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ラドゥガ王室恋愛譚  作者: ばいおれんじ
花盗人の愛は茉莉花に遂げられるか
7/10

結ぶ想い、繋がる心

「……随分、気に入っているようだな」


 とある夜、いつものように部屋で陛下と過ごしていたところ、そのように尋ねられました。

 突然のことにすぐさま察せずにいたならば、陛下は私の胸元を指差します。そこには先日陛下が賜ったブローチがありました。

 陛下がそのように伺ったのは頂いた日から片時も肌身離さず身に付けていたからなのでしょう。

 幸いこのブローチは繊細かつシンプルなデザインですので、他の装飾品と組み合わせても喧嘩いたしません。ですので耳飾りや腕輪など他の装飾品こそ日々付け替えましたが、このブローチを外すことはありませんでした。


「はい、とても」

「そうか」


 私の言葉に対する陛下の返事は淡々としたものでした。ただその声色は普段よりも少しやわらかかったように思います。

 ゆる、と陛下の指がブローチをなぞりました。爪の形まで完璧な整った指先と洗練された仕草、その些細な動作すらも一つの芸術品のようで見惚れてしまいます。

 美しいな、とブローチに向かって陛下が呟きました。おそらく陛下は気付いていらっしゃらないのでしょうが、その口元はやわらかく弧を描いておりました。

 もはや暴力的なまでの美を間近で浴びた私は、私がブローチだったら嫌味にしか聞こえないだろうなあ……なんて現実逃避しておりました。そうでもなければ耐えがたいほどに美しさだったのです。こわい。


「俺の……ェは」

「え?」


 陛下の声はよく通ります。口数こそ少ないのですが、いつもはっきりとした物言いをされているので。

 ですが今回に関しては珍しく声量が控えめだったが為に、途中の部分が潰れてしまい、聞こえませんでした。

 なのでもう一度と伺ってみましたが、大したことではないと。なんとなくですが陛下が嫌がっているように感じた為、これ以上追求するのは止めておきましょう。


「あ、」


 陛下に顎を持ち上げられ、反射的に声が漏れました。じっと私を見つめる陛下の視線から逃れるように瞼を閉じます。その先に起こることを考えれば、逃げるとは真逆の行動になるのですが。

 陛下の気配が近づいて唇が触れる。もっとすごいことをしているにも関わらず、この瞬間に慣れることはありません。

 最近、口付けの回数が増えたような気がします。以前までは閨事の合図くらいでしかなさらなかったのに。嫌がっているわけではないのです。むしろ嬉しく思っているのですが……。


 一度離れた唇がすぐさま寄せられ、次第に深いものに変わっていく。

 頬が熱い。瞼の裏の瞳が潤むのがわかる。痛いくらいに跳ねる心臓はどこまで早まっていくのでしょうか。きゅっと無意識のうちに陛下の服を縋るように握りしめておりました。

 口付けが終わると同時に抱きしめられる。私を包む彼の体もまた同じ熱を帯びておりました。触れ合った部分から溶け合うような感覚に、このまま溶けて一つになれたらなんて夢を見る。


 ――そしたら、もうこの報われぬ想いに胸を痛めずに済むのに



 と、この二人、どこからどう見ても、本人達以外の100人にアンケートを取ったら満場一致でバカップル判定を受ける状態なのですが、陛下と王妃の勘違いは未だ続いたままでした。


 ブローチの一件から陛下はアプローチをするようになりましたが、所詮はヘタレ。

 肝心の一言、これワンフレーズで全解決こと「好き」を伝えられていないが為に全力ですれ違っているのです。言えたらこんな何度もヘタレヘタレ言われることもなくなるのですが。

 そして王妃も王妃で度の過ぎた鈍感だった故に『嫌われていないが好かれてもいない』と思い込んでいるのです。

 おかげでヘタレと鈍感の組み合わせ、未登場の愛の言葉、顔面やらなんやらの格差社会etcによる最悪のすれ違いマリアージュがここにありました。


 ただ、周りも黙って見ているだけではなかったのです。

 なんかこの二人ラブラブのくせに変な勘違いしとる……と最初に気付いてしまった宰相がやんわりと「陛下のお心の思うままに王妃様へお伝えしてみてはいかがでしょうか?」と進言したりだとか。

