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平安京エイリアンズ  作者: 岬口大鴉
【九日目】

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見方を変えれば世界も変わる

 磐梯山の洞窟、僕はそこで目を覚ました。

 瀬戸の庵を出てから、しばらく潜伏していた場所で、慧日寺での一件が終わった後も、僕はここを住処としていた。瀬戸の庵に居座るわけにもいかないし、麓の神社に宿を借りるのも違う。慧日寺は論外。となると、僕の居場所は、山の中にしかなかった。

 ただ、水場にも近いし、瀬戸の庵とも遠くない。実は割と気に入っていて、寝床や簡易的な竈もつくった。布団ではないけれど、秘密基地みたいで気に入っている。


 ログインのときは、やはりいつも違和感が現れる。

 目を閉じて、開いた。それだけのはずなのに、感覚が繋がっている感じがする。ログインしたというより、一瞬だけ意識を落としただけのような気分だった。

 足元は山の土。空気は冷たく、澄んでいる。前日まで走り回っていた磐梯の匂いが、そのまま続いている。


……もう九日目、か。


 現実では一晩しか経っていない。それなのに、身体の奥では、何日も旅をしてきたような重みが残っていた。疲労ではない。筋肉も、息も、問題ない。ただ――時間だけが、現実とずれている。

 現実の時計を思い出そうとして、やめた。今は、こちらの時間のほうが正しい気がした。胸の奥に意識を向ける。いつもなら、そこにあるはずの気配を探す。


……静かだ。


 穢れは、いる。それはわかる。消えたわけじゃない。でも、騒がない。口も出さない。重さすら、ほとんど感じない。

 嵐の前、ってやつなのだろうか。そんな気がすると、安心よりも、落ち着かない。暴れているほうが、まだ対処のしようがある。何も言ってこないというのは、逆に不気味だった。


