭が上がらない。

 なので母の意見が絶対だ。母が許可を出した以上、例え父がどんなに反対したとしても何の効力も持たないのだ。

 ラドゥガの男はことごとく嫁の尻に敷かれ、女は夫の上に立つものらしい。なんとも世知辛い話である。

 私もニコのことをいずれ尻に敷くのだろうか。そうなってもニコは許容くれそうだな……。いやいやいやまだ交際もしてないのに私は何を考えてるんだ!!

 なお、これはリリーのあずかり知らぬ話だが、その特性は竜の血を持つ者の宿命だったりする。自然界では大抵雌が強いので。


 ともあれ、母によって私は初恋を自覚するに至り、今現在もその恋心は彼に伝えられずにいた。



「やだやだやだぁあ!!! ウ゛オオオオオン!!!!!」


 ある朝、仕事場の扉を開けた瞬間に耳へ絶叫が飛び込んでくる。

 また誰かが発狂しているらしい。五徹くらいになると、さほど珍しいことでもないので床でへばってる当人と目を合わせないように自分の机に座る。


「リ゛リ゛エ゛ン゛タ゛リ゛ア゛さ゛ま゛~~!!!!!」

「え、なに……?」

「た゛す゛け゛て゛く゛た゛さ゛い゛~~~!!!!!」


 私の出勤に気付いたその部下はなんかこう言葉で表現すると、にゅるるるんと気持ち悪い動きで立ち上がると私の元へと寄ってきた。

 涙と鼻水が見苦しいので近くにあったウエスを顔面に押しつける。ゴワゴワする……と文句を垂れていたが、汁という汁を付けまま迫ったお前が悪い。

 気は進まないが、部下のメンタルサポートも一応、業務の範疇だろう。ということでひとまず救援要請に耳を傾ける。


 彼女の実家はさる魔法国家の名門である。

 普通の貴族ならば家督を得るのは名誉だが、彼女の血統は揃いも揃って研究狂い。貴族の仕事なんてやってたら研究ができない!ということで候補全員で押しつけあっていた。

 で、このままでは彼女が次期公爵に就任することになりそうだと。


「つまりお家騒動か。だとしてもラドゥガならともかく他国の公爵家なんて首ツッコめないな、解散」

「集合集合集合!! 判断が早すぎる!!」

「やかましい。そうは言ってもどうしようもないだろう。貴族の家に生まれたものの責務だと諦めろ」

「正論パンチやめてくださいよお!」


 そういって彼女はしくしくと泣き真似……いやガチ泣きだな、これ。

 泣き出したとてさっき言った通り、私の立場でできることなんて何もないだろう。業務に戻ろうとする私の服を彼女がむんずと掴む。


「うう……せめて弟くん見つけるの手伝ってくださいよぉ……」

「弟くん?」

「唯一の腹違いの末っ子です。兄弟の中でも魔力量ずば抜けてるし、研究狂いじゃないし、貴族としての教育もこなしてた真面目で責任感ある子らしいので跡継ぎに持ってこいなんですけど……行方不明なんですよねえ……」


 魔力量が全てではないけども、やはり優秀な魔術師は魔力量に恵まれている傾向にある。

 他国の王宮に勤められるだけあって、彼女の魔力量はかなり多い。ラドゥガの人間で彼女より上と言えば、バルバストル様と私と父上ぐらいだろう。

 にも関わらず、彼女すらも抜きん出ているらしい魔力の持ち主につい興味をそそられた。


「特徴は?」

「……会ったことないし、愛称しかわかんないです。父に『ベリの意志を尊重する』って秘密にされちゃったんで」

「そうか、解散」

「イヤーーー!!!!!」


 私にとっても認知してない相手だろうが。フルネームならまだしも、なんでそれで探せると思ったんだ。

 いくら名前が魂に結びついているとはいえ、探索魔法も万能じゃないんだぞ。行ったことある場所しか範囲にならないし、対策してる相手の方が魔力量が多かったら弾かれるし。

 そういえば探索魔法は随分前に使ったきりだったな。久しぶりに試してみるか。

 頭に彼の姿を浮かべ、心の中で詠唱する。そしたらきっと魔法は東の庭を示して……。


「……ん?」

「どうしました?! 見つけました!?」

「できるわけないだろ」

「ヒィン!」


 無謀な願いで縋る彼女を適当にあしらって、業務に戻る。

 魔法が発動しなかった。いや発動はしたと思う。でも途中でかき消えた、まるで父上に使った時みたいに。

 もう一度挑戦したが、やはり同じ結果だった。

 おそらくニコは今、城の外にいるんだろう。私ほぼ城から出ないから、探索範囲めちゃくちゃ狭いんだよな。街に行かれたら、もう追えないレベルに。

 なんとなくやってしまったとはいえ、よくよく考えたらストーカーみたいだと我に返る。そうして、いつも通り勤務時間を過ごしていくのだった。



「……ニコ、何かあったの?」

「え?」

「どうも悩んでるみたいだったから」


 お茶会が始まれば、ニコが話のきっかけを作ってくれるのがいつもの流れだった。

 でも今日の彼はなんだかぼんやりしていて。

 私にできることなんて知れているけれど、彼の力になりたくて思い切って踏み込んでみた。


「実は親方がもうすぐ復帰できそうなんだ」

「……じゃあ、ニコはもうここの庭師は辞めるのか?」

「ううん。親方からはこれからは一緒にやろうって誘われてるんだけど」


 そう言い終えたニコの表情は笑顔でありながら陰が見える。

 何を憂えているのか。見当も付かない私はただ彼の言葉の続きを静かに待つ。


「……いきなりこんなこと言われても反応に困ると思うんだけど。僕、妾の子供なんだ」


 ぽつりと小さな声でニコがこぼす。

 以前、彼は他国の辺境にある母の故郷の屋敷で過ごしてきたと言っていた。珍しい環境だなと思っていたけど、彼の生まれを知って納得した。


「父さんと本妻の間には何人も子供がいる。なのに父さんは僕を後継者に選ぼうとして……だから出奔したんだ。正統な血を引く兄達を差し置いて、そんなの許されるわけがない」

「……うん」

「それで、これからはただのニコとして生きていこうと思って、そのつもりだったのに」


 そこでニコの言葉は止まってしまった。

 詳細はわからない。でも自ら捨てた家を必要としているんだろうという事はなんとなく察して。

 なので私はできる範囲で背中を押すことにした。


「継げばいいと思う。その方が兄弟も攻撃しやすいだろうし」

「……?? え、えっ?」

「ニコが正式に家を継ぐことに不満があるなら、力尽くで奪いにくるだろう。でも現状だとそれができないから感情のやり場がないし、逆に揉めるよ。だから全て返り討ちにする覚悟の上で就いた方が断然良い」


 まあ、うちの家はそこまで血みどろの家督争いが起こった事はないのだけれど。

 ラドゥガ流の解決策を提示する私にニコはポカンとしていた。


「……ふ、ふふふ、あははっ! そっか、うん、そうだね。父の所へ行って手続きしてくるよ」


 ちょっと粗雑すぎたかなと言い終わってから心配になったけど、どうやら上手く作用したようでニコは吹っ切れた様子だった。

 準備ができ次第行くとニコは告げていたが、次の日にはラドゥガを発っていて。

 人影は見かけなかったが、あの短い猶予で代理を立てていたらしく東の庭は彼が不在の間も整ったままだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
なんだかだいぶ筋が変わっているような?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