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平安京エイリアンズ  作者: 岬口大鴉
【九日目】

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弦音

 朝靄が、川面に薄く張りついていた。湿った冷気が肌にまとわりつく。夜明け直後の川は静かで、音がやけに遠く感じられた。

 その違和感に、僕は先に気づいた。


――音が、少ない。


 鳥の声がない。水を打つはずの羽音も、気配もない。代わりに、森の奥から、乾いた緊張だけが伝わってくる。


「……来る」


 声に出すより早く、空気が裂けた。

 キュン、という音。

 次の瞬間、船の縁に矢が突き刺さった。


「伏せろ!」


 船頭の叫びと同時に、二本、三本と矢が降ってくる。狙いは人だ。物資じゃない。確実に、人数と位置を把握している。しかし、狙いはかなり甘い。ひょっとしたら、瀬戸の結界の効果だったかもしれないが、そのときの僕は、考える前に動いていた。

 バックパックを投げ捨て、船の縁を蹴り、川岸へ跳ぶ。足元の砂利が鳴る前に、身体を低くして森に入った。

 視界が一段、研ぎ澄まされる。

 探索スキルが、森の中の「異物」を拾い上げる。軽量補正が効いている。新しい装備が身体に馴染んでいるのがわかる。この距離、この密度――山なら、僕の領分だ。

 人の重み。弓を引く癖。息の乱れ。


……二人。いや、三人。でも関知できていないのが、もっといるかもしれない。


 僕は、木の影から次の影へと移る。そして矢が放たれる直前の、わずかな間を読む。

 最初の射手の背後に回り込み、弓を叩き落とす。悲鳴が上がる前に、二人目の足元を払う。そして、思い切り蹴り飛ばし桜の木に転がすと、その花びらが遅れて落ちてくる。

 ただ殺さない。それだけは、意識していた。


「満足さん、左手の奥、2名います」


 相原の声が飛ぶ。


……よく見えている。


 敵だけでなく、こちらの動きもきちんと把握している。これが彼女の能力か。僕は、その指示通り左手に意識を集中させる。たしかに、こちらで探知できていない射手がいた。


……こちらの動きは、向こうも読んでるはず。少し陽動をかけるか。


 僕がそんなことを考えているうちに、木陰から船を見ると、船には、次々と山賊が襲い掛かっている。数にして10人あまり。

 しかしながら、船の護衛には榊原がいた。侍の太刀が、山賊相手にためらいなく振り抜かれている。


「数、多いな!」


 榊原は笑っていた。楽しそうですらあった。


「こちらで、継続回復をかけます。全力で飛ばしてください」


 瀬戸がそう叫ぶと、榊原の目が輝く。

 室田は船の近くで、山賊を押し返している。前線に出過ぎない。槍で間合いを管理し、船と物資の間に立ち続ける。雑兵頭らしく、槍と体当たりで距離を作り、船頭たちを守っていた。

 その間に僕は、残りの射手を無効化する。これで矢は止むはずだ。

 しかし、代わりに、森から船に襲い掛かる山賊たちが増えている。二十ほど。数だけはいる。僕は急いで船に戻ろうとするが、だいぶ離れてしまった。


 しかし、僕がたどりつく前に、戦況は決した。

 榊原はどんどん前に出る。そこに迷いはなかった。そして、一太刀ごとに、人が倒れる。軍団で叩き上げられた太刀筋。対人戦を前提にした、無駄のない踏み込みの前に、血が川辺に散る。NPCではある。だが人だ。ただ、榊原にとっては、敵キャラなんだろう。そこに躊躇はない。僕は獣ならば仕留めるのに、人だとどうしても止めてしまう。


「引け! 今日はここまでだ!」


 怒鳴り声が飛び、山賊の動きが一瞬止まる。ボスらしい男が、歯噛みしながら撤退を命じていた。

 残ったのは、血の匂いと、荒い息だけだった。


「船頭さん!」


 瀬戸の声が響く。

 矢を足に受けた船頭が倒れていた。瀬戸は迷わず膝をつき、手をかざす。


「これだけ水が……ある場所なら」


 そう言って、巫力を流す。すると、船頭の血が止まり、呼吸が落ち着いていく。川霊と土地神の気配が濃い。この場は、瀬戸に味方していた。

 少しして、ようやく周囲のざわめきが、消えた。


「……助かった」


「巫女さま……ありがとうございます」


 船頭が呟いた。瀬戸は首を振る。


「私が凄いわけじゃありません」


 でも、その場の空気は確実に変わっていた。

 戦いが終わったあと、僕は立ち尽くしていた。

 榊原は太刀の血を払いながら言う。


「まあ、ああいうのは数減らさないとまた来るからな」


 彼には全く悪気はない。正論だ。たぶん。

 室田が肩をすくめる。


「殺さなくて済めばよかったけど……今の状況じゃ無理だよな」


 誰も、僕を責めない。誰も、説明もしない。それが、余計にきつかった。

 僕は、山賊を殺さなかった。でも、止めもしなかった。

 彼らは、悪い奴じゃない。仲間だ。頼れる。信頼できる。


……じゃあ、ずれているのは誰だ?


 答えは出ない。ただ、胸の奥に、言葉にできない違和感だけが残った。


 川は、何事もなかったように流れていた。五日間の船旅は、まだ半分も終わっていない。

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