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ラドゥガ王室恋愛譚  作者: ばいおれんじ
謳われぬ末姫
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謳われぬ末姫

竜(人間にならない)×五女

醜い姫に恋をした、人になれない竜のお話

 大国ラドゥガを治める王には五人の娘がいる、大陸中の詩人達は彼女たちについて謳う。

 一の姫の凜とした美しさを、二の姫の誰もが目を奪われる妖婉さを、三の姫の花のような可憐さを、四の姫の学者すら舌を巻く聡明さを。

 声高らかに詩人達は今日も謳う――末姫を除いて。



 そばかすだらけの赤毛の娘、大きな国の小さな姫君。その少女が私の元へ訪れていたのは今から五年ほど前の話だ。


 私のすみかは人どころか獣すら滅多に見られぬほど森の奥深くである。鬱蒼と生い茂る木々に囲まれているせいで昼でも薄暗く、はっきり言ってしまえば不気味な印象を与える。周囲は木が立ち並ぶばかりで間違っても童の気を引くようなものはありはしない。

 だが彼女はそんな事どうでもいいと言わんばかりに、実際全く気にもとめずに毎日私の元へ足を運んできた。


 当時の彼女はまだ十になったばかりの幼子だった、しかも一国の姫君ときた。にも関わらず護衛も付けないでこんな場所へ足繁く訪れるのだ。おかげで私がどれほど気を揉んだことか。

 現国王夫妻と娘達の仲が睦まじいとの噂はこんな辺境にまで届くほど、特に王の娘達の溺愛ようは飽きるほど聞いている。

 あれは嘘だったのか? いやだからこそ自由にさせて……にしたって放任主義にもほどがあろう。色々不安になったが、彼女の話を聞いている限り家族を慕っているようだったので、ひとまずその問題については考えるのを止めた。考えた所でどうにもならないこともある。

 だから私にできることは彼女の話相手になることだけだった。


「……またいじめられたのか、ウィーニ」


 ある日いつも通り訪ねてきた彼女はボロボロと大粒の涙をこぼしていた。まろい頬を伝い落ちた涙がドレスを色濃く染める。

 走ってきたせいか、ただでさえ荒れた呼吸を乱しながら彼女は泣きじゃくる。そこに言葉は無い。耐え忍ぶように彼女は唇を噛みしめていた。


 その痛ましい姿を見かね、私は黙って果物を差し出す。こんな時に無粋だと非難されても仕方あるまい。

 だが私は宥める為の言葉を持ち合わせていない。元々上手くない口は長らく会話を交わせずにいたせいか、望んだ時ほど縫い付けられたかのよう動かなくなる。

 言葉で伝えられぬならば行動で示すしかない。私は旨い物を食らえる時は幸福だ、だからこれは私なりの精一杯の慰めなのだ。

 女心をわかっていないと言われてもできぬものはできぬ。雌などそもそも同種にすらここ千年以上会っていないのだ。

 それに私には涙を拭うための肌を持ち合わせていない、むやみに触れてしまえば彼女の柔肌を傷つけてしまう。私は彼女とは異なっているのだから。


 厚い鱗に覆われた巨躯、大きく鋭い牙に尖った角。そう、私は竜である。数百年前からこの森に居座る、人ならざるものだ。

 そしてこの国の末の姫である彼女はもちろん人間だった。


 私はとりたてて人間に詳しいわけではないが、彼女が人間の中でも変わり者なのはわかる。

 彼女の国の祖は邪悪な竜を退治した英雄だと言われている。その物語は長い月日を経た今でも御伽噺として伝えられてきた。そしてその話を聞いた彼女は何を思ってか、王子ではなく邪悪な竜に興味を持ったわけだ。

 残念ながら邪竜は英雄に倒されて以来現れていないが、彼女は近くに住む私の話を聞いてしまった。近くと言っても城はおろか人里から随分離れた森、それも奥深くにいるかもしれない程度の噂だ。そこで諦めるのが普通だろう、おそらく。

 だが彼女は意気込んでやってきた、おかげでてっきり近くの村(と言ってもかなり離れているのだが)から迷い込んできたのだと思っていた私は事情を聞いて唖然としたのを覚えている。それが彼女との関係の始まりだった。


 彼女の度外れた性格にこの国を憂えたこともあった。だが毎日訪れられるうち、彼女の奇想天外ぶりにも慣れてしまった……雨の日も雪の日も嵐の日も来るのは止めてほしかったが。

 天候が崩れている時は来るなと何度も叱ったが彼女は聞き耳を持たず。

 下らぬ私の話を楽しんでくれるのは嬉しいが、それで病や怪我でも負ったら後悔しても仕切れない。私の怯える気持ちも分かってほしいものだ。


 話を今に戻すとしよう。いつも笑顔で訪れる彼女だが、時折このように深く嘆いた状態で会いに来ることがあるのだ。

 私はこの泣き顔にとても弱い。慰めるべきだということは理解していてもどうしていいのかわからなくなる。本当のことを言うならばたいへん困るので止めてほしいが邪険にはできない。

