青薔薇を摘む
蛮族王子×長女
騎士としても活躍している王女様が初恋相手と結ばれるまで
旧題:騎士姫の初恋
とある世界の大国ラドゥガには、それはそれは美しい五人の王女様がおりました。
以前お話させていただきました末姫様の次に語らせていただくのは長姉であるセラ様。
ん? どうなさいました? ……セラは男性名? それにはちょっとした事情がありますので今からお話いたしますね。
セラ様は愛称であり、彼女の本名はセラフィナール様。彼女もまた末姫のウィーニ様ことウィルアーニャ様に負けず劣らず長いお名前なのです。というかラドゥガ王族は軒並み長い名前の傾向にあります。
え? なんですか? ウィーニ様の本名はどこで出てきたのか、ですか?
……細かい事は気にしてはなりません。うっかり出し忘れたとかそういうアレじゃないので、ええはい。
ともかくあの長さでは普段使いには向かないとのことで決まった愛称がセラ様なのです。
本来であれば女性である以上フィーナ辺りが最適かと思われるのですが、セラ様自身が現在の愛称を気に入ってしまっている以上、仕方ありません。
前置きが予想より長くなってしまいましたね、幾度と話の腰を折ってしまい申し訳ございません。
今から紡がれますは、美しい騎士姫の、これまた一途な恋物語です。
◇
一向に隙を見せぬまま次々と繰り出される打撃。それでも好機が訪れるまで私は待つ。
試合が始まってどのくらいの時間が経ったか。得物は真剣ではないとは言えど、いつだって緊張する。
防御と回避、紙一重と過剰を無作為に。そうしてリズムを崩すことで、相手の剣筋は徐々に乱れ始めた。だとしても振り下ろされる剣は力強く、まともに受け止めれば押し負けてしまう。それほど男と女の力の差は大きい。
だがそんなわかりきったことで勝ち筋を見逃す程度の実力ならば、とうにこの立場を明け渡していただろう。
剣筋の軌道を逸らしながら受け流す。それに相手がぐらと大きく体勢を崩した。捌ききったと確信した私は相手がバランスを取り戻す前に彼の剣を弾き飛ばした。からんからんと音を立て剣が転がり、相手が膝を付く。
「……参りました」
降参の意味を込めてだろう、相手が両手を挙げるのを確認した私は剣を鞘へと収める。その瞬間、観客となっていた他の兵達が一斉に声を上げた。その惜しみない歓声は毎度のことながら気恥ずかしさを覚えさせられる。
「付き合ってくれてありがとう、ロン。良い鍛錬になった」
「いえいえいえいえ! 俺の方こそ殿下……副団長のお相手ができて光栄です!!」
さっきまでの容赦ない剣戟が嘘のようにかしこまる青年。彼はこの王宮騎士団の若手の中で最も期待を受けている男だ。
妹からの強い要望があったとはいえ、私より二つも年下にも関わらず、既に彼女の護衛も任されているほどである。
私も前々から見込みがあるとは思っていた。だが遠慮しているのか、ロンは他の者と違って私に試合を申し込まない。だから今回こうして、私から戦いを挑んだわけだ。
……剣を交えて尚更、実感した。この腕なら団長が目にかけるのもわかる。感心しながら互い訓練へと戻る。
模擬戦も訓練の一種として認められているが、やはり基礎練習も大事だ。
それに何故か私が試合を始めると対戦相手以外は皆、観客になるからな。休ませてばかりもいられないのである。
◇
本日の訓練と執務を終え、私は自室の寝台に腰掛けていた。あとは眠るだけ、ならば湯冷めする前に掛布にもぐるのが最もだろう。
けれど私は手にした彼の写真を見つめるばかり。私は眠る前になるとこうして彼の姿を目に焼き付けていた。せめて夢だけでも彼に会えるように。悲しいかな、眠りが深いあまり叶う事は滅多にないのだけれど……。
