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ラドゥガ王室恋愛譚  作者: ばいおれんじ
花盗人の愛は茉莉花に遂げられるか
4/9

恋する陛下

 俺はラドゥガ王家に生まれた二人目の男児であった。幼少の頃より兄のスペアであることは重々理解しており、兄と共に王としての教育を施されてきた。

 怠け癖を持っていた兄だが、時に励まし、時に叱責し、時に尻を叩き、時に一喝してきた甲斐あって王として差し支えない者へと成長した。本気を出さないだけで元々優秀な人なのだ。これからがスタートだけれど、ひとまず肩の荷が下りたと安心したのは記憶に新しい。

 当初の予定通り、自分は兄の補佐として生きていくのだろうと考えていた。だが父が崩御して間も無く、俺は成人と共に王座に就く事となった。

 よくある母親の血筋から、なんて話であれば諦めも付く。だが兄も俺も二人いる弟含め全員同腹の兄弟である。父は早くに亡くなった王妃である俺達の母以外は愛することがなかったからな。普通は新たな王妃を薦められるものだが、世継ぎに十分恵まれており、父も優れた王であったが為に許されていた。ラドゥガが最早婚姻を政略に使う必要もないほど発展しているのもあるだろう。

 だから兄がわざわざ「侯爵家に婿入りします、デヘ☆」とかぬかす必要も有言実行しやがる必要もなかったのだ。そう俺が次男にも関わらず王位を継ぐはめになったのは全て色ボケ兄のせいだった。


 件の侯爵家には世継ぎとなる男児がいなかった。遠い先祖の時代であれば女性でも王位すら継いでいたのだが、今は家を継ぐとなると男児が一般的である。その場合、親戚から養子を貰うか、婿を取って家を継いでもらう事となる。

 ただ、かの侯爵家は女児だけとはいえ三人も子宝に恵まれていたので、彼女が絶対に婿を貰わなければならないなんてことはなかった。彼女を王妃として迎え、彼女の妹達のいずれかが婿を取れば良かった。にも関わらず兄は彼女は長女だから云々、申開きを重ねてあげく俺に王位を押しつけて侯爵家の婿となったのだ。

 本来ならばそのようなワガママが通る訳がない。だが腹立たしいことにあの人は無駄に優秀だった。本気になったら俺ごとき出し抜くことなど造作ないのだ。殴りたい。

 異例が異例だからと過去に一度密かに様子を見に行ったが、最近生まれた息子を背負って「よーしパパ頑張っちゃうぞー!」とバリバリ領地の統治に励んでいた。

 夫婦仲は至って良好という話を聞いていたこともあり、本気で殴り込みに行こうかと計画を立てるほどに。というか立てた。

 けれどいざ実行しようとすれば冷静になってしまい三日三晩悩む羽目になった。結局そんな余裕はなく流れてしまったが……いつか殴らないと気が済まない。


 今では落ち着いたがおかげで当時はどれだけ苦労したことか……。

 執務はまだいい。死期を悟った父は兄と自分へある程度引き継いでくれていた上、教育の甲斐あって滞りなく進めることができた。だが反面、女性関係に大いに苦しめられた。

 成人したばかりの青二才ならば簡単に丸め込めると思ったんだろう。国内外問わず日々届けられてくる釣書、臣下から執拗な娘の推薦、隙あらば王女を送り込もうとする他国。尽く丁重にお断りしたが、すっと引き下がってくれる者もいれば逆に張り切る者もいるのだから目も当てられない。

 即位してまもなくは政務で嫁探しどころではないと断っていたが、それも次第に通用しなくなり……。だが一向に色めいた話が上がらなかったために不能だなんてたいそう不名誉な噂をされたりもした。女性に興味がない訳ではないが、迫ってくる令嬢達がとことん好みから外れていたせいだと言うのに。