 私は少なからず彼女に好意を抱いている、いいやおそらく自分でも思っている以上に彼女を好いているのだ。でかい蜥蜴風情が何をほざいているんだろうな。


「どうして私は醜いの。父上も母上も姉上達もみんな綺麗なのに、こんな姿じゃお嫁さんになんてなれない……」


 ぐずぐずと彼女が鼻を鳴らす。ああ、そんなに擦ってはいけない。赤くなってしまうぞ。

 彼女は父親以外の男に容姿についてよくなじられるらしい。癖の強い赤髪や、家族の中で彼女だけが持つそばかすに対して。どちらも彼女の個性ではないか。

 また容姿など所詮は皮一枚の話である、しかも老いれば自ずと衰える。真に見つめるべきは内面であろうに。

 そのようなこともわからぬ愚か者どもを嘆かわしく思い、殺してやりたいとまで考えるのは、貶められたのがこの娘だからなのだろう。すっかり枯れたように思っていた竜種特有の攻撃性はまだ私に残っていたらしい。


「もしどうしても嫁の貰い手が見つからないなら私が娶るさ……私はお前を好いているからな」


 彼女の泣き顔にひどく心揺さぶられ、だからうっかり本心を吐いてしまった。馬鹿げた望みを口にしてしまった。

 これには相当驚いたらしく彼女の瑠璃色の瞳は今にもこぼれ落ちそうになっている。


「ほんとう? 本当に?」

「ああ、私は嘘を吐けぬ」

「私、不細工だよ。そばかすだらけで赤毛で」

「なーに私もこの通り、鱗だらけで目つきが悪いぞ。気にするな。そもそも私はお前を醜いなんて思えん」


 私のおぼつかない告白に彼女は心底嬉しそうな顔を見せる。その表情はとても愛らしい、思わず目を細める。

 彼女の身長の倍以上もある私の足に抱きついて、ウィーニは満面の笑みで上向く。


「約束! 約束よ、エリオット! 私、貴方にもっと好きになってもらえるよう頑張るから、絶対にお嫁さんにしてね!」

「……待っておるぞ」


 無論、この約束が果たされる事はないのだろう。私が愚者であることは確かだが、そこまで無知ではなかった。

 私は竜だ、今を生きるだけのただの竜だ。神話を残したような古代種とは違い、人になることは叶わぬ。人を想うことはできても愛されることはない。私は、人間ではないのだから。

 きっと彼女も年頃になれば愛してくれる者が現れる。こんなにも可愛らしい娘なのだ、きっと大丈夫。だから私はただお前の幸福を願うとしよう。


 この逢瀬を最後に彼女が森を訪れることはなかった。



 彼女がこの森に訪れなくなって早五年。数千年もの時を生きていく私にとっては瞬きのようなもののはずだが、彼女に会わなくなってからの時間はひどく長く感じた。

 私は自分で考えている以上に彼女と過ごす日々を楽しんでいたらしい。彼女と出会う前のありふれた日常を、気が狂いそうなほど退屈に感じてしまうのだから。それを押さえ込むのは時折耳にする彼女の噂だった。


 健やかに過ごしている、それだけで良かったのだ。だがここ最近はいっそう彼女についての噂が届くようになった。

 なんでも彼女は姉達に負けず劣らず、たいそう美しい娘になったそうだ。それだけではない、魔法の才にも恵まれて国に大きく貢献しているのだとか。

 よくよく考えればその片鱗は幼い頃からあった、一日たりとも欠かさず城からここへ通うだけの力は見せていたのだから。今思えば何かしらの転移魔法を使っていたのだろう。

 それに彼女の父が大陸一の魔法の使い手なのだ、その血を継ぐ彼女が魔法使いになるのもなんら不思議ではない。この世界はまだ女性の活躍に対して偏見が多いらしいが、きっと彼女は撥ねのけて強く生きていくだろう。あのラドゥガ王の娘なのだから。


 年頃になった彼女はその花開いた美貌のおかげで求婚者が絶えぬと耳にした。風の便りでは近々結婚すると、相手は隣国の王子だと囁かれている。

 わかっていたのだ、諦めていたはずなのだ。元々結ばれぬ相手だと。それでも分厚い皮膚の下の心臓が軋み痛んだ。今まで味わったことのない苦しみに一つ涙を落として。だが同時に思ったのだ……彼女が幸せになってくれて良かったと。