私セラはラドゥガ王家に生まれた五人姉妹の長子である。長子に生まれた身でありながら、末の妹に先んじて嫁がせる事となってしまった。そして二十一にもなって私は婚約者すらいない。
原因はわかりきっている、女の身でありながら騎士団の副長を勤めるような娘を誰が欲しがるのか。求婚ではなく決闘を挑まれた回数の方ならば、もはや数え切れないほどだけども。言ってて悲しくなるな……。
殿方が好むのは妹達のように華のある淑やかな娘だ。だが私は幼い頃より淑女の嗜みである音楽や刺繍が苦手で、剣を振るのを得意としていた。かろうじて乗馬は好きだったが、あいにく淑女みたく横鞍を使ったものではなく、男性向けの本格的な乗り方しかできない。
私の両親は寛容だ、自分達は生き方を定められていたから娘達には自由に生きてほしいのだと。
だから女の私が王女の身で騎士団に勤めだしても一切咎めることはなかった。騎士団の団員達こそ最初は反対していたが、どんなに諦めさせようとしても食らいつく私に最後は折れてくれて。
そしてがむしゃらにあがき続けて幾ばく、気付けば私は副団長の地位を得ていた。
両親には申し訳ないが、私はきっと誰の妻にもなれないだろう。王女に生まれた以上、父が命ずるならばいくらでも従う。だが私のような男勝りを望む殿方などありはしないから。
『俺が勝ったら俺のとこに嫁に来いよ、絶対だからな!』
かつて、過去に一度だけ私を妻に望んでくれた人がいた。
でも彼だって今の私を見たら撤回することだろう。いや……きっとじゃないな、断言する、はっきり拒絶されるに決まってる。あの頃に比べてますます勇ましくなってしまった私なんて軽蔑されて当然だ。
「……私も女々しいな」
手にしていた写真をゆるゆると慈しむように撫でた。すっかり色褪せてぼやけた輪郭をなぞるその手は豆だらけで、自分のものだと言うのに少し嫌になる。
これは努力の証、そう頭ではわかってるくせ妹達の美しいそれと比較するなんて本当に女々しくてうんざりしてしまった。
湧き出てきた悪感情を勢いよく頭をふるって追い出す、気を取り直したところで私は瞼を閉じた。
本当はあの写真を頼らなくたって鮮明に彼を思い出せるのだ。今だって瞼の裏に彼の姿がはっきりと浮かんでる。
ただしその彼は私が初恋を捧げた当時、つまり十年前の少年のままなのだけれど。私は今の彼がどう成長したのか知らないのだ、あれから気まずくて一度も会っていないから。
彼は十年前、ラドゥガへ留学してきた友好国の王太子だ。年齢的に言えば同い年の次女や三女こそ気が合いそうなものだが、ひょんなことから私の方が意気投合してしまった。日々剣を交わし、馬を走らせ、彼と過ごす時間の楽しいことと言ったら。
女性らしかぬ私の趣味に付き合いながらも彼は私を女性として扱った、それがきっかけで私は彼に恋してしまったのだ。
我ながら単純だと思う、けど初めてだったのだ。私を王女して見る者は私の気性を受け入れられないし、騎士達にとっては私は仲間であって女として認めなかった。
前者は当たり前のことだ、後者とて自分から望んだものだからかまわない。
けれど、それでも、どこかで私は王女であることも騎士であることも許してもらいたかったんだろう。だから彼の対応がどうしようもなく嬉しかった。
留学期間を終えて彼が国に帰ることになった日、私は彼にプロポーズされた。他でもない恋した人から求められ、舞い上がった私はひと思いに頷こうとしたが。その時、頭の隅に僅かに残っていた理性が囁いたのだ。
私などに王妃が務められるのか、と。淑女の嗜みすら満足にこなせぬ女、日に焼け土埃に晒された体は王族の娘のそれではない。母のように夫を立てられるような可愛らしい娘じゃない。