 華のある顔立ち、豊満な肉体、男の大半が目を奪われる美貌を持った彼女達は自信に満ちあふれていた。そんな彼女達は艶やかなドレスを纏い、その絶対的な美を武器に誘惑を仕掛けてきた。それを煌びやかだなとは思っても食指が動くかと言われたら全く別だ。あのギラギラと獲物を前に瞳を輝かせている様はハッキリ言って恐怖しかない。手を出したが最後、食われるのはこっちだ。私は女性慣れしてないが、好みの男を前にした幼馴染のアマンダを見てると悟りもする。

 王妃となる以上はある程度の身分は欲しい。だからといって前述のようなご令嬢、例えるなら狩人……いやもはや肉食獣だな、あれは……ああいった女性は論外だ。

 だからこそ時間をかけてでも自ら選出したいというのに周囲が急いてくる。その対応をしているうちに探す時間がなくなり、また次の催促が来る。

 そんな悪循環に何もかも嫌になっていた頃だった。俺が運命の女性、リーチェに出会ったのは。



 周辺国の視察に向かっており、彼女の祖国に滞在していた時のことだ。

 体を壊した父に代わって若くして王となった彼女の兄は俺が王子だった時からの友人である。財政が悪化してからはしばらく途絶えていたが、それ以前はよく交流していたものだ。久々の邂逅だが素直に喜ぶことはできなかった。

 話には聞いていたが、国情は想像以上に酷い。彼の国は花を中心とした農業を政策としているだけあって、以前は年中色とりどりの花々が咲き誇っていたのだが、今は麦や芋が細々と実っているだけだった。天災続きで花の出荷どころではなく、国民に宛がう為の食物を作るので精一杯なのだと。

 俺の目には刻々と限界に近づいているように見えた。彼含め皆、疲労の色が際立っている。それでも彼らが絶望していないのは王が決して諦めていないからなのだろう。これほどの天災に見舞われても幾度と立ち直るその逞しさは驚異的だ。おそらく本当にどうにもできない状態になったその時には自らを犠牲に他国へ民の助命をする覚悟も決めているのだろう。

 俺個人としては援助してやりたい。だが一国の王として、安々と属国でもない他国へ支援する訳にはいかなかった。国庫は民の血税によって成り立っているのだから。この国に支援した所でラドゥガにとってのメリットが少なすぎる以上、よっぽどの理由がない限り民は不満を抱くことだろう。そういった小さな綻びから全てが瓦解していくものだ……参った、何かもっともらしい理由を用意できればいいのだが。


「なあ、アル。良かったら庭園見ていかないか? あそこだけはまだかろうじて無事だからさ」


 この城の庭園はこの国でしか咲かない花の殆どが保存されていると聞く、だからこそ、この状況においても守られてきたのだろう。花と共に生きてきた民達にとってもかけがえのない場所なのだ。

 そういった背景もあり、この城の庭園はまるで天上の世界のようだと他国にも知られるほどの美しさを誇る。さほど花に興味がない俺でも初めて見た時はひどく感動したものだ。

 彼としてもあの光景を少しでも記憶に残したいのかもしれない、このままであればおそらくは……。いやこんな事を考えては彼に失礼だ。今はただ彼の好意を素直に受け取ろう。そして俺は彼の誘いに乗ったのだ。



 色とりどりの花の中に彼女は佇んでいた。彼女を目に捉えた瞬間、全身に電流が走ったかのような錯覚を覚えた。その姿に訳も分からぬまま視線を奪われる。

 蕾に触れる優雅な指先、その小さな手に触れてみたい。はっきりと聞き取れないが何かを囀る声はさながら小鳥のようで、あの可愛らしい声で名を呼ばれたならば。友と同じ鮮やかな赤い髪が風にたなびき、彼女が眺めている葉のごとく瑞々しい緑の瞳が細められる。その微笑みはひだまりのような温かさを感じさせた。

 もし花の妖精がいるのだとしたらきっと彼女のような姿をしているのだろう。咲き誇る花々に囲まれた中でも彼女は一際美しく輝いていた。


「どうしたアル、随分熱心に見てるけど、何か面白いものでも……お、リーチェか」

「リーチェ……確か君の」

「そうそう俺のかわいいかわいい妹姫、お前見るのは初めてだっけ?」


 幾度となく彼から語られていたが、その度は「シスコンなんだな」と流していた。だが今になってもっと真面目に耳を傾けておくべきだったと後悔している。それから俺もまた兄のことを言えない色ボケだったのだと思い知った。