 まあそれは「己の身勝手な感情で王妃を戸惑わせたくない」と澄んだ瞳を向けてきた陛下によって撃沈しざるをえなかったのですが。

 その言い分に宰相はいや言葉足らずでめちゃくちゃ拗れてるじゃないですか……と思ったのですが、それでなお押し切られるレベルに陛下の顔が良かったのです。

 後に続いたメンバーも全て陛下の顔面Lv100に説き伏せられました。言葉を使え、言葉を。


 ただ確実に想いを育んでいることに違いはなく、あと過去のラドゥガ王にも同じような経緯を辿った者が少なからずいました。

 まあその者達も全員なんやかんやで最終的には両思いバカップルになった為、心配していた臣下達もそのうち『なんか良い感じにどうにかなるだろう』と成り行きに任せることにしました。

 建国から今日に至るまで、恋愛面はクソボケでも国政においては最高の君主を仰いできたことから、ラドゥガの民は基本的に楽観的なのでした。ですがここ最近、この平和な国にある不穏な噂が流れ始めていたのです。



「なあ、お前さ、あの噂聞いたか?」

「あの噂って?」


 今日も今日とて平和なラドゥガ王国城の門番を務める兵士AとBが視線を交わすことなく会話に興じておりました。

 真面目な二人は周囲の警戒を怠ることこそありませんでしたが、交代の時間まで暇を持て余していたのです。

 不審人物はおろか、自分達以外の人気は一切ありません。そのことを確認した兵士Aが言葉を続けます。


「陛下が側妃を迎えるって」


 さあーて始まりました、王宮系恋愛物の王道イベント『側妃の(ライバル)登場』

 恋愛ものにおいてライバルとは愛し合う二人を引き裂く障害であり、同時に二人の物語を盛り上げる存在でもあります。ただ今回のメイン二人の状況を考えるとまず悪い方へ転がることは間違いないでしょう。

 なおこの噂を流した犯人はおおよその方の予想通り。前話で陛下の手助けとなる裏で王家入りを目論む大臣でございます。

 イチャイチャしまくる二人になんか自分すごい勘違いしてるのでは……?と思いつつも、彼はまだ一応陛下の想い人がわからない為、陛下や王妃の耳に届かぬよう、それでいて多くの者に件の噂が広まるよう有能な彼は暗躍しておりました。

 もし彼を心から気遣ってくれる相手がいたのなら、その愚行を止めてくれたのでしょうが、残念ながら彼にそういったポジションの友人はおりませんでした。

 噂に対して、人々の気持ちはただ一つ。


「無理だろ」

「だよな」


 完全否定。一般国民同様、笑い話にできればよかったのですが、地味に陛下と関わるポジションにある二人は笑うに笑えませんでした。


「陛下、どう見ても王妃様にゾッコンじゃん。三歳児でもわかるよ。それにセラフィナール様も生まれてんだからさあ……」

「こないだお二人の乗った馬車見送った時さあ。窓から微かに見えたんだけどあの距離の近さ、たぶん王妃様を膝に乗せてんだよなあ」

「おいやめろヤベエ情報共有すんな」

「つーか、そのデタラメ、間違っても陛下の耳に入ってないよな? まあ入ってたらとっくに"おしまい"だわな」

「噂流してる奴誰だよ、とんだ死に急ぎ野郎がよぉ……」


 陛下は平和主義かつ温厚な人物として一般には知られています。

 たとえば明らかに自分と王妃がモデルになってる恋愛小説が無許可で出てても容認したり、なんなら読破した後に丁寧な感想文を作者に送るぐらいには。作者は白目むきました。

 ですが王宮勤めという立場上、彼らは知っています。陛下の一度敵と見なした相手に対する攻撃性と容赦のなさを。


「こないだ王妃様の祖国、狙った新興国家あったじゃん」

「ああ……禁種の花育てるのに適してるからとかなんとかで攻め込もうとしたんだっけ。あれ、結局どうなったの?」

「更地、陛下が一晩でやってくれました」

「だろうね……」


 一夜にして亡国の王となってしまった男(故人)は元は異界の民でした。さる国の王女をこまして王座を得た男は、陛下の噂の数々を耳にしていましたが、本気にしていなかったのです。そんな化け物が存在してたら、この世界はもっと乱世だったはずだと。

 陛下がまだうら若き青年であり、また絵姿でしか彼を知らなかったが為に舐めてかかっていたのです。実物を一目でも見ていたなら、謳われる偉業の全てが真実だと悟っていたでしょうに。