だから断った。私は貴方に相応しくないのだと断るしかなかった。そこから何故か一騎打ちを申し込まれ、彼に花を持たせる考えすら浮かばず打ち負かしてしまったものだから、やっぱり私はどこまでも女に向いていないのだと思い知らされた。
そのくせ彼が帰った後から三日三晩泣き続け、あげく十年経った今でも引きずっているのだから自分の愚かさには呆れかえるばかりだ。
なんで今更こんなことを思い出したのだろう。そう自問自答しておきながら、本当はわかっていたのだ。できることなら知らないふりをしていたかった……彼が近々結婚するという事実を。
もうすぐ彼の十八回目の誕生日がやってくるのだが、彼の国ではラドゥガと違い十八才が成人とされている。そして世継ぎは成人と共に妻を娶るのが習わしなのだ。泣いても嘆いても王となった彼の隣には――
ぽたぽたと写真に何粒目かわからない雫が染みこむ。また写真を痛めてしまうと思いながらも、これまでになく私は手の中の彼を滲ませていく。
この道を選んだのは他でもない私だ、だからこそ彼と親しくなれた。
なのに私は矛盾したことを考えてしまう。どうして私はもっと王妃に相応しいような女を目指さなかったのだと。
「ラオ……」
泣きじゃくりながら呼んだ彼の名前に私の胸はひどく締め付けられた。
◇
「……決闘状、ですか?」
「ああ、念のため彼の国にも確認したが間違いないと」
「はあ……」
こんな気の抜けた返事は無礼以外の何物でもない。だが父はまったく気にした様子なく、その封筒を渡してきた。
表面には件の文字と私のフルネームが堂々と記載されている、どっちも大きく書きすぎてちょっとバランス悪いな。裏返して確認した封蝋の印璽は間違いなく彼の国の紋章だった。
宛名を刻む字は記憶にあるそれよりも整っていたが、所々クセが残ってて代筆ではなく彼が書いたのだとわかった。
ペーパーナイフで封筒の上側を切る。中に入っていたのはごく普通の便箋が一枚、早速開いてみれば一行目にでかでかとまたもや決闘状の文字が。見るからにやる気溢れているな……。
困惑しなかった言えば嘘になるが、少しばかり安心してしまった。彼からの手紙が来たと聞いた時はてっきり結婚式の招待状だと思っていたから。あんな無礼な真似をされたとはいえ私は大国の王女だ、彼の立場的に招待しないわけにはいかない。
ともかく彼は何故、決闘状など送ってきたのだろう。他の挑戦者と違って副団長の座など欲する必要などないのに。ただ疑問は抱いても些細なことだと思ってしまう自分がいる。
「セラ、内容が内容だ。無理に応える必要はあるまい」
「ありがとうございます、お父様。ですが私はこの申し出をお受けします」
「……そうか、ならばそのように手配しておこう」
彼の国にも大きな闘技場があったはずだが、彼としては当国で行うつもりらしい。大々的な試合なら金銭面の問題が発生するが、個人による決闘ならば準備もさほど必要ない。
あとは彼が卑怯な真似をするなど端から考えていないが、その方が応戦者である私にフェアに進められるのもあるか。それと……さすがに着いたその日に戦うとはいかないが、他国への移動による負担もハンデとなりかねない。
私が思いつくのはおおよそこれくらいだが、手紙の最後の一言はそういった意味で書いたのだろう。けれど私の唇は勝手に緩んでしまう。彼らしい、そう思いながら『会いに行くから逃げるなよ』この文字を私は何度も目で追ってしまう。
十年という歳月は彼の剣をどのように変えたのだろうか。あの頃は年齢差故に私の方が体格に恵まれていたが、それでも気を抜いていたなら私が敗れていた。
