蒲原の港町
船を降りた途端、空気が一段うるさくなった。
人の声。荷を運ぶ掛け声。潮と魚と油の匂い。山の静けさとも、川沿いの集落とも違う。ここは完全に「人の場所」だった。
阿賀野川と信濃川――越後平野の二つの大河が運んだものが、いったんここでほどける。蒲原津は、そういう場所だった。
ここは、現代の新潟の中心地であるが、この時代もそれは変わらなかった。まさに、物が行きかう交通の要衝。これだけ近い場所に、これだけ大きな川の河口が二つある場所など、あまり聞いたことがない。
「さて」
相原が、周囲を一度見回してから口を開いた。
「ここから先、どうするか決めましょう」
港の外れ、荷揚げ場の脇。邪魔にならない場所に集まる。
榊原が腕を組んで言う。
「飽海嶽に行くなら、日本海を北上する船が要るな」
「歩くのは?」
僕が言うと、即座に三方向から視線が飛んできた。
「馬鹿を言うな」
榊原。
「論外ですね」
相原。
「正気じゃない」
室田。
瀬戸は言葉にせず、困ったように眉を下げた。
「……だって、地図的には」
「距離だけ見て決めるな」
榊原が、即座に切る。
「陸路と海路じゃ、労力が違いすぎる。陸路なんて、物資も足りなくなる」
相原が続けた。
「それに、私たちは正式な調査指令を受けています」
懐から文書を取り出す。多賀城名義のものだ。
「この蒲原津は朝廷直轄の港湾です。基本的には税や物流の管理役場だとは思いますが、そこで船の手配は可能なはず。少なくとも紹介はしてもらえる」
「慧日寺の紹介状もあります」
瀬戸も、同じように文を示す。
なるほど、と皆が頷いた。
「じゃあ決まりだな」
室田が軽くまとめる。
「蒲原津の役場に行って船を確保する班と、港でここらの情報集める班」
全員の視線が、自然に僕に集まる。
「……僕?」
「他に誰がいる」
榊原が当然のように言った。
「お前、こういう雑踏の中、強いだろ」
否定できない。
「瀬戸さんには一緒に来てほしい」
相原が言う。
「紹介状の数、多いに越したことはありません」
「はい」
瀬戸は頷いた。
「じゃ、満足は一人で動くことになるけど」
室田がちらっと僕を見る。
「大丈夫そうだな」
「まあ」
僕は肩をすくめた。
蒲原津の管理役場に向かう四人と別れ、僕は港の喧噪へ入っていった。
魚市場。船大工。酒場。露店。市井の情報は、こういう場所に落ちている。歩きながら、耳を澄ませていると、早速、酒場の軒先から話し声が聞こえてくる。
漁師か、市場の者か、とにかく、こんな日の高い内から飲んでいるのは、日の出る前から働いている人たちだろう。
「――人魚の肉、だってよ」
「またか。どこから拾ってきたんだか」
「佐渡から来てる漁師がそうだって言い張るんだよ」
干した魚の匂いに混じって、そんな声が聞こえた。僕は思わず、足を止める。
「人魚の肉って……ねえ」
「不老不死のやつだろ」
「化け物になるんじゃなかったか?」
「死なねえなら、どのみち化け物だろうが」
笑い声が混じる。冗談半分。だが、完全な冗談とも言い切れない、妙な間。
「どうせ偽物だ」
「干した獣肉か、魚の臓物だろ」
「でもよ、昔からある話じゃねぇか。――食った奴が、長生きするって」
誰かがそう言って、杯を傾ける。
――人魚の肉。
食べた者は、年を取らない。あるいは、人でなくなる。
どこかで、聞いたことのある話だ。子どもの頃に読んだ昔話か。それとも、もっと最近だったか。とにかく、港町ならではの噂話だった。
少し移動すると、露天で暇そうにしている若い男が、隣の店の男と話している。
「もう一回、――あの歌、聞きてえなあ?」
「なんだ、前に言ってた巫女の歌か?」
「そうそう、いい声してるし、歌も今まで聞いたことのない節回しで、キラキラして、なんか面白れえんだ」
足が止まる。
「どこの巫女だ?」
「さあな。でも噂だと都の方から来たとかいってたかなぁ」
「そういや明日の、彌彦様の祭りに珍しい巫女が来てるって話きいたが……」
「何、本当か! こうしちゃいられねえ。俺は、もう今日は店じまいだ」
……歌う巫女。
胸の奥が、わずかにざわついた。美羽の名前は出ていないが、それでも無視できない情報だった。
そのまま、ここら辺の情報を拾いながら、港を歩く。数日は、ここで足止めになるだろう。船が決まるまで、役場の手続きが終わるまでは。
その間にいろいろと知っておきたい。この辺りのこと。日本海のこと。当然、美羽のことも調べられるだけ調べるつもりだ。
潮風が、強く吹くなかで、僕はそれからも雑踏を歩き続けた。
港は騒がしい。ただ、それ以降、僕の耳に引っかかる音はなかった。
夕方、僕は指定されていた宿に戻ると、すでに四人は戻っていた。早速、宿の一角に集まり、情報共有を行う。
相原が紙を広げる。
「船の件だけど、役場からの返事はこれ」
指でなぞる。
「最短で四日後、でも私たちのログアウトはゲーム内時間で明後日の夜寝るころになるはず。なので、出航はどんなに早くても十日目のログイン以降。海の状況次第だけど、辺に荒れたりしなければ、十日目ログインして数日してからようやく北上できる感じね」
榊原が言う。
「ログアウトまで、丸二日、明後日の夜までは自由ってことか」
「自由行動ってやつですね」
室田が、にやっと笑う。
瀬戸が僕を見る。
「満足くんは?」
「……彌彦神社の祭りが、ちょっと気になってる。変わった巫女が出るって。ただ、少しここから距離があるみたいだから行くなら泊りがけになるかも」
そう港で聞いた噂を話すと、瀬戸は少し考えてから頷いた。
「変わった巫女ですか。それは私も、見てみたい」
「瀬戸さんは、巫女マニアなの?」
巫女に食いついた瀬戸に、室田が突っ込む。この辺、彼は遠慮がない。
「いえ、実家が神社なんです、私」
「へー、じゃあ本職じゃん。板についてる感じはしてたけど、そりゃ納得だわ」
榊原が、素直に感想を告げる。
「ただ、俺は巫女はいいや。巫女カフェなら行きたいけど、本物はそこまで興味なし。それより武器屋を覗きたいな、あと刀も研いでもらいたい」
「私は、あのときの山賊に懸賞金かかってないか調べる。しっかりもらえる物はもらっときたい」
相原は、自由時間も仕事をするようだ。しかしながら、あの山賊の懸賞金とは考えもしなかった。この辺りは抜け目ない。
「僕も、市場には行こうかな。物資の補給もしたいし、戻って転売できそうなものは買っておきたいしね」
補給担当を自称する室田だが、行商人さながらの感性での発言。まあ、彼らしい気はする。
こうして以降の方針は決まった。
他の三人は、僕らとは別行動。再集合は、明後日の夜ということになった。