 宗主国であるラドゥガとその属国が争いと無縁なだけで、この世界自体は未だ各地で血腥い諍いが続いております。そんな状況でありながら、何故ラドゥガだけは平和ボケするほどの安寧を保てたのか。

 血が薄まった結果、ラドゥガ王家はかつてのように世界の管理者として動くことはなくなりました。関与せずとも他種族達が人間と融和できる状態になったこともあり、他国には中立の立場として傍観することにしたのです。

 ですが、己の庇護下にいるものに害が及ぶのであれば別です。老若男女問わず、彼らを狙った魔手は全て届く前に文字通り切り落とされました。ラドゥガ王はすべからく、その古から刻み込まれた残虐性を持って平穏を守り抜いてきたのです。

 血を知る陛下の兄は気付いておりました。人である母によく似た自分では到底務まらない、だからこそ今代の王に相応しいのはアルファディートだと。

 必要となれば神をも殺し世界を滅ぼす男にとって、単身だろうと一夜で国一つを地図から消すことなど赤子の手を捻るようなものでした。


「王妃様が陛下に溺愛されてるも、王妃様の祖国の防衛を陛下が担うって契約も知れ渡ってるはずなのにな」

「『大陸全土の魔術師全員合わせても到底敵わない』って本当にそのまんまの意味なのにな」

「まあ陛下に関するのが特殊なだけで、噂なんてもんは皆が好き勝手やってるもんだからしょーがねえか」

「側室に関しては意図しなきゃ噂でも流れねーはずなんだけどな! だってあのお二方さぁ……」


 などといった感じで人々は、かの噂をはなから否定し、陛下達のラッブラブっぷりに話題を変えるのでした。

 そのことに大臣は悔しさのあまりハンカチを噛むばかり。

 こうなったらもう……!と大臣はついに奥の手を使うことにしました。この生き急ぎ野郎がよぉ。



「お茶会、ですか?」

「ああ。ハーヴィッドのやつがリーチェに会わせろとしつこくてな」


 陛下が執務へと向かう前、私は彼から「茶会を開けるか?」と尋ねられていた。

 ただお茶会といっても大規模なものではなく、さる令嬢と個人的に行ってほしいとのことでした。

 お相手はアマンダ・フォン・ハーヴィッド伯爵令嬢。現大臣の娘で、彼女自身も王宮に勤めている方と伺っております。


「頼めるか」

「わかりました」


 そして陛下の幼馴染で、かつては婚約者候補だった。けれど彼女の優秀さから近い将来、女伯爵として家を継ぐ事となり、その話は立ち消えたと。

 陛下やアマンダ様から直接伺ったわけではありません。でも嫁いだ当初、そのようなお話を耳にしたことがあります。

 私を妃とするよりもよほど現実的なそれはきっと紛れもない真実で。そのような立場の彼女が私に会いたがる、つまり彼女は私が陛下に相応しい者か見定めようとしているのでしょう。

 一国の姫でありながら、私はあまりそういった催しを受け持った経験はございません。ですが不安など一欠片も悟らせないよう、私は陛下へと笑顔で了承いたしました。



 公式の催しではなく個人的なお誘いではありましたが、まさか当日開催になるとは……。

 侍女にお茶会についてアマンダ様へ手紙をお渡しするよう頼んだところ、侍女はその足で返信を持って帰ってきたのです。そしてアマンダ様のお返事に書かれていた希望日は現時刻の数時間後で。

 猶予を与えないことで本質を見極めようとしていらっしゃるのかと最初は思っておりましたが、単純にアマンダ様のご都合の良い時間帯が今しかなかっただけでした。

 アマンダ様は伯爵令嬢の身でありながら、実力で上級文官に上り詰めた才女です。そのため大変多忙な方だったのです。今日も私とのお茶会が終わり次第、即座に西の国へ外交に向かうのだとか。

 陛下曰く「アイツが王宮で働いてるのはその……理想の結婚相手を見付けるのに最適な職場だからなんだ」とのことでした。その時の陛下の瞳は何故か死んだ魚のように濁っておりましたが、いったい何が……?