練り上げられた技術に加えて、体格も逆転しているはずだ。それがどこまで試合に影響するのか。だけども私とてこの十年、無為に過ごしてきたつもりはない。手心を加えるなどもってのほか、本気でいかせてもらう。
強敵の予感に胸の奥で炎がくすぶる。だがこの高ぶりはそれだけが原因じゃないだろう。だってラオに会える! 気まずく思いながらも本当は会いたかった、でも会えるだけの理由が浮かばなくて会いに行けなかった。
これは最後のチャンスだ。心置きなく彼と剣を交わして、それで吹っ切ってみせよう。ああ、本当に楽しみだ。
◇
時が過ぎるのは思いの外早い。あっという間に訪れた運命の日、私は闘技場のアリーナに立っていた。どうしてこうなったんだろう、と今更過ぎることを考えながら。
彼との決闘自体には何も問題はない。そこにいかなる理由があろうと私は彼の申し出を受け入れた、一度引き受けたことは成し遂げて当然だ。
ただこればっかりは少しくらい悩んだっていいだろう。これは私的な決闘、間違っても見せ物ではない。なのに観客席に空席が見当たらないなんて。
私は内密にしていたのにラオの方が大々的に宣伝したらしい。王太子が自らふれ回った事と、競技者がどちらも王族であることが話題を呼んでこの有様。ラドゥガと彼の国の民のみならず、他国の貴人の顔もちらほら窺えた。
観客席の上部へと視線を動かす、特等席に並ぶ家族を見つけて少しだけ息を吐く。私が見ていることに気付いたのか、ビアンカとセシリーは何やら盛り上がっていた。何分距離があるのではっきりとは見えないが、おそらくリリーは呆れた顔をしてるんだろうなあ。心配しているだろう父とは裏腹に母はいつも通りの調子で手を振っていた。緊張にぎこちない笑みになりながらも手を振り返した。
その直後、あれだけざわついていた場が突如静まりかえる。静寂にざっざっと砂の擦れる音はよく響いた、姿勢を正し音の方へと体ごと向ける。
「待たせたな、王女様よお」
もう一人の主役のおでましに会場が揺れるほどの歓声が沸き立つ。特に彼の国の民と思わしき者の熱狂ぶりは凄まじかった。噂には聞いていたが彼の自国での人気はなかなかのようだ。
後ろで一つ纏められた彼の艶やかな黒髪がたなびく。精悍な顔立ちには面影こそ感じても記憶の中のあどけなさはすっかり消え失せていた。私よりも深い青の瞳がぎらぎらと獰猛に光っている。不敵な笑みと言い、負けるなんて欠片ほどにも思っていないのだろう。
十年の月日はこれほど人を変えるのか。身長も体格もすっかり追い抜かされてしまっていた。無駄のないしなやかな体つきは豹を想像させる。それを見れば自信に満ちた表情を裏付けるだけの実力があるのは認めざるえない。
団長と同等か、或いはそれ以上か。強敵を前に血が騒ぐ、ビアンカのことを言えないぐらい私も血の気が多いらしい。それが他でもないラオとなれば尚更に。
「……会いたかったよ、ラオ」
精一杯の微笑みで心からの言葉を。それに彼は瞬いてスッと目を逸らした。
私もしや何かおかしなことを言っただろうか。不安になって思い返してみたが……やっぱり別に変なことを口にしてないよな?
こんなに自分の言葉に不安を覚えるのには理由がある。私は父に似て口下手で誤解されやすいから気をつけろとリリーから口酸っぱく言われていたのだ。だから自分でも知らぬうちに彼を不快にしていたかもしれない。
私達の空気を察してか、静まっていた観客席がざわついている。ど、どうしたらいいんだろう。
「……不意打ちでそういう顔すんの止めろよな」
そ、そんな顔ってどんな顔だ?! 私はただ笑っただけのはずだ。私の笑顔はそんな変なのか……?