 なにせこの一瞬で彼女のことを知りたくてたまらなくなってしまった。一目で恋に落ちた途端、彼女への想いで頭も心も満たされてしまった。なんて馬鹿な真似をと思いながらも言葉が止まらない。


「彼女に伴侶はいるのか」

「あいつも年頃だし、見つけてやりたい気持ちはあるけど……こんな状況じゃ俺が夜会に脚を運ぶのが精いっぱいだからなあ」


 あいつだけでも他国に逃がしてやれたらいいのに。彼にとっては叶うはずのない願望を口にしただけなのだろう。だが俺にとってはこの上ない好機だった。


「にしてもそんなこと聞くなんて、もしかしてうちの妹に惚れちゃった? ……なーんて」

「妹さんを俺のお嫁さんにさせてください」

「………………えっ」


 戸惑う彼には悪いが、その混乱に乗じて質問を繰り広げる。彼女の性格は、彼女の好きな物は、好いた男はいるのか、ラドゥガに対する認識は、俺の事知ってるか。

 途中で俺今まで散々話したよねと彼がぼやいていたが聞かないふりをした。そんな俺の態度に冷ややかな視線を向けながらも彼は一つ一つ答えてくれる。

 気立てが良く穏やかな気質、庭園の世話を自ら請け負う程度には花が好き、色めいた話は今のところない、大陸一の国土を誇る大国ぐらいでこれといって特別視はしていない、名前は知っている。彼の回答にひとまずラドゥガにも自分にも悪感情がないことに安心する。それから現状を考えて彼に謝罪する。


「……すまない、何の用意もないこの状況で言うべきではなかった。国に戻ってから改めて正式に申し出る」


 困惑している彼には悪いが、逸る気持ちが押さえられずその場で転移の術式を展開する。帰ったらやることが山積みだ、なのに憂鬱になるどころか心は浮き足立つばかりだった。



 ラドゥガ王家の人間は代々恋愛結婚である。

 その慣習は初代の時から既に始まっており、殆ど詳細を知られていない彼の妻は間違っても王家に嫁ぐような者ではなかった。それもそのはず、初代王妃は遙か昔に絶滅したとされる古代竜である。


 世界の管理者としての役目を持つ彼女は力を付け始めた人間達による他種族への暴虐を見過ごせず、その膨大な魔力を持って人類の敵として君臨した。

 そんな彼女を討つべく選ばれたのが当時人類最強と謳われた男だった。彼は三日三晩、竜と死闘を繰り広げた後、彼女に求婚した。男はなんと竜に一目惚れしていたのである。なお古代竜はこの時点では一切人の姿を取っていない。

 求婚された古代竜はそんな事情など知るよしもない。よって「さっきまで殺し合ってたのに意味わかんない、怖……」と竜がドン引きしつつお断りしたことで、一旦二人の戦いは中断されたのだが。

 男はそれからも求婚し続け、あまりのしつこさに古代竜は自らが人類の敵に回った事情を明かし、不可能と悟った上でその問題を治められたならばお前の気持ちを受け入れていいと約束した。

 ならば男は権力者達をことごとく力でねじ伏せ、国を興して人間達を纏め上げた。その中で他種族を虐げるような振る舞いを一切禁じた。破った者は直々に厳しく罰して、そうして男は竜との約束を果たしたのだ。

 竜は義理堅い生き物である。恩は忘れないし、約束は必ず守る。それに最初こそ引いたが、あれだけ一途に求められては古代竜としても悪い気はせず……素性を隠し人の姿を取った上で彼の妃の座に納まったのだった。

