再スタートに向けて
店内は明るすぎた。深夜帯に近い時間なのに、天井の照明は昼と同じ顔をしている。ドリンクバーの氷が、やけに大きな音を立てた。
藤巻は一番奥のボックス席に座り、タブレットを机の上に置く。瀬戸、三好、国分、鷺沢、それに僕の六人。誰も、最初はメニューを開かなかった。
「……先に言っておく」
藤巻は、視線を上げずに言う。
「これは言い訳じゃない。事実の確認だ」
画面をこちらに向ける。ログ。ただの数値と時系列。だが、見慣れているはずのそれが、どこか歪んでいる。
「この時点」
藤巻が指でなぞる。
「近衛の心理ログ、急激に跳ねてる。これは判断系のフラグが、ほぼ全部【責任】で上書きされてることを意味している」
鷺沢が、ふうん、と小さく息を吐いた。
「……きれいに壊れてるね」
藤巻は否定しない。
「普通じゃなかった。キャラクターとしても、プレイヤーとしても。だが、近衛はなんとか耐えてた。だが、その状態で……満足のあの力をきっかけに、いや、言い換えればシステムからの精神干渉があった。で、一線を越えてしまうような錯乱状態に陥った」
瀬戸は黙って画面を見ている。怒りも、驚きもない。ただ、事実として受け取っている顔だった。
「……だからって」
僕は言う。
「起きたことが、なかったことにはならない」
「ならない」
藤巻は即答した。
「だから、俺がまず謝る」
椅子から少し身を乗り出す。
「止められなかった。判断が遅れた。それは、俺のミスだ。すまなかった」
沈黙。
国分が、深く頭を下げた。
「……俺もだ。力で抑えることしか考えられなかった」
三好は、少し間を置いてから言う。
「私も、あまり深く考えず恒一くんに従った。楽な方を選んだ。それが、結果的に状況を悪くした」
瀬戸は、しばらく考えてから、静かに言った。
「……ありがとう。謝ってくれて」
それだけ。許したとも、許さないとも言わない。でも、線は引かれた。
藤巻が続ける。
「近衛については、まあ、あんなことになったんだ。今は不安定で、……正直、みんなの前に顔を出せる状態じゃない」
僕は、腕を組んだまま聞いている。
「ただ」
藤巻は言葉を選ぶ。
「回復したら、必ず本人に謝罪させるよ。逃げさせない」
その言い方に、覚悟があった。
「それで」
鷺沢が、軽く手を挙げる。
「今は保留ってことでいいのかな? 喧嘩続行は、さすがに疲れるし」
国分が苦笑する。
「そうだな……そうなると助かる」
三好も、視線を落としたまま頷いた。
瀬戸は、僕の方を見た。
「……私は、それでいいです」
僕も、少し考えてから、息を吐いた。
「じゃあ、手打ちだ。今は」
藤巻は、はっきり頷いた。
「ありがとう」
ようやく、空気がほどけた。
誰かがメニューを開く。ドリンクバーに立つ音。
「でさ」
鷺沢が、ストローをくるくる回しながら言う。
「九日目以降、どうするの? あ、これはあくまで雑談ね」
「私は、とりあえず多賀城に戻る。そういう職業だし立場だし。恒一くんも放ってはおけないし。特に何もなければ、地道に評価点を稼いでいこうかなって感じ?」
三好が言う。
「俺も同行する」
国分が続く。
「……今度は、ちゃんと役に立てるよう、スキルをしっかり上げたい」
瀬戸は、少し考えてから。
「私は、行く先で考えます。もう、選ばされるのは嫌なので」
その言葉に、誰も口を挟まなかった。
僕は、ドリンクバーの方を見る。
「僕は、まずは聞き込みに向かう……探すものがある」
藤巻が、ふっと表情を緩めた。
「それぞれだな」
「ゲームだしね」
鷺沢が笑う。
「でも、情報は共有しようよ。特に体調とかはね、変なことにならない、起こさないためにも」
その言葉に、全員が頷いた。ファミレスの窓の外は、もう深夜だった。それでも、誰も急がなかった。
ここで一度、ちゃんと同じテーブルについた。それだけで、次に進める気がしていた。