大きな溜息を吐きながらのラオの呟きに動揺する。思わず詳細を訊ねようとした私を止めたのはこちらに向きなおした彼の鋭い視線だった。そんなに睨まれるような顔をしてしまったのか……? 有無を言わせぬ空気に私は口を噤むしかなかった。
「さっさと始めんぞ」
そう吐き捨てた彼が剣を構える、続いて私も型を取った。一転して空気が張り詰め、緊張に唾を飲む。
力は彼が圧倒的に上、技で抗うにしても短期決戦に持ち込まなければ結局押し負けてしまうだろう。最初の一打が要となるだろうが、無事先手を取り出鼻をくじけたとしても五分に持ち込めるか。確実に言えるのは出遅れた時点で敗北が決まるということだけ。
何度も剣を交えた。だから彼の癖は覚えているけれど、今も通用するかわからない。だがそれは彼も同じはず。しかと彼を見据えて神経を研ぎ澄ませる。
審判が開始の合図となる空砲を鳴らすと同時に私は仕掛けた。
「っぶね!」
まずは彼の弱点とも言える右の脇腹。だがこれは読まれていたらしく、あっさり弾かれたが……生憎それは餌だ。剣に意識を奪われた彼の胴へと強化魔法を込めた蹴りをぶち込む、そしてよろけた彼に本命の一撃を食らわせるつもりだった。
蹴りはしっかり彼の体幹を捉えた。だが思ったより彼は体勢を崩さず、その後の追撃も簡単に受け止められてしまった。
「相変わらず容赦ねえなあ」
――まずい。握り込んだ剣に汗が滲む。口ぶりとは対照的に、ラオに焦りの色は見えない。経験から反射的に距離を取ったが、それが悪手だと悟ったのは彼から切り込んできた瞬間だった。
「ッ、ぐぅ……!」
想像以上に彼の剣筋は早く反応が遅れた。咄嗟に受け止めたが体勢が悪い、重い一打からの押し込みにびりびりと手が痺れてくる。どうにか払ったものの、刀身を流せずまともに食らったものだから手の痙攣は解消されず。
無理に突き出した剣は攻撃を与えるどころか大きな隙を生んだ。彼はこれほどのチャンスを見逃すような馬鹿じゃない。トドメの殴打が鍔を襲う。
すっかり弱っていた握力にその攻撃だ。ほどけた私の掌から剣が滑り落ちる。拾い上げようと腕を伸ばしきる前に私の首へ彼の剣が当てられる……もはやここまでか。
「強くなったな、ラオ」
「当たり前だろ、あれから何年経ったと思ってる」
「……それもそうか。降参だ、ラオ。貴方の勝ちだ」
私の言葉に審判が勝者の名を叫び、ラオが剣を置く。まだ手は震えていた。
あれだけ意気込んでおいてあっさり負けてしまった、だが何とも言えない充足感が私の胸を占める。今回の反省を生かして明日から、また特訓だな。団長がお相手してくださればいいのだが……。
早々の決着に観客席はどよめいていた。その中でも異様だったのがラオの国の民の喜びようだ。言葉で表すなら狂喜乱舞……そ、そんなにラオの勝利が嬉しかったんだろうか?
だとしてもあの喜び方はいくらなんでもおかしくないか? 何か賞品があるわけでもないのに……何故あんなに盛り上がってるんだろう?
それから我が国の民の落ち込みようも凄かった、特に騎士団の団員達が嘆き悲しむ様子は異常である。
「セラフィナール」
あまりにも真に迫る彼らの様子に少し恐怖を感じていたところ、名前を呼ばれた。上から私を見下ろすラオは楽しげに口角を上げている。
彼の圧勝だった、それでも彼にとっても満足いく試合だったんだろうか。ならば嬉しく思う。
「これで文句ないだろ」
「……何がだ?」
ふんぞり返ったラオに問いかけられたが、その前後がわからず私は首を傾げた。ぴくりとラオのこめかみが動く。打って変わって不機嫌となったラオはそれを口にした。
「条件は満たした、これでお前は俺の嫁だ」
何を言われたのか理解できず呆然としてしまった。口を開けたまま固まる私にラオは青筋を浮かべ、口角を引きつらせる。
結局、理解が追いつかず長い沈黙の果てに「え?」と間抜けな声を上げたのを機に彼の感情が爆発した。
「お、ま、え、が、言ったんだろうがああああああ!!」
至近距離で張り上げられた声にびりびりと空気が揺れる。あれだけ離れているのに観客席にも届いたらしく、周囲からの視線が一気に私達へと向けられた。それらを全く介する様子なく、ラオは言葉を続ける。
「『お前みたいに弱い男は私に相応しくない』」
「へっ?」
「プロポーズした俺にお前はそう言った、ならばと挑んだ決闘でこてんぱんにやっつけた後にも言っただろうが『これでわかっただろう、相応しくないのだと』ってなあ……忘れたとは言わせねえぞ……!」
うん、ラオ。確かに私それ言った、後者に関しては言った覚えがあるよ。でも前者に関しては全く記憶が無い。
私は彼に惚れていたのだ。いくら叶わない恋だからってわざと嫌われるような真似はしない、そんなことができる器用さを持ち合わせてるならこんなネチネチと十年も初恋を引きずったりするもんか!