 その経緯が歪曲して語り継がれてきたのが、ラドゥガの初代国王が邪竜を倒す御伽噺である。


 竜が王家に嫁ぐような者ではないと称したのは彼女が邪竜として扱われてきた経緯が一つ。もう一つ、根本的に竜族の性質が王族と相性が悪いのだ。

 竜族は一途と言えば聞こえがいいが大変愛の重い種族である。肉親に対する情が深く、その中でも伴侶に向けるものは一際強い。

 生涯で一人だけを番に定め、一生を添い遂げる。心変わりどころか番以外には一切性欲を抱かず、例え番が亡くなってもその愛は不変。

 その徹底ぶりだが竜族は番以外に操を奪われるようなことになると、襲った相手もろとも死ぬ。ついでに番と定められた者が浮気した場合、竜族・番・浮気相手全員道連れで死ぬ。そんなヤバイ術が自動的に付与されている、ついでに番にもオートで強いる種族なのだ。

 そして何より竜族は大変子供ができにくい。数十年に一人生まれれば上出来なくらいだ。

 故に跡継ぎを重要視し、一夫多妻制を取ることの多い王族は竜族と相性が悪い。悪いはずなのだが、何もかも規格外のラドゥガ国王は何の苦にもならなかった。妃だけを熱烈に愛し続け、死ぬまでに十数人もの子供を残した。産んだ本人である竜もこれにはまた若干引いた。

 その上、子孫であるラドゥガ王族や無関係のはずの伴侶達も奇跡的に一途な者ばかりが集まり、断絶することなく今に至る。


 長き歴史により埋もれてしまい、今や知る者は限られているが、つまりラドゥガ王族というのは竜人。それも現存している竜族とは比べものにならぬほどの魔力を有する古代竜の血統である。

 謳われぬ末姫のヒーローたるエリオットから見た嫁は例えるなら親会社の会長の孫娘と言ったところか、彼が知ったら胃に穴が空きそうな案件である。

 幸い多くの人の血が混ざり薄まったためか。例の自爆術こそ発動しないが、今も尚ラドゥガ王族達の愛の重さは健在だ。

 しかも今代の国王は古代竜の血が色濃く出ていた。彼が老若男女問わず惑わす魔性じみた美貌と、大陸全土の魔術師全員合わせても到底敵わない逸脱した魔力を抱えているのはそういった事情であり、歴代でも随一の勢いで恋に狂うことになるのだ。



 まずは手順通りに手紙から始めるべきだろう。そう考えた俺は早速、彼女への想いを熱くしたためた文を連日送った――リーチェの兄に。

 彼の国の財政を考えて、返信用の便箋と費用も合わせるのも忘れず。ただ彼の事情を考えれば、返信に時間がかかることも視野に入れて長期戦で挑むつもりだ。

 だが想像していたよりも早く彼が面談を望んできた。即座に約束を取付けて戦場に立つ心意気で挑む。


「お前の気持ちはわかったけどさ……なんで俺に言うの? リーチェに言おう?」

「この国の最高権力者は君だ、ならば君に許しを貰うべきだろう。これは政略結婚の申し出なのだから」

「え、ええ……?」

「俺はどうしても彼女が妻に欲しい。無理矢理娶り子を生ませる以上、幸せにできるとは言えない。でも生涯彼女だけを愛し、大切にすると誓おう。唯一の妻として、正妃として、国母としての栄華を約束する。もちろん君の国への援助も惜しまない、防衛も任せてくれていい。リーチェの愛するものに刃向かう以上は俺の敵だ、塵一つ残さぬよう粉砕してみせる。信用できないなら俺の命を担保に誓約させてもらおう」