 一度、大きく息を吐く。

 視線を落とすと、鷺沢が用意してくれた装備が、きちんと身についていた。バックパックの重さが、現実的だ。軽すぎもしないし、邪魔にもならない。


……だが、このセンスはどうにかならないものか。


 今、僕が身に着けているのは、前回ログアウトする前に、鷺沢が用意してくれた新しい装備だった。


 **


 磐椅の境内で僕は自分の荷をほどいていた。中には、毛皮、骨、乾燥させた薬草。いつの間にか増えていた山の産物を、まとめて布に包んでいた。


「……ほんと、よく拾ってくるよね」


 それを覗き込みながら、鷺沢里穂は感心とも呆れともつかない声を出した。


「狙って集めたわけじゃない。気づいたら、あった」


 ほとんど記憶が圧縮されているみたいで、本当にほぼ覚えてないのである。


「そういうのを才能って言うんだよ」


 彼女はそう言って、僕の荷から一つ、小さな薄い緑色の繭のようなものを指先でつまみ上げた。絹とは色が違う、が同じような光を含んだ質感。


「……これ、どこで拾ったのか覚えてる?」


「たぶん沢の上。岩陰に引っかかってた」


 一瞬、鷺沢の目つきが変わった。


「それ、天蚕だよ」


「……蚕?」


「ただの蚕じゃない。野生の希少種。しかも質がいい」


 彼女は繭を軽く転がしながら、にやりと笑う。


「量は少ないけどね。でも――」


 僕を見る。


「少しは金になるものを持ってくるようになったじゃん」


 その言い方が、妙にくすぐったかった。褒められた、というより、「見える場所が一段上がった」ような感覚だった。


「これ、装備に使える?」


「今回は無理。量が足りない」


 即答だった。


「でも」


 鷺沢は繭を布に戻し、続ける。


「次、ちゃんと集められたら――服、仕立てようか」


「……服?」


「そう。防御だけじゃなくて、動きやすさと隠密を両立させたやつ。満足くん向きだよ」


 僕は、少し考えた。


「……そんなに価値があるのか」


「あるある。リアル換算したら、ちょっとした高級素材」


 彼女は肩をすくめる。


「まあ今回は私が買い取るよ。仕入れの前金ってことで」


 そう言って、代金代わりの札を差し出す。彼女との取引専用の札だ。僕は一瞬迷ってから、受け取った。


「ほかにもさ」


 鷺沢は話題を切り替えるように言う。


「薬草、山菜、キノコ。山は素材の宝庫だよ。今回の騒動で分かったでしょ? ここ、慧日寺の修験者たちは別として、プレイヤーはまだ誰も本気で採集してない」


「……戦う場所だと思ってた」


「でしょ?」


 彼女は笑う。


「でもね、世界って掘れるんだよ。鉱脈だってある。見つけたら、一気に大金持ち」


 僕は、思わず周囲の山を見渡した。同じ景色なのに、さっきまでとは違って見える。


「……つまり」


「うん?」


「僕は今まで、見える範囲しか見てなかった」


「やっと気づいた?」


 鷺沢は満足そうに頷いた。


「戦うだけがプレイじゃない。集める、作る、売る、残す。――その全部が、この世界の遊び方」


 僕は、静かに息を吐いた。

 美羽を追って、この世界に潜り込んだ。山に入り、戦い、逃げて、戻ってきた。

 だが――この世界は、追うためだけの場所じゃない。


「次は」


 鷺沢が言う。


「もっと面白いもの、拾ってきなよ」


 僕は、小さく頷いた。

 山は、まだ何も語らない。だが、語らなくても、与えてくるものがあることを、初めて知った気がしていた。


 そして、後日それが届いたのは、昼前だった。

 磐椅神社の境内、作業場に使われている納屋の前で、僕は名前を呼ばれた。振り向くと、鷺沢里穂がやけに満足そうな顔で立っている。


「はい、満足くん。完成品」


 差し出されたのは、やや大きめの木箱と、もう一つ――布で包まれた何か。


「……二つあるけど」


「メインと、推しポイント」


 嫌な予感しかしない。

 まず木箱を開けると、中に収まっていたのは、ベスト状の上着だった。袖はない。代わりに肩から胸、背中にかけて、布と革を重ねた構造になっている。そして、大きめのフードが付いている。

 色は濃い灰色ベースの迷彩柄。縁取りにだけ、夜の山みたいな深い青が入っている。


「……ベスト?」


「ベスト。動く人用」


 手に取ると、驚くほど軽い。


「枝に引っかからない。音も立たない。内側、触ってみて」


 言われるまま内側をなぞると、薄いが確かな補強層があった。


「防御、最低限。でも急所だけ守る設計」


 なるほど、としか言えない。


 次に出てきたのは、指ぬきのレザーグローブ。


「……これは」


「いるでしょ。崖、縄、刃物、素材採取」


 確かにいる。だが、問題はそこじゃない。革に、さりげなく刻まれた模様。よく見ると、山の等高線を模した文様になっている。


「この文様に、何か効果があったり……する?」


「趣味」


 即答だった。

 さらに、脚衣。膝から下にかけて、軽量の革当てが仕込まれている。


「転ぶ前提、痛くないようにした」


「ひどいな、そんな転ばないけど」


「ログ見た結果です」


 証拠を示されると、主観論では反論できない。そして最後に、鷺沢は布包みのほうを差し出した。


「で、これ」


 包みを解くと、中から出てきたのは――


「……バックパック?」


「ただのじゃないよ」


 背負ってみると、背中に気持ちよく密着する。重心が高すぎず、低すぎない。


「山歩き用。中、見て」


 開けると、内部には細かな収納ポケットがたくさんつけられている。素材用、薬草用、石用、常備品などで、分けられる設計だ。


「拾う人専用設計。あと、外から中身が分かりにくい」


「……」


「で、ここ」


 背中側、内ポケット。


「天蚕、次からはここに入れて」


 すでに想定済みだったようだ。

 ここで終わりなら、まだよかった。

 鷺沢は、最後にもう一つ、小さな袋を取り出す。


「これは任意」


「……何」


「フェイスペイント」


 一瞬、言葉を失った。


「……いる?」


「隠密時の輪郭ぼかし。あと、かっこいい」


 確認すると一応、隠密補正:微増の表示ログが出る。ただ説明の後半が彼女の本音だろう。


「色は?」


「夜用と、森用。塗らなくてもいいけど、塗った方が映える」


 映える、じゃない。こちとら隠密が専門だ。映えてどうする。

 全部装備して、鏡代わりの金属板に映る自分を見る。


――知らない人間がいた。


 でも、コンセプトは一貫している。そして不思議と、この世界にどこか馴染んでいる。


「……なんか、厨二だな」


 思わず漏らす。鷺沢は、にやりと笑った。


「でしょ。でもさ」


 一歩近づいて、低い声で言う。


「こういう格好、現実じゃなかなかできないじゃん」


 それも事実だった。僕は、バックパックのベルトを締め直す。


「……天蚕、ちゃんと集めるよ」


「うん」


 鷺沢は、納得したように頷いた。


「集めたら、次は服、仕立てよう。完全オーダーメイドで」


 山は、静かだった。


 **


 鏡代わりに、水面を覗く。


「やっぱり厨二病だ……」


 ただ、映っている自分は、前より少しだけ旅の人間に見えた。見方を変えれば、恰好悪くもない、……はずだ。


……で、今日は。


 頭の中で、やることを並べる。

 喜多方に向かう。情報を集める。足はもう、そちらを向いている。

 色々と目処が立ったら瀬戸とも合流する予定だ。彼女は北に行くと言っていた。一緒に行かないと、怒られる。すでにそういう流れはできていて、僕はその流れの中に、自分を置くとはっきり明言した。


「……行くか」


 独り言は、山に吸われて消えた。僕は、荷を背負い直し、歩き出した。

 九日目は、静かに始まった。

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