あくまで個人的なメインクエスト
ゲーム内での二日目は、静かに始まった。
視界が切り替わった瞬間、身体が「よく寝た」と理解する。
夢ではない。一時的な体験でもない。続きがある世界だ。
多賀城の朝は早い。兵の交代。僧の読経。市場の準備。初日には気づかなかった細部が、今日は妙に目に入る。
それは、僕の職業・猟師の探索スキルが上がったからではない。探す意志が、はっきりしたからだ。
僕は、ある人の痕跡を探していた。
――矢代美羽。
久世は、僕になぜか彼女の話をした。かつて、ここに来ていた彼女のこと。その後、久世は彼女の姿を見ていないこと。
そういえば、僕もしばらくキャンパスで彼女の姿を見ていない。学年が一つ上なのだから、授業数も少なくなって、就活や課外活動などにでも勤しんでいるのだろうと勝手に思っていたが、久世の話す感じだとどうも違う。
――多分、学園に来ていない。
お互いが彼女の姿を見ていない、そんな確認が済んだあとに、この試験バイトの話になった。
ここに意味を読み取れないほど、僕の頭も腑抜けてはいない。何か関係があることを、多分、久世は示唆してくれたのだろう。
直接は言わない。自分が考えられるように余地を残す。いかにも教師らしい伝え方だ。
そして僕も、その課題に取り組みたいと思ってしまった。
別に美羽のことを忘れられないわけではない。しかしながら、ふと思い出すことはある。そんな存在である彼女が、ここでなにをしたのか。その痕跡を辿ることが、このなんでもできそうなゲーム内で、僕が自分で設定したクエストである。
城壁の周回警備の仕事を割り振られた僕は、赴任初日から隙を見て抜け出した。
そして、まずは城の周辺でNPCに話を聞くことにした。
聞き込みは、簡単だった。
というより、簡単すぎて意味がなかった。
「そんな女は知らん」
「女の来訪者なら、珍しくない」
「昨日もいたし、一昨日もいた」
多賀城内、あるいはその周辺に広がる町のNPCたちの返答は、いずれも曖昧で、重ならない。
理由は、すぐに分かった。この世界では、来訪者は「人」として扱われていない。役割や記号として管理されている。
貴族。兵。僧。巫女といった職業、あるいは身分や氏族。これが重要で、個別の名前は二次情報だ。きっと、異名や称号などを持つことで、ようやく個人としての情報管理がなされるのだろう。
市の外れで、プレイヤー同士らしい会話を耳にした。
「二日目なにするよ」
「妥当なのは組織に所属するとか、だろうけどな。情報収集も大事だよな、説明会でも攻略についての情報はほとんどなにも教えてくれないし」
「自由すぎるゲームって、昔からクソゲー率高いっていうしな」
「それな」
笑い声。軽いノリ。見ると、一緒に試験を受けているメンバーだった。
名前も知らないし、学園内で見た印象もないので、多分、別のキャンパスから参加したのか、少し年上の研究生かもしれない。
ただ、そんな人に気軽に声をかけられるほど、僕のコミュ力は高くない。近衛グループのように一緒に参加する仲間もいない僕が、ソロプレイヤーになるのは基本路線である。それは、まあ参加する前からわかっていたことだ。
ひと夏の経験? いい思い出? そんなことはハナから期待していない。なので、プレイスタイルも、自分で勝手にやりたいと思うことをやる。そう決めていた。
「……痕跡、か」
そんな風に考えていたとき、ふと、城内に初めて入る際にNPCが行っていたことを思い出す。
NPCは、僕ら「まれびと」の名前や職業を、記録として残していた。
「それ、なんのためにするの?」
興味本位でその文官NPCに聞いたところ、すべての「まれびと」には、到着記録があり、行動、評価もすべて記録されるとのことだった。
つまり、あるはずなのだ。この多賀城のどこかに。誰が、いつ、どの役割で入ったかがわかる記録が。
問題は、それが今の僕には見られないということ。
それは、おそらく身分の問題。
僕の職業、猟師、そして種族・蝦夷は管理される側。管理する側ではない。
城の庁舎を、遠くから眺める。
警備。封印。役割制限。
正攻法では、それを確認するのは無理だろう。
だが――盗み見ることは、できる。
そう理解した瞬間、視界の端に表示されている、スキル項目に目がいく。
探索。隠密。侵入……。
いまはまだ、全て未熟なスキル。これを上げなければならない理由が、はっきりとしていた。
そのためには、まずは城の外に出る必要があるだろう。
森。獲物。痕跡。
猟師のテリトリーは、自然の中だ。僕の足は、自然と城門へと向かう。