 ともあれ侍女達の働きによって、無事にアマンダ様からお願いされた時刻までにお茶会の準備を整えることができたのでした。


 ティーカップを口にしながら少しだけ視線を動かし、目の前のアマンダ様を眺めます。

 結い上げられた豊かな金髪、夏の空のように透き通った水色の瞳、怜悧な美貌が印象的な女性でした。女性にしては少し身長が高いとのことでしたが、それがまた彼女が持つ凜とした雰囲気を引き立てているように思います。

 彼女の顔立ちと身長ならば陛下の隣に立っていたとしても、とてもお似合いになるのでしょう。完全に食われてしまい、引き立て役にもなれない私と違って。

 思わず顔を俯けてしまいそうになりますが、それだけはいけません。気持ちだけでも負けずにいなければ。堂々と胸を張って前を向きます。

 優雅な仕草でアマンダ様がカップを置きます。


「……負けましたわ、王妃様」

「え?」


 確かに絶対負けないと張り合っておりましたが、突然のアマンダ様の敗北宣言に呆けてしまいました。

 まだお茶を飲んだだけなのにもう何か試されていたのでしょうか。気付かぬうちに勝っていたとのことですが、それではよくない気がします。何もお応えできていないのと同じことですので。

 そう考えても何とお伝えすれば……悩んでいる私にぐっとアマンダ様は拳を握り込みました。


「ヘタ……陛下から散々ノロ……お話は伺っておりました。ですので、あの朴念仁が溺愛している方はどれほどの方だろうと楽し、思えば、まさかここまで小説通りの愛らしい方だったなんて。陛下も夢中になるはずですわ。認めるのは癪ですけど、わたくし達、好み似てますものね……」


 アマンダ様の敗北宣言が後を引いているのか、私はまだイマイチ彼女の話を飲みきれずにおりました。

 なんだか途中で急に不敬な名称が出てきたような……とりあえず聞こえてなかったことにしておきましょう。

 あと接続後が不適切なような気がします。そこは手酷い罵倒が来るものではないでしょうか。あと小説ってなんのことですか……?


「羊のようなふわふわの髪、くりっとした目、もちもちの肌、そして何よりこの小動物を思わせる愛くるしさ……! くっ、完敗ですわ……! 小説で既に一番の推しでしたが、実際にお目にかかって更にファンになりましたわ。サインください」

「あ、ありがとうございます……?」


 たぶん褒めていただいている……?ようです。混乱したままの私は戸惑いながらも差し出された色紙とペンを受け取りました。

 あの、小説って本当に何のことですか? そう思いながらも何故私はサインを渡しているのでしょう。そしてアマンダ様はどうしてそんなに嬉しそうにしていらっしゃるのでしょうか。

 現状なんだか予想外の展開ばかりで全然頭が付いていけておりません。


「それではサインも頂けたことですので、そろそろ本題についてお話させていただきますわ」


 淑女の微笑みから一転、アマンダ様は毅然とした態度に切り替わります。

 混乱に少しばかり気が緩んでしまっていたけれど、つられるように私も姿勢を正して彼女の言葉を待ち構えました。


「陛下がわたくしを側妃として娶るというお話についてです」


 どんな話題が来ようとも立ち向かうと決めたのです。そうして心の準備も整えたはずでした。でも所詮『はず』でしかなかったのです。

 側妃、そのたった三文字にかつてない衝撃を受け、私の虚勢はあっけなく剥がれ落ちました。

 サーッと血の気が引く音が体内から聞こえます。寒くもないのに指先が震えて。手にしているカップは少しでも気を抜いたら、かちかちと音を立てることでしょう。

 喉の奥が潰されたように痛み、これまでどうやって呼吸していたのかすらわからなくなりました。はっ、はっ、短い息をくり返すうち、心臓が軋むような動きを見せて。


「皆様が口にする通り、まったくのでたらめなのですけどね。我が身内ながら、なんという恥さらしな……。お待たせしてしまい申し訳ございませんが、準備が整いましたらすぐに処分しておきます。そもそも無理がありますわ、わたくしは陛下のような綺麗な殿方より可愛らしい顔立ちの方が好みだと何度も公言してますのに。それに陛下が日々どれだけわたくしに惚気ていることか、自分が理想の相手をゲットしたからって自慢して許せませんわ。まあ先程申し上げた通り『ラドゥガ国恋愛譚』の陛下×王妃推しのわたくしとしてはある意味美味しい状況ではあるのですけど……! 夜通し語り合っておりますラド恋同志の会でたいそう盛り上がりますけれど……! ですので、わたくしとしては物語のスパイスになるような当て馬……悪役令嬢や友人役でしたら大歓迎ですけれど、父のように邪魔する気は一切ございません。そんなことをしてラド恋が打ち切りなんてことになってしまった日には、わたくし間違いなくお父様の未練がましい髪を全て引きちぎりますもの。という訳ですので、わたくしはお二人の恋を心より応援しております。どうか末永く慈しんで下さいませ。

