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平安京エイリアンズ  作者: 岬口大鴉
【幕間】

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89/95

白石由梨の仕事

 白石由梨は、研究棟の小さな個室で、過去のログを再生していた。照明は落とし、ブラインドも閉じているので壁面のディスプレイだけが淡く光っている。


――満足燈彦、そして瀬戸澄佳。


 新しく引き継いだ二人の名前を、頭の中でなぞる。


……やはり、深い。


 没入率は高い。だが、単純な依存や現実からの逃避ではない。両者ともに、この世界への理解が進みすぎている。

 役割に飲み込まれている、というより――世界の論理そのものを、自分の身体感覚に落とし込んでいる。これは、危うい兆候だった。

 そして同時に、魅力的でもある。

 少し再生速度を落とした。画面の中では、満足と瀬戸が並んで歩いている。距離は近い。言葉は少ない。だが、互いの判断に迷いがない。


……閉じている。


 二人きりの世界。理解が早すぎるがゆえに、説明を必要としない関係。それは安定しているようで、実はとても脆い。

 一度、方向を誤れば、修正が効かない。そこで、本日のログへ向かう。


 榊原彰人。

 相原由衣。

 室田有麟。


 三人が合流した瞬間、空気が変わる。

 満足は、説明する側に回る。瀬戸は、判断を一拍遅らせる。会話が増え、選択肢が増え、視線が散る。


……うまくいってる。


 私は、小さく息を吐いた。自分の方針は、最初から決まっていた。

 二人を切り離すことはしない。遮断することもない。混ぜること。第三者を入れることで、二項対立を変えようと考えていた。


「自分か、相手か」

「神か、人か」

「正しいか、間違っているか」


 その極端な構図を、意図的に崩す。私が担当する榊原、相原。そして増田の担当ながら、榊原と仲がいい室田。三者とも今回の試験では順調に推移しているプレイヤーである。

 彼らは二人にとってはノイズだが、必要なノイズになるはずだ。

 ゲームとしてこの世界を見ている者。記録として切り取ろうとする者。流れに乗って動く者。価値観が違うからこそ、没入しきった二人に「世界は一つではない」と思い出させる。


……近衛君は、このあたりには気づいていなかった。


 しかし、それは仕方がない。彼はプレイヤーでありながら、管理しようとした。同じ目線に立てば、逆に彼らに呑まれることもありうる。

 近衛の失敗は、支配欲にもあるが、本質は別にある。閉じた関係性の中で生まれた、管理と責任という言葉。そして、それが正当化され、暴走し、行き場を失った結果、失敗した。

 だからこそ――彼が用意した「出羽の調査指令」は、都合がよかった。

 二人きりにさせたくない。だが、直接は関われない。そんな近衛の思惑と、私の目的は、きれいに重なった。


……干渉しなくていい。配置してやるだけで変わってくる。


 ゲームとしての世界を、もう一度、ゲームとして認識させる。役割ではなく、選択として。神話ではなく、システムとして。そうすれば、現実に戻る導線は残る。


 ここで私は、ログを止めた。

 今は、まだ初期段階だ。だが、兆候は悪くない。


……急がない。


 治療は、引き戻すことではない。戻れる場所があると、思い出させることだ。

 端末を閉じ、椅子に深くもたれる。

 この世界は、よくできすぎている。だからこそ、人は迷う。

 だが、


 ――迷えるうちは、まだ大丈夫だ。


 私は、そう結論づけた。

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