勝常寺にて
会津平野に出たとき、空がひらけた感じがした。山の中を歩いてきたせいか、視界が広がるだけで、呼吸が少し楽になる。
勝常寺は、その平野のほぼ中心にあった。慧日寺が「僧のための寺」だとしたら、ここは明らかに違う。人の気配が濃い。田畑に近く、道に近く、阿賀野川にも近い。祈りというより、生活の延長にある場所だ。
「ここも、徳一様が建てた寺だよ」
瀬戸が、そう教えてくれた。山の神の話をする声とは、少し違う。土地の人の話をする、柔らかい声だった。
「僧のためじゃなくて、民のための寺。だから、泊まりやすい」
榊原が言う。なるほど、と思う。境内には旅人も多く、子どもも走り回っていた。
ここで一泊する。旅の区切りとしては十分だった。
宿坊に通され、簡単な食事を終えたあと、僕らは一室に集まった。旅の行程確認、という名目だったけれど、実質は雑談に近い。
「改めて、だね」
相原が帳面を開きながら言う。
「どうせ一緒に動くなら、役割は把握しておきたい」
さすが記録官、という感じだ。
まずは榊原だった。
「俺から行くわ」
少しだけ胸を張る。
「職業は侍。軍団兵から昇格したばっかだけど、一応、前線担当」
腰の太刀を軽く叩く。
「で、性格は……根っからのゲーマー」
一瞬、間があった。
「昔はさ、ネトゲ廃人だった。マジで」
さらっと言う。
「生活リズム壊して、現実どうでもよくなって」
肩をすくめる。
「白石先生が担当カウンセラーでさ。そこで戻ってこれた」
なんでもないことのような口調だった。
「だから、これはゲームとしては全力で楽しむけど、沈みすぎない。そこは線引いてる」
……なるほど。軽いノリの裏に、ちゃんと一度沈んだ経験がある奴なんだな。
「美人もいるしな」
瀬戸の方をちらっと見て、にやっと笑う。
そして露骨だ。
次は室田。
「えーと、僕は軍団の雑兵頭って役職。戦うのもできるけど、どっちかっていうと裏方寄り」
背負っている荷袋を示す。
「物資管理とか、道とか、橋とかは、壊すのも直すのも少しできる。まあ、何でも屋ってことで」
気負いがない。
相原は最後だった。
「職業は記録官。戦闘は補助程度」
淡々としている。
「見たこと、聞いたことを記録するのが役目。評価点にもなるし」
世界を一歩引いて見ている感じが、言葉の端々にあった。
そして、瀬戸。
「……瀬戸澄佳です」
少しだけ姿勢を正す。
「職業は、巫女。山の神の使い、という扱いになっています」
彼女の装備は、一見すると素朴だった。白を基調とした巫女装束。だが、よく見ると違う。布地は軽く、体の線に自然に沿う。動くたびに、わずかに文様が浮く。腰回りの意匠は控えめだが、歩くと妙に目を引く。
誰も声に出さないが、空気が少し変わる。
「……普通の装備、だよな?」
室田が小声で言う。
「普通、のはずなんだけどな」
榊原が、瀬戸を見て、はっきりと頷いた。
「いや、これは……反則だろ」
瀬戸は、彼らが言う反則の意味に気づいていないのか、静かに続ける。
「穢れや毒への耐性が上がっていて……薬の効果も、付与されています」
「首のは? すごい貴重そうなアクセサリー装備よね」
相原が視線を向ける。
勾玉のついた首飾り。控えめだが、確かになにか力を感じる、気がしなくもない。
「……ステータスを上げてくれる、お守り、です」
そして――僕。
「……猟師、です」
その瞬間、視線が集まる。
鷺沢趣味が全開の装備だ。中二病を煮詰めたようなそれ。
指ぬきのレザーグローブ。ベスト状の上着に、妙に多いバックル。深めのフード。バックパックは無駄に機能的で、無駄に黒い。
「……それ、実用なの?」
相原が、率直に聞く。
「一応」
「いや、一応じゃなくてさ」
榊原が笑う。
「その格好、夜の森で出てきたら普通に中ボスだろ」
室田も頷く。
「うん、味方でも警戒する」
瀬戸は、少し困ったように笑っていた。
「……似合っては、います」
フォローになっているのかは分からない。
「鷺沢さんの趣味だから、ほら多賀城の市にいる行商人の彼女」
そう言い訳すると、全員が少し考えて、すぐに妙に納得した顔をした。
「なるほど」
「それなら仕方ない」
まったく、ひどい反応だ。
翌朝。勝常寺の境内は、朝霧に包まれていた。
準備をしていると、榊原が声をかけてきた。
「なあ、満足」
「なに?」
「手合わせ、しない?」
一瞬、意味が分からなかった。
「……手合わせ?」
「練習用のPVP」
さらっと言う。
「やられてもHP減らないし、痛みも抑制されるモード。そんなのも知らないの?」
知らなかった。
「へえ……」
「お互いの動き、知っといた方がいいだろ」
理にかなっている。
「いいよ」
もちろん、あいつの力は使わない。そのつもりだ。
開始の合図と同時に、榊原は間合いを詰めてきた。正確で、無駄がない。さすが侍。剣の軌道がきれいだ。
僕は、正面では受けない。一歩引き、横に流れ、低い位置から動く。
罠は張らない。だが、動きは狩りのそれだ。
何度か、榊原の剣が空を切る。
「……変な動きだな」
そう言いながらも、榊原は笑っていた。
だが、最後はやはり違った。正攻法。踏み込み。間合い。僕の動きが読まれ、太刀が喉元に来る。
「はい、そこまで」
システムが告げる。
――榊原の勝ち。
「いやー、楽しかった」
余裕の声。でも、その目は少し真剣だった。
一方で、僕は思う。
……力を使わないと、まだ足りない。
それが、はっきり分かった。
「なあ」
僕は言った。
「これ、いいな。練習」
「だろ?」
榊原が頷く。
「またやろうぜ」
「うん。これからも、たまに付き合ってよ」
正統派と変則派。ぶつかり合う余地は、まだまだありそうだった。
勝常寺の朝は、静かで、少しだけ清々しかった。
明日は、二本投稿いたします。6時と16時です。
よろしくお願い致します。