……ッ王妃様!? どうなさいましたの、お顔が真っ青ですわ! 誰か、すぐにお医者様を呼んでくださいまし!!」


 肩に添えられた手の温度に彷徨っていた意識が戻ってくる。

 私はそんなにひどい顔色をしていたのでしょうか。私を心配そうに見つめる彼女もまた血色を無くしております。

 それを私はどこか他人事のように眺めておりました。さむい、何も整えず出た冬の日のようにかたかたと身震いが止まりません。

 大勢の足音が駆けつける音を聞きながら、私の意識は暗闇へと落ちていったのでした。



 頭を撫でられるなんていつぶりでしょうか。

 父とも兄とも違うその大きな掌はどなたのものか、私は存じております。このように撫でていただいたのは初めてのはずなのに。

 まどろみの中で与えられた心地よさに浸るべく、開きかけた瞼を再び閉じます。


「……リーチェ」


 私の名を口にした陛下は撫でるのをやめて、私の手を強く握り込みました。

 繋がれた彼の手はひどく震えておりました。そういえば先程のお声も覇気がなかったように思います。

 どうしたのでしょうか。気になった私はようやく瞼を開きました。寝台の傍らの椅子に掛けていた陛下のお姿が目に入ります。


「っ、具合は?」

「お手数おかけして申し訳ございません、大丈夫です」

「医者は心因性のものだと言っていたが何があった。どこか痛む場所はあるか」


 身を起こして返した私の声は細々と頼りなく、まったくといいほど説得力がありません。

 すぐさま質問を加えてきた陛下の声はいつもより堅く感じました。ただその表情はいつも通りです。

 以前の私であれば陛下は平然としているように見えたのでしょう。ですが今の私は憂いを帯びた瞳が揺れていることに、彼がうろたえているのだと気付けました。

 あまりにも不謹慎だと思いながらも、私が原因で陛下のお心が動かされていることに嬉しくなってしまう自分がおりました。


「胸が痛いです」


 彼を見つめながら言い放てば、陛下はすぐさまお医者様を呼ぼうとしました。

 それを私は制止して、陛下の手を自分の胸元へと導きます。


「……この痛みは陛下でなければ治せません」

「どうすれば治まる」

「私がラドゥガの王妃である以上、国の繁栄を最優先とし、陛下のお考えに従うべきことは理解しているのです」


 ですが、と言い訳がましく拙い言葉を口にする。

 陛下を困らせてはいけない。陛下を困らせたくないのに。


「……側妃を迎えないでください。陛下を、アルをお慕いしております。お願いです、どうか他の方に好きにならないで。私、陛下のお心を繋ぎ止められるのであれば何でもします、だから、だからっ」


 胸に宛がった彼の手を両手で握り込むようにして必死に訴える。

 なんてみっともない。陛下に対してあるまじき所業であり、王妃としてこの上ない失態であると分かっておりました。

 けれど抑えきれなかった。王妃の私ではなくリーチェが抱いたそのままの心を。


「……側妃とは何のことだ」


 そうして与えられたものは侮蔑でも叱責でもなく。陛下は目に見えて困惑しておりました。

 思わぬ問いに「え」と間抜けな声が漏れます。お隠しになられているのかと思いましたが、どうやら陛下は本気で覚えがないようでした。


「あの、アマンダ様を側妃にお迎えになると伺ったのですが」

「何故そんなことに……ああ、またあの禿タヌキか」


 ヂィッとものすごく鈍く大きな舌打ちが陛下の唇から聞こえました。そして初めて見た憤怒の形相に思わず私は後ずさります。美人が怒るとこんなにも恐ろしいなんて……。

 ぷるぷると怯える私に気付いた陛下はいつもの表情に戻して下さいました。

 急いで涙目を拭っていれば、陛下の腕に抱き留められます。


「それより……先程の言葉は誠か」

「?」

「貴方は俺を慕っているのか」


 勢い任せに告げてしまったので、後のことなど全く考えておりませんでした。

 今の私の顔色は髪と見分けがつかないような有様でしょう。このようなみっともない顔、陛下にご覧に入れるわけにはいきません。なので、ごまかすように彼の胸に顔を埋めました。