思い出せ私、あの日私は彼のプロポーズになんて答えた? 彼の言葉とか表情とかはすぐに思い出せるのに、自分の事となると途端に出てこなくなる。恥ずかしいやつだなと自重しながら何とか思い返して。
『セラ、俺と結婚してくれ』
『………………すまない、ラオ』
『……どうしてだ?』
『相応しくない』
『ああ゛ッ?! んなの、やってみねーとわかんねえだろーが! 剣取れ、剣!! 決闘だ!!!』
回想終了と同時に頭を抱えた。
当時の三歳差は大きく、あの頃は私の方が背も力も育っていた為に彼と戦うとなると私がいつも勝っていたのだ。それをラオはもの凄く気にしていた、次は絶対に負けねーと悔しがりながらも訓練に打ち込んで。
そんな背景がありながら、あんな言葉を返せば……彼が勘違いして当然だ。こればっかりは私が全面的に悪い。
「その様子だと思い出したみたいだな」
「うん、ラオ、すまない。この件なんだが」
「言い訳無用。話は終わりだ。正々堂々と戦ってお前は俺に負けた、違うか?」
私の訴えは彼にたたみかけられ、空しく消え失せる。違わないけど違うんだ。でも何から説明すればいいのか、ぐちゃぐちゃになった頭では上手く説明できそうもなくて。そんな私を眺めながらラオは続ける。
「納得いかねーか、でも残念だったな。なんせ観客全員が証人だ」
「も、もしかして人を集めてたのは……」
「金も取ってねーのにそれ以外に何があるんだよ。ま、これで言い逃れできねーのはわかっただろ?」
それは私が知ってる彼ならば絶対使わないであろう搦め手だった。勝てば良いが、もし負けた場合にはそれだけ多くの人に敗北者だと知られる事となる。私は気にしないがプライドの高い彼ならば躊躇しそうなものだが……絶対に勝つ自信があったんだろう。
父譲りの鉄仮面の下ですっかり目を回してる私へ、ラオはあくどい顔を取っていた。まだあるのか。
「『ラドゥガの青薔薇、彼女は言った。私を摘み取りたければ力を見せよと。聞きたる幾多の強者が挑めど、今なお彼女に触れるものはなく、故に彼女は麗しき孤高の騎士姫として咲き誇る』」
「ラオ、どうしたんだ。急に詩なんて貴方そういうの好きだったか……?」
問いかけの声色は自分でもわかる程度に困惑していた。いやだってあの吟遊詩人を見る度うんざりしていたラオが吟じるなんてなあ……。ただ、かなり投げやりに聞こえたけど。
私の質問に彼は舌を出す、その表情にはありありと嫌悪が貼り付いていた。
「冗談じゃねえ。何とぼけてんだ、お前自身がお前の詩を知らないなんて」
「しらない」
「は?」
「初めて聞いたぞ、何なんださっきの、というか、え、あれ私の詩なのか? 嘘だろ、なんだ青薔薇って、孤高の騎士姫って、行き遅れを捕まえて何をほざいているんだ」
最初こそラオは怪訝そうな表情を見せていたが、私の様子から嘘ではないと気がついたのだろう。徐々に毒気が抜かれたのか、最終的には気の毒なものを見る目になっていた。
座り込んだままだった私にラオが手を差し伸べる。彼の手を借りて立ち上がれば、パッパッと私の足についた砂埃を払って、それからラオは自身の眉間を揉んでいた。
「お前、今まで幾度となく決闘を挑まれてたんだよな?」
「あ、ああ……今は落ち着いたが、確か副団長になった頃からだな。皆、口を揃えて『勝利した暁にはその座を貰い受ける』と口上と共に挑んできて。知らなかったんだ、そんなに副団長の役職が人気だなんて。いや、ただ成人したばかりの小娘に従いたくなかっただけかもしれないが……」