 そう、とても嬉しかったのだ。彼女が愛する人間と結ばれたのならば、なのに。


「……ウィーニ、何故ここにいる」


 足下にはニコニコと私へ笑いかける娘。会わぬ間に見目や雰囲気こそ随分と変わったが、笑顔は幼い頃のままだ。そのため一目で気付いたが……ああ、でも美しくなったな。

 戸惑いながらも私は彼女に問いかける。宝石の瞳が星でも埋め込んだかのよう、きらきらいっそう輝いた。


「約束通りお嫁に来ましたわ、エリオット!」

「……は?」


 彼女の言葉が一瞬理解できず、間抜けな声を漏らす。呆然とする私に彼女は形の良い眉を顰め、むすっと唇を尖らせた。幼子のような動作をしたかと思えば、彼女は非難めいた声で私を叩く。


「エリオット、貴方言ったじゃない! 待ってくれるって! お嫁さんにしてくれるって……!」

「いや、それはどうしても嫁ぎ先が決まらなかった時の話であって……今のお前なら掃いて捨てるほど候補がいるだろう?」


 至って当然の意見を返したはずだ。だがいっそう彼女の機嫌は悪くなったようだ、何故に。

 混乱が収まったわけではない。むしろわからないからこそ、状況を理解すべく私は更に尋ねる。


「そもそもお前は隣国の……なんだったか、とかく長ったらしい名前の王子に嫁ぐのだろう?」

「なんでですの、絶対にありえませんわ! あんな顔だけの男……その顔も父上と比べたらなんて馬糞みたいなものですし、死んでもごめんですわ!」

「ならあの要塞国の将軍でも……」

「アイツ、私が子供の頃は散々バカにしてくれましたの。そのくせ今になって掌を返して求婚求婚……思い出しただけで反吐が出ますわ」


 ケッと淑女らしかぬ荒んだ様子に唖然としてしまう。……私が知らぬ間にも随分と苦労したのだろうな。

 思わず遠い目をしていた私を置いて、ウィーニは唯一鱗の無い腹へとすり寄ってきた。手を添えて、頬を付けて、彼女は瞼を閉じる。


「私、ずっとずっと貴方が大好きでしたの。醜かった私を女として愛してくれたのは貴方だけ」

「……私は竜だぞ? お前が良くてもお前の家族が」

「竜と人間の夫婦なんてよくある話ですわ、それに家族は『孫が生まれたら見せに来てね』とあたたかく送りだしてくれましたもの。父上だけは泣いてましたが、どうせ孫を抱いたら大喜びするので大丈夫です」


 今さらっと流したがとんでもない事を言わなかったか、少しばかし考えた後に彼女の言葉を反芻する……うん、おかしい、絶対におかしいだろう!

 確かにな竜と人間が番になる話はあるな、だが全て古い御伽噺だ。ここ千年でそのような事が実際に起きたなどと耳にしたことはない。ましてや竜と人の間でも子が生まれるなどという夢物語を信じているのか。

 あとその父親の扱いの悪さは何だ、もう少し優しくしてやらぬか。お前を案じてのことだというのにあまりにも可哀想だろう。

 動揺と大胆通り越して難解すぎる彼女の思考回路に頭が痛くなってきた。ただ私が成し遂げねばならぬことはわかる。


「ウィーニ、冷静になれ。私は、私は……お前とは違う生き物だ。竜と人は交わるべきではない、竜の番は人の身には余る。後悔した時にはもう遅いのだ」


 故に私は彼女を拒まねばならない、彼女の幸せを思えば私が伴侶になるなどあってはならない。人間は人間と結ばれ、命を繋いでいくべきだ。そんなのわかりきったこと、竜種は一度手にした番を手放せぬ。だから私が彼女を番に定めてしまう前に遠ざけねば、さもないと――

 彼女は一刻も早く逃げるべきだった。なのにウィーニは離れるどころか私に触れる、どうして私を惑わせる。何故お前の幸せを静かに願わせてくれぬのだ。体格に合わせた心臓が破裂しそうな勢いで弾けるものだから、我が身のことでありながら煩わしくてたまらない。


「それでも私は貴方が良いの。いいえ、エリオットじゃないとだめなの。だから……私を貴方の番に、エリオットの永遠にして」


 そしてウィーニは笑う。私が愛おしいのだと瞳で語りながら、花すら見とれると謳われた微笑みを惜しみなく私に捧ぐ。

 ああ愚か者め、それはどちらを詰った言葉だったのだろう。何にせよ私の葛藤は彼女によって粉々に壊されてしまったのだ。


「私の全てを貴方に捧げます、エリオット」



 昔々誰にも謳われなかった王女様は、いつしか星も焦がれるほどの美姫となりました。

 美しくなった彼女の元には数多の男達が言い寄りましたが、彼女はその全ての求婚を蹴り飛ばし、森の主である竜へと嫁いだのです。


 ……え?その後どうなったのかって?

 一年も経たぬうちに誕生した新たなお姫様が国中を賑わせ、十年後には森にたくさんの子供達が住まうようになったとさ。


 そしてめでたしめでたしで物語は結ばれるのです。

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