「……はい、陛下をお慕いしております」


 くぐもった声で返す私の頬に陛下の手が添えられました。

 緩く首を横に振って嫌がりましたが、それでも陛下は諦めず上向かされます。きっと今の私は太陽にも負けぬ位、熱く赤くなっているでしょうに。

 ひどい。そう思っても口を噤んでなすがままになっているのは、陛下があまりにも優しく微笑んでいたからで。


「リーチェ、俺も愛してる」


 その笑みについ見とれていた私へ陛下は唇を重ねます。突然の事に瞼をつぶる間もありませんでした。

 陛下の鮮烈な青のまつげが揺れて、細められた瞳と目が合う。髪と同じく寒色でありながら、彼の瞳は私への熱情を多分に含んでおりました。

 服越しでも合わせた肌から伝わってしまいそうなほどに胸が高鳴っております。

 腰を引き寄せられ、再度行われた口付けは先程よりも深いものでした。


「一目見た時から俺は貴方の虜だ」

「陛下」

「名前で呼んでくれ、リーチェ」

「……アル」

「良い子だ」


 それから陛下は何度も耳元で私の名と愛を囁いてきます。

 都度お答えしていたのですが、だんだん羞恥心が膨らんでいき、途中でどうしても耐えきれなくなった私は代わりに彼の背へ腕を回しました。


「何が起ころうとも俺が愛する人はリーチェだけだ」

「私がお慕いするのもアルだけです」


 このことがきっかけで無口なアルは実はものすごく照れ屋さんで口下手なだけとか、彼もまた娘がいっぱい欲しいと思っていることや……実はずっと両思いだったことを知ったのでした。



 その日、玉座の間に集められた家臣一同は緊張状態にあった。

 場に満ちる張り詰めた空気の原因は玉座に掛けている陛下。彼が手元で処刑人の剣と呼ばれる斬首刑で使われる大剣を遊ばせていたからだ。

 陛下と当人以外の視線がある一人の男に集中する。最近うっすら重鎮達にも伝わりつつあった噂の発信源へ。一斉に「こいつ死んだな」という目を向けられた男はガタガタガタガタと音が立つほど縦にも横にも揺れていた。


「大臣、貴様だな。あの下らん戯れ言を流布したのは」


 ゆっくりと伏せていた瞳を上げて、目線の先の男にいつもの表情で陛下が静かに問う。

 けれど彼の声色からして、もはや問いかけではないのは明白である。確信に満ちたそれはどう考えても死刑宣告であった。

 もちろんその場にいた全員もこのことには気付いており、名指しされた大臣は泡を吹きかねない勢いで怯えている。


「そ、そちらの件なのですが、実は……」

「温情を無駄にしたくなければ下手な言い訳はやめろ」


 もはや青を通り越し、緑の顔色になりながら大臣は手もみし下手に出る。

 だが一蹴され、瞬時に大臣は黙り込み、ピシッと姿勢を正した。

 ため息一つこぼすと大剣を陛下は玉座の横に立てかける。だが当然ながらこの場にいる誰も安堵することはない。何故ならば陛下にかかれば、斬首するのに武器など一切必要ないからだ。

 つまりあの剣は今から処罰するぞと一目でわかるようアピールする為の小道具だった。


「本来であれば一族郎党手打ちでも妥当だが、貴様の娘の実績を考えると得策ではないだろう。それに貴様の家は長らく王家に仕えてきた。これまでの働きと結果的に王妃との愛が深まった恩に免じて」