「重い重い重い! たたみかけるね、お前!」


 本音を言うと彼女と直接やりとりをする勇気が足りなかったのも多少あるが、やはりおおよその理由は今告げたものに限る。

 腕を組みながら、うーんと唸りながら彼は思い悩んでいる。 

 俺ごときでは大事な妹を渡すに値しないのだろうか。手先が冷たくなるのを感じながら彼の言葉を待つ。しばらくして彼から与えられた返答は予想とは違っていた。


「お前が言い寄ればリーチェ普通にOKすると思うけど」

「君から聞いた人物像からして祖国が救われるとならば身を差し出すだろうな。なら、やっぱり君に話を通した方が早い」

「間違ってないけど根本から間違ってるんだよなあ……まあ、なんとかなるか」


 俺の熱意は何とか伝わったらしい。最終的な判断は彼女の意見を聞いてからとのことだが、ひとまず首は繋がった。

 それから返事が来るまでの十日間のなんと長いこと。すっかり平静を失っていた俺は本を逆さまで読んでいたり、マントを裏返しで身に付けようとしたり。

 なのにそれらの失態を表情一つ変えず行うものだから、周囲に余計な心配をかけてしまった。唯一この鉄仮面からでも感情を読み取れる幼馴染のアマンダからは落ち着けと諫められて。本当にすまなかったと思う。

 だが数日前に叱られたにも関わらず俺は再びやらかすことになる。待ちわびた末に結婚の了承を貰えた俺は喜びのあまり自室で飛び上がり「いよっしゃあああ!」と力の限り叫んでしまって。おかげで何事かと兵が駆けつけるほどの騒ぎとなり、必死に取り繕ったがまたしても申し訳ないことをしてしまった。その後、この顛末を知ったアマンダの呆れきった視線が痛いったらなんの。


「子を産め。それ以外、貴方に望む気はない」


 何はともあれ迎えた初夜で、俺は彼女に自らの意志を伝えることができた。

 一応彼女の了承を得た上での婚姻だが、リーチェの立場からすれば断るという選択肢はなかっただろう。姑息な手を使った自覚はあるのだ。それでも彼女が欲しかった。

 王族ならば望まぬ婚姻に身を費やすこともあるが、少なくとも我が王家は政略婚を良しとしない。そのくせ自分のわがままで彼女にそれを強要した。だからこそ俺には彼女に愛されたいなどと思う資格はないのだ。

 どんなに憎まれてもいい。嫌われてもいい。母国を盾に無理矢理娶られた彼女にはその権利がある。ましてや彼女は女性にとって最も屈辱的な仕打ちを……愛してもいない男の子供を産まされるのだ。それでいて愛を乞うなど愚かしいにも限度がある。

 彼女に望むのは王家の血筋を残す為ではない。全ては俺のエゴだ。例えいかに恨まれたとしても、彼女との子供が、俺達が結ばれた証がいれば何があろうと耐えられる。

 だから一人生まれたならば、もう二度と彼女に触れるつもりはなかった……はずだったんだが。



 セラが健やかによく眠っているのを確認して、寝台に戻る。

 親がむつみ合う姿を見せるなど教育に悪いと思い、とっさに張った結界はちゃんと機能していたようだ。それでなお、セラの声は聞こえるようにと色々と条件を盛り込んだから若干心配していたのだが。

 このような用途でなんだけども、今回ほど自分の魔法の才に感謝したことはない。


「……リーチェ」


 すうすうと小さな寝息を零す彼女の表情は安らかで、少なくとも隣に居座る俺を拒絶している様子はない。

 起きないよう細心の注意を払いながら、名前を呼んでそのやわらかな頬にそっと唇を落とす。どちらも彼女が起きている間にはできないことだ。

 閨事についてはもう半ばヤケクソで何とかなっているが、それ以外における彼女とのコミュニケーションは壊滅的である。この部分だけ抜粋すると我ながら最低だと思う。

 元より俺は人付き合いというものが苦手で、彼女相手になると更にポンコツになってしまう。気の利いた言葉はおろかまともに会話すらできない。ただただ彼女の言葉に耳を傾けるので精一杯だ。自分がここまで情けない男だとは。

 愛の囁き一つ紡げぬくせに彼女を抱くことばかりに慣れていく。今夜だって産後間もない彼女相手に致すなど……それでも男か。これでは盛りの付いた獣とそう変わらないではないか。

 ただそのおかげでセラに恵まれた訳だが。生まれたばかりの娘と初めて対面したあの瞬間、人目がなければきっと再び俺はかつてない喜びに飛び上がって、しまいには踊り狂っていたことだろう。あの場に家臣がいてくれて本当に良かった。

