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平安京エイリアンズ  作者: 岬口大鴉
【九日目】

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津川の夜桜

 津川の川湊が見えたとき、正直、ほっとした。阿賀野川沿いでは最大級の中継地。船着き場には明かりがあり、人の気配がある。それだけで、今日はもう十分だった。


 船を着けると、役人と船宿の人間が手早く動き出す。物資の確認。船頭の容態の確認。荷を降ろす者、川に浮かべたまま夜を越す準備をする者。

 瀬戸は、まず船頭のところへ向かった。船頭は昼間に矢傷を負った。応急処置は済んでいたが、夜を越すにはもう一度きちんと診ておく必要がある。


「大丈夫ですよ」


 瀬戸の声は、相変わらず静かだった。水の気が豊富な土地だから、と謙遜していたが、周囲の視線は明らかに違っていた。


「……巫女さま、すごいな」


 そんな声が、小さく漏れる。

 榊原は、血のついた刀を拭きながら、どこか上機嫌だった。


「イベントとしては上出来だな。数も多かったし」


 それを、相原が淡々と書き留めている。


「上出来って言葉、記録には使えないけどね」


「硬いなあ」


 室田は室田で、物資の数を数えながら首をかしげていた。


「でもまあ、物資は全部無事っすね。負傷者はでちゃったけど、死人も……まあ、向こうだけだし」


 誰も、その言葉を普通に受け止めている。否定もしない。肯定もしない。ただ、自然にその場を流れていく。

 僕は、そのやり取りを少し離れた場所から見ていた。

 昼間の戦いのあとから、胸の奥に引っかかっているものがあった。榊原たちは、迷わなかった。けれど、僕は、迷った。

 それが、良いのか悪いのか、まだ言葉にできない。


 夜になると、川湊の喧騒は一段落した。船は川に繋がれ、人はそれぞれ休む場所を探す。焚き火は、小さく。川の音が近く、虫の声は少ない。

 瀬戸は、手を洗いに川辺へ向かっていた。治療のあとだ。血の匂いは、もうほとんど残っていない。


「……瀬戸さん」


 声をかけると、彼女は振り返った。


「どうしたの?」


 普段と変わらない声。いつも通り、丁寧で、落ち着いている。でも、今日はそれが少しだけ、遠く感じた。


「いや、桜を見てた」


 港の入り口に、目印のように咲き誇る夜桜が、焚火の明かりに照らされている。


「きれいだね」


 僕は、頷き、そして焚き火のそばに腰を下ろしたまま言った。


「今朝の襲撃のことなんだけどさ」


 瀬戸は、少し迷ってから、僕の隣に来て座る。


「……榊原くんたちのこと?」


「うん」


 言葉にしてみると、思ったより軽かった。でも、胸の奥は、重いままだ。


「NPCでも、人として見てしまう僕が変なのか、それとも……」


「変じゃないと思うよ」


 即答だった。

 瀬戸は、焚き火を見るでもなく、川を見るでもなく、ただ前を向いて言った。


「私は……今日のことを見て、正直、怖かった」


 その一言に、少しだけ息が止まる。


「でも」


 瀬戸は続ける。


「榊原くんたちがおかしいとも、思わなかった」


 静かな声だった。


「彼らは、ここをゲームとして理解している。役割を演じている。だから、迷わない。迷わないから、強い」


 瀬戸は、指先をぎゅっと握る。


「満足くんは……迷っている。でも、それは、見えているものが多いから……だと私は思ってる」


 僕は、苦笑した。


「それ、褒めてる?」


「褒めてるよ」


 即答だった。

 少しだけ、胸が軽くなる。


「でもね」


 瀬戸は、言葉を選ぶように、一拍置いた。


「だからといって、無理に合わせなくていいとも思わない」


 僕は、瀬戸を見る。


「……どういう意味?」


「抱え込まない、って約束したよね」


 その言葉に、はっとする。


「今日の違和感も、苦しさも、全部、君のもの。だけど――」


 瀬戸は、こちらを見る。


「別に、それを一人で処理しなくていい」


 焚き火が、ぱち、と音を立てた。


「私も、榊原くんも、相原さんも、室田くんも……価値観は違うけど、一緒に旅をしてる」


 瀬戸は、少しだけ笑った。


「違うまま、同じ場所にいる。それでいいんじゃないかと思ってる」


 僕は、しばらく黙った。

 殺さなかった自分。殺した彼ら。どちらも、間違いだと断じきれない。


「……瀬戸さんは、どうだった?」


 少し間を置いて、聞いた。


「治療してるとき」


 瀬戸は、目を伏せる。


「……助けたい、と思った。それだけ」


 迷いは、ない。それが、彼女の強さだ。


「らしいと思ったよ」


 僕は、そう言った。


「そのままで……、そのままの瀬戸さんでいてほしい」


 彼女は、少し驚いた顔をしてから、ゆっくり頷いた。


「……満足くんもね」


 その言葉だけで、十分だった。

 焚き火の向こうで、誰かが笑っている。榊原の声だ。大きくて、無遠慮で、生きている。価値観は、違う。でも、同じ川を、同じ方向へ下っている。

 それでいい。そのままで。少なくとも――今夜は。


 川は、焚き火の向こうで変わらぬ音を立てて流れていた――まるで、答えを急かさないと言うように。

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