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平安京エイリアンズ  作者: 岬口大鴉
【九日目】

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調査指令

 多賀城の文官であり、書記官、記録官、調査官でもある相原由衣は、話を聞きながら、頭の中で一つずつ項目を切り分けていた。


 ・磐梯山噴火。

 ・民心の不安。

 ・神威の変調。

 ・反乱リスク。


 どれも単体では珍しくない。だが、これらが連なった瞬間に「説明がつく」形になる。 ああ、なるほど。これは政治判断だ。私は、そう理解した。


 多賀城の一室。形式ばった場ではあるが、空気は張りつめていない。ここで行われているのは断罪でも命令でもない。「整理」だ。

 視線を落とすと、卓の端に広げられた地図が目に入る。会津。新潟。日本海。鳥海山。その線を、頭の中でなぞった。


 隣では、榊原彰人が腕を組み、やや前のめりになって話を聞いている。

 彼は、すでにこの地図を「ゲームマップとして」把握しようとしている。危険度と報酬、成功時の評価、次につながる実績――そういうものに彼は反応する。自分の能力を上げて、それを使いイベントをいかに攻略するかを楽しんでいる、生粋のゲーマーだ。

 その横では、室田有麟が椅子に体をもたれ、半分気が抜けた顔で天井を見ていた。けれど、完全に無関心というわけでもない。

 彼もゲーマー気質は同じだが、榊原ほど攻略に根を詰めるタイプではない。要領よく物事を解決できないかを見ている。現実では、攻略のために課金を厭わないタイプだ。



「――そこで、飽海嶽周辺の様子を確認したい」


 その言葉に続いて、役人は一枚の古い記録を広げた。紙ではなく、木簡を模したインターフェース。あえてそうしているのだろう。ここが、歴史を扱う場であることを強調するために。


「磐梯山の噴火は、単発の災害ではない」


 低く、事務的な声。


「天慶二年――今から、17年前にも飽海嶽も、大きく噴火している」


 私の中で、そこで初めてはっきりと線がつながった。つまり彼らの懸念は、飽海嶽、現代で言うところの鳥海山の噴火を危惧している。そして噴火は、噴火だけでは終わらない。災害の連鎖とその兆候の有無、その確認をしたいということなのだろう。


「噴火は土地を荒らし、人を移動させ、信仰を揺らす」


 役人は淡々と続ける。


「それは、神威の問題であると同時に、政治の問題だ」


 私は、胸の内で補足する。


――そして、治安の問題でもある。


「実際、その飽海嶽の噴火に前後して、出羽俘囚の乱が発し、飽海嶽以北の領域は最低限の管理しかできていない。今から十年前には、陸奥国鎮守府の役人が殺害される事件もあった」


 すぐさま多賀城の記録ログを確認すると、俘囚の蝦夷らしき名前が出てきた。


――狄坂丸(てきのさかまる)


 かの地の統治は、すでに俘囚(蝦夷)の豪族たちとの協力なくして成り立たない。そこに不協和音が生じれば、いつ反乱が起きてもおかしくない。それはよくわかる。


「噴火による不作。移住。信仰の動揺。そうした不安定さが、反乱の温床になる」


 役人は、そう調査の意義を補足する。

 私は、記録官として、その構造を即座に理解した。

 噴火は神の怒りであり、神の怒りは支配の正当性を揺らがせる。そして、支配の揺らぎは民心の離反に直結する。それが爆発すれば反乱になる。

 だから、その種が小さいうちに調べる。起こりうるからこそ、すぐに調査する必要があるということだ。


「現在、磐梯山で観測された神威変動が、飽海嶽周辺にも波及していないか。また、羽黒山を含む出羽三山の信仰圏にも、異常がないかは重要な確認事項である」


 これは探索ではない。冒険でもない。健康診断みたいなものだ。起きてから対処するのではなく、起きる前に、兆候を拾うための調査。

 しかも、それを担うのが――正規軍でも、神官団でもなく、まれびと(プレイヤー)の別動隊。私は、口に出さずに結論づけた。


――これは、神話の問題を、政治の言葉に翻訳する作業だ。


 だから、行く。飽海嶽を調べる理由は、「そこに神がいるから」ではない。神が荒れたとき、何が起きるかを、知っているからだ。


 ただ、この提案が出た瞬間、一つだけ引っかかりを覚えた。

 私たちが選ばれたことに、ではない。選ばれていない人がいることだ。

 自然に浮かんだ名前を、私は口に出さなかった。


――近衛。


 この案件に最も適任な人物。

 けれど、その気配はない。代わりに、自分たちがここにいる。


「……近衛さんは?」


 榊原が、素朴に聞いた。役人は、一拍も置かずに答える。


「近衛殿は、現在、城を離れられない」


 それ以上の説明はない。だが、私には十分だった。


――行くべき人間が、行けない。だから、私たちはその代理。


 これは、物語的にも、政治的にも、よくある構図だ。私は、胸の内でそっと言語化する。


――「責任の分散」そして、「象徴の温存」だ。


 報酬の提示に移ると、空気が少し緩んだ。榊原は、ようやく本題という感じで話を聞いている。

 多賀城名義の評価点。将来の大型案件への優先権。地域限定の称号と、その開放条件が、このゲームの世界観と時代背景を壊さぬ言葉で説明される。


「……割に合うな」


 榊原が小さく呟く。それは興奮ではなく、計算の結果だ。


「まあ、行く理由としては十分だね」


 室田も、軽く同意する。

 私は、二人の反応を横目で確認しながら、自分の中で線を引いた。

 この二人は、動機が明確だ。だからこそ、扱いやすいし、危うくもない。


「移動経路だが――」


 地図が指し示される。奥羽山脈の峠はいまだ雪深く、通行困難。


「会津経由、阿賀野川を抜けて、日本海へ。そこから北上するのが現実的ですね」


 自分の声が、思ったより自然に出た。

 役人が頷く。


「補給、宿場、記録の確度――どれを取っても、合理的です」


 それは提案というより、確認だった。榊原が肩をすくめる。


「遠回りでも、死にに行くよりはいい」


「酒と飯があるなら問題なし」


 室田の言葉に、場がわずかに和む。私は、地図から視線を上げ、部屋全体を見渡した。

 ここにいる誰も、「神の怒り」や「使命」や「物語の必然」では動いていない。だからこそ、この調査は成立する。

 誰かの代わりに。誰かが行けなかった場所を、記録するために。私は、そう整理してから、静かに頷いた。

明日も、二本投稿いたします。6時と16時です。

よろしくお願い致します。

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