 もちろん王子でも生まれてきてくれるだけで何よりだが、上に一人、下に二人、いかに見目が整っていても野郎だけの男臭くむさ苦しい環境で育ってきた俺はずっとずっと娘が欲しかった。

 リーチェのお腹にいる時から愛おしく、会える日が待ち遠しくて仕方なかったが、生まれてみたら想像のはるか上を行く愛らしさで。

 リーチェが妖精ならセラは天使ではないか、なんで二人とも背中に羽が生えてないのか心底疑問である。でも付いてたら神やら精霊に連れて行かれそうなので却下。連れて行くなら問答無用で始末するが。

周囲が言うにはセラは幼い頃の俺によく似ているらしい。色合いについては一理あるかもしれないが、少なくともこんなに可愛くなかっただろう。この可愛さとあれを比べるのはあまりにおこがましくないか。

 あの愛くるしいリーチェの子だけあってセラは語彙力が溶けるぐらいかわいい。リーチェから引き継いだ唇や爪の形は特に惹かれるものがある。

 こんなにも可愛らしい子をかわいがらずにいられるか、否、この愛らしさを前に親馬鹿になれない父親などいるはずがない。きっと将来のセラは目を見張るような美しい娘になることだろう。気が早いとはわかっていてもセラが嫁ぐ日を考えて気分が落ち込む。といっても、いざとなったら俺を倒すぐらいの気概のある男でなければやるつもりはないが。


「……俺は期待してもいいのか」


 君に嫌われていないと思っていいのか。ただでさえ小さな問いは尻すぼみになる声量のせいで、自分の言葉でなければ理解できなかっただろう。

 つい口に出してはみたが、真正面から彼女に尋ねるだけの勇気はない。んなわけあるか、お前の顔なんざ見たくもないわとか言われた日には死ぬ、死んでしまう。いやあの優しいリーチェがそんなこと言うとは考えられないが、それでも気遣って苦笑いとか浮かべられたらやっぱり死ぬと思う。それだけの仕打ちをしている以上、可能性はゼロじゃない。

 フィジカルに関しては今を生きとし生けるもの相手ならば負けなしと自負している。でも自慢じゃないがメンタルに関しては飴細工より脆いぞ俺は。

 マッチポンプと言われてしまえばぐうの音も出ないが、家族から引き離され、慣れぬ環境に不安がる彼女に対し、できる限りのことは行えたと思う。だからこそ嫁いできた当初に比べて、リーチェは笑顔を見せてくれるようになったのだろう。ただ、まさか彼女の口からあのような発言が出るなどとは全く予想になく。

 赤子がもっと欲しいだなんて。耳にした瞬間、動揺のあまり扉と盛大に喧嘩してしまっていた。あれは今までの人生で(主に教育から逃げ出そうとする兄に対して)決めてきた頭突きの中でも最も勢いがあっただろう。

 まだちょっとずきずきするし、ぶつかった時は頭蓋骨が割れたかと思った。けどその痛みのおかげで、俺の惨めな妄想ではなく現実だと悟って嬉しかったのだが。激痛を負ってニヤつくとかあらぬ噂が立つだろうから何とか我慢したものの、兵士達が慌てふためく中、俺は一人喜びを噛みしめて。

 だがここでふと我に返る。そんな都合の良い話があるものなのだろうか。子供を愛せても、その父親を愛せるとは限らない。そんな話は今昔問わず、ごまんと溢れかえっている。自分の行いを考えればそっちの方が自然ではないか。

 嫌われるのも憎まれるのも、何ならどうでもいいと思われていたって仕方ない。望んでいないから諦めているからこそ、優しく振るまえることもある。人間なんてそんなものだ。


「それでも俺は君を」


 言いかけて口を閉ざす。俺は今、何を言おうとした。今は眠っているとは言え、万が一届いてしまったらリーチェにとっては重荷にしかならないだろうに。

 一息おいて、薄く開いた彼女の唇を指でなぞる。続けて静かに己の唇をそこへ重ねて、自分もまた眠りに就いたのだった。

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