改めて口にすると悲しくなってきた。当時もそれでひどく悩んだものだ。ちゃんと納得した上での就任だと思ってたのに、もしや王族に対するご機嫌取りだったのか、我が国はそのような理由でこの重役を選んだのかと。それらを否定したくて、実力で得たのだと証明しようと次々訪れる挑戦者達を、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ……。
だんだん落ち込み始めた私を我に返したのはラオの大きな溜息だった。頭をガリガリかきながら彼は厳しい視線をぶつけてくる。
「わかった、お前が何もわかってないことがはっきりわかった。そういえばお前そういう奴だったな……」
呆れ果てた様子のラオは一から説明してやるから黙って聞けと。言いつけ通り口を閉じたまま頷く。
見かけに反して案外ぬけている、初めて私をそう評価したのは他でもないラオだった。
ラオも大家族かつ五人兄弟の長子で、だけど私と違って彼はしっかり者だった。年上の私よりよっぽど年長者の風格を纏っていた。
だから過去にも今のような雰囲気になることは度々あって。
「俺がプロポーズした時も、その後の決闘も、俺達以外の人間がいた。だからお前のあの発言を聞いて俺と同じように『お前は自分よりも強い相手しか夫にしない』と解釈した奴がいる。そいつ自身が吟遊詩人だったのか、はたまた知人に居たのか、それはわからないがとりあえず詩となってこの話が広まった。ここまではわかるか」
「う、うん」
「お前は父親譲りの美貌を持った大国ラドゥガの王女。となればお前を妻に望む男は後を絶たない、だからお前は次々と決闘を挑まれていたわけだ。男どもからすれば成人して妻にもらえるようになったから、ただそんな事とは知らないお前はタイミングからして副団長の座を狙ってると勘違いした……これもわかったか?」
腑に落ちない点もあるがここはひとまず置いておこう、黙って頷く。
こんな時に考えるべきじゃないが、今の彼は幼子を諭すような振る舞いがあまりにも板に付いていて、やっぱりお兄ちゃんなんだなあとしみじみしてしまった。ただその発想からすると私が二十一にもなって幼子の扱いを受けていることになるのだが。
「大方理解したなら逆に聞くけど……結局セラはプロポーズの返事、本当はなんて言ってたんだ?」
「それ、は」
「あの時は頭に血が上って気付かなかったけど冷静に考りゃあ、おっかしいんだよな。ラドゥガ王ならともかく自己評価が低いお前があんな条件出すなんて。どうせネガティブこじらせて厄介な方へ自己完結してたんだろ、ほら正直に言えば怒らねーからさっさと白状しろ」
その通りなのかもしれないけれど……それ絶対怒るやつじゃないか。言いたくないなあと尻込みする気持ちはあったが、言わないともっと酷いことになるんだろう。
だから私は自分の考えを全て吐いた、私は王妃に相応しくない女だからと。泣きそうになりながら言葉を連ねていく。話を聞き終えたラオの眉間には深い皺を刻まれていた。何度目か分からない溜息を彼がこぼす。
「俺の国は蛮族達が建ち上げただけあって荒くれ者どもの集まりだ。そんな成り立ちのせいか、どいつもこいつも血の気の多い奴ばっかりで、強さこそ全てなお国柄なんだよ。お前の言うお嬢さんとやらじゃ務まらねーの」
ラオのその説明に私は希望を持ってしまう。私の両肩を彼が掴んだ、じっと彼を見つめる私の目はきっと縋るような色を見せているのだろう。