「へ、陛下……!」

「貴様の左遷で手打ちにする。ヘルマウンテン鉱脈で寿命まで汗水垂らしてこい」

「毒ガス吹き出してる山ですよね、そこ?!」

「なに命には別状ない、死が救いになる程度に苦しむだけだ」


 ヒィイインと情けなく悲鳴をあげる大臣に、陛下は死にかけの蝉に向ける目を見せていた。それだけ元気なら問題ないだろ、せいぜい人の役に立ってこい。

 言うまでもないが陛下はキレている。あとコイツ、将来セラや今後生まれてきた娘をエロい目で見るかもしれないしと疑っていたが故の判断だった。

 じゃあそういうことで……と解散の空気が漂い始めたその時、とある若い文官が手を挙げ意を唱えた。


「陛下お待ち下さい!大臣殿は今の王宮には必要不可欠な人材なのです!」

「お前達……!」

「まだ大臣殿が担っている業務を把握しきれておりませんので今失脚されると執務が滞る可能性が高いです!」

「それに陛下、ここは一旦見逃して今回の件で借りを作っていた方がお得と思われます!」

「あと仕事は出来る方なので、まだ利用価値いっぱい残ってる以上、耄碌してからでも遅くないかと……!」

「お前達?????????」


 大臣の直属の部下達より次々と挙がった嘆願に、さすがに分が悪いと感じたのだろう。

 今回に限りお咎めなしと陛下が判決を翻す。それに部下達は感謝を述べてハイタッチを交わし、大臣は何とも言えないしわしわの表情を浮かべていた。上司想いの部下を持って幸せだね大臣、オラ笑えよ。



「リーチェ、セラ」

「おかえりなさいませ、アル」


 執務を終え、いつものように夫婦の部屋へ戻る。

 最近は乳母と過ごしていたセラだが、今日は久しぶりに親子水入らずで過ごしたいと伝えておいたのだ。

 ちょうどセラをあやしていたところだったらしい。愛する妻と娘の迎えに疲れが吹き飛ぶのがわかる。


「随分大きくなったな、セラ」


 リーチェからセラを受け取り、高い高いする。

 俺の身長からするとかなりの高さになるのだが、むしろそれがいいらしい。きゃっきゃっとセラが笑い声を立てる。いつやってもこの通り嬉しそうだ。俺まで楽しくなってくる。

 ああ我が子ながらなんて素直な良い子なんだ、さすがリーチェの子だな。


「日々愛らしさが増してくる。こんな可愛いかったら将来はモテモテに違いない。どうしよう、成人してすぐにお嫁に行きますとか言い出したら」

「ふふ、アルは心配性ですね。その時は快く送り出してあげましょう」

「そうだ……嫌だ! 一緒に止めてくれ!」


 のほほんとリーチェが微笑む。俺の嫁はなんて可愛いんだ、でも彼女の発言には同意できない。

 本気で駄々をこねるが、それにリーチェはただ笑みを浮かべるだけ。譲る気はないということだろう。うっ娘ファースト、親の鑑……!

 意外とリーチェは頑固だ。アイツ……彼女の兄にそっくりだ、そういうとこ。アイツの粘り強さを思い出して身震いする。アイツごく平凡な一般人ですみたいな顔してるけど、あの孤立無援、崩壊まったなしの状況においてなお何年も国を保持する男だぞ……。

 だから俺が折れるしかないのだろう。だってセラもリーチェも可愛い、絶対に勝てない。男という生き物は愛する女には自動で敗北するようにできているのだから。


「どうかなさいましたか?」


 彼女について考え事している間、リーチェを凝視していたのだろう。

 こてと小首を傾げて彼女が俺を見つめてくる。身長差に自然と上目遣いになっていた。無意識だろうが全ての動作が可愛い。

 たまらず口付ける俺に彼女は驚いていたものの、ただ受け入れてくれる。ちゃんとセラの目は掌で覆っておいたので問題あるまい。


「……幸せだな」

「幸せですね」


 唇を離すのは名残惜しいが、娘を抱きかかえている以上それなりにして。

 代わりに彼女の額に口付ける。それに心地よさそうに目を細める彼女にふと思った事が声に出た。すぐさま同じ心が返してくれるリーチェに俺も唇を緩める。


「これからもたくさん幸せになりましょうね」

「……ああ」


 もう一度軽くキスを交わし、俺は彼女と愛し合えた僥倖を噛みしめた。



 以上、陛下と王妃の恋愛譚はいかがでしたでしょうか?

 ラドゥガ王国で最も伝わっているだけあって、何ともありふれた平凡なお話だったことでしょう。

 この後の二人は語るまでもなく幸せになり、後々の王女様の物語へと続けていくのです。

 長々とお付き合い下さり、ありがとうございました。では再び王女様の物語へと戻ると致しましょう。

アマンダ「貴方は可愛い方が好きで、わたくしも可愛い方が好き! そこになんの違いもありはしないでしょうが!」

アルファディート「違うだろ!!」

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