「……お前、さっき俺の国の奴らが馬鹿騒ぎしてたの見たよな」
頷く。私の国の民が悲しんでたのも見たぞ!と言おうとしたけれど、何だか生暖かい目を向けられる予感がして首を振るだけに留めた。変な所で私は勘が鋭いのである。
すうと大きくラオが息を吸う、肩を掴む手に力が入って。
「お前の人気、俺の国で異常に高いんだよ! そりゃそうだろうな、とんでもない美人な上にクッソ強えんだもんな!! おかげで『セラフィナール様を何としてでも嫁に貰ってこい』って、お前に振られてから十年間ずーーーっと周りの連中に心身共々扱かれてきたんだからな?! おかげでお前が言い逃れできねーように囲い込むの大喜びで手伝うのは助かったけど、あいつらがああなってるのはお前が嫁に来るの喜んでるのであって、俺の勝利とかわりとどうでもいいからな!?」
「そ、そんなことは……」
ないと言い切りたいのだが、ラオが指さした方からは「その通り」だとか私の名前ばかりが野太い声で飛んできていて。ええ……? こんな時ってどんな顔をすればいいんだろう……。
頭の中が真っ白になっている私とは逆にラオは至って平静だった。手を取られ握り込まれる。
「俺はお前が好き、お前は俺が好き、ついでに俺の国民もお前が好き。もう何も迷うことねーだろ、わかったら嫁に来い」
「だ、だけど」
「まだ何かあるのか、もうこうなったら全部論破してやるから言え。あいにく理詰めは苦手だがそれはお前も同じだしな」
「いや、その……えっと……」
頬が熱い。というか顔が熱い。繋がれた手はもっと熱い。動揺しているだけでもう反論なんてないのだ。
勝手に唇が緩む、そこから「嬉しい」と呟くのが精いっぱいだった。次の瞬間、唇にやわらかいものが触れる。
「わ、わっ」
いやに観客席が騒がしい。ぽかんとする私の目の前に少し赤くなったラオの顔があって、理解が追いつくより先に横抱きされた。軽々持ち上げられたことに驚きつつ、何とか彼の首に腕を回す。その光景を見せつけるようにしてラオが叫んだ。
「お前らーー! わかってんだろうなーー! こうなった以上ぼさぼさしてる暇はねえぞーー!」
ラオの一喝に彼の国の民が大声で応える。他の観客達もすっかりその気で、会場は私達を祝う歓声で満たされていた。
遠目にしかわからないが、特等席の家族もはしゃいでる様子。一人項垂れている父を除いて……え、えっと、その、ごめんなさい、お父様……。
「セラ」
盛り上がる観客達の姿にラオは目を細めていたかと思えば、突如私の頬へ口付けてきた。こ、こんなキザなことできるようになったんだな。
ただやった後に恥ずかしくなったのか、ラオが浮かべた笑顔はちょっとぎこちない。どうやらさっき唇にした時よりも照れてるようだった。ラオは決まらねえなとぼやいていたけど、それが何だか微笑ましくて私もつい唇に弧を描く。
「十年分、しっかり覚悟しとけよ」
「……望むところさ」
◇
こうして騎士姫と呼ばれた王女様は十年の歳月を経て、恋い焦がれた王子様と結ばれたのでした。
この話もまた人々に受け継がれていき、そこでは二人を引き裂こうとする者が現れたり、再びすれ違ってしまったり、なかなか波乱に満ちた人生を送ったとの事ですが……。
本当のところはごくごく平和に、二人は美しく強い王子様達に恵まれ、いつまでも睦まじく暮らしたとさ。
これにて騎士姫様の物語はおしまいおしまい。




