多賀城・境界の街
二日目のログインは、「本番です」という久世の一言から始まった。
本日のログイン時間、つまり拘束時間は八時間。現実時間で言えば、11時から19時まで。
それを、ゲーム内では――10日分として処理する。
頭では理解している。説明も受けた。それでも、「十日間、あの空間で生きる」という感覚は、ログインしてみないと分からない。
視界が切り替わる。
そこは林道だった。幅は結構ある。現代の道路でいえば2車線より広く、4車線より狭いくらいの感じだった。
林道沿いに、大きな石、道の両側の木の高い位置にはしめ縄が掛けられ、布製の紙垂が垂れ下がっている。そして、すでにログインしたプレイヤーが数人佇んでいた。
道の少し先には大きな城門。その手前に武装した兵が立っている。
城門にはこう掲げられている。
「多賀城」
朝廷における東北支配の中心ともいえる場所で、時代が時代ならば対蝦夷の最前線基地でもある。
周りを見渡すと、他のプレイヤーがそれぞれの思いを口にしていた。
「なんだここ、京都じゃないの?」
「またマニアックな開始地点だなあ」
「俺、東北出身だから土地勘あるぜ」
「てか、何年の設定よ。平安時代ったって、長いぜ」
うん。僕もそう思う。まったくごもっともな感想だ。
ただ、ちょっと悪くないとも思ってしまうマニアックな自分もいる。だって、僕の氏族、蝦夷だしね。――もののけのお姫さまとの楽しいイベントあるかな?
そんな馬鹿な妄想をしていると、一人の武官が大声を張り上げる。
「今回の『まれびと』は以上か」
あたりを見回すと、11名、僕を合わせて12名いた。うん揃っている。
「ああ、以上だ」
自らが代表者とでもいうように、近衛恒一が武官の前に出る。
近衛が身につけている装備は、明らかにその武官NPCよりも上等なものだった。そのせいだろう、武官の態度が急に物腰柔らかになる。露骨だが、まあわかりやすさも大事だ。
それにしても、近衛の初期装備は、ほかの人と差つけすぎじゃない? 身分も高そうだし、チートじゃないですか? 僕の初期装備なんて、布と皮製だよ? これぞ初期装備でしょ。
なんて、僕が心の中でひがんでいるうちに、みんなは門の方へと歩いていくので、僕も置いていかれないように、あとに続く。
門では一人ずつ順に何やら説明を受ける。どうやら、ここからはそれぞれの個別のスタート地点に振り分けられるようだ。
「今日から、正式に配属だ」
NPCの兵士が、僕に事務的に告げた。
僕の配属は、軍団兵。
多賀城の警備や門の巡回。物資の確認。どれも、無難で、簡単そうな仕事ばかりだ。これをこなせば評価点も、そこそこ入るらしい。
それから、まず自分の部屋に案内されたが、正直、絶句した。
藁ぶきの寝床と桶がおかれている。馬房ですかここは?
「個室なだけでもありがたいと思えよ、新人」
そんな風にNPCに先輩面される。
評価を上げれば環境も変わるのだろうが、妙にリアルすぎないですかね。もう少し、プレイヤーを過保護にしてもいいと思うよ。辞めちゃうよ?
それから、軍団兵の待機所に連れていかれる。その脇には、倉庫。
武具。保存食。護符。粗雑だが用途の分かる道具が並んでいる。
値札はないが、代わりに、「評価点」と呼ばれる数値が、視界の端に浮かぶ。
金でも貨幣でもない。評価点で交換できるのだと、直感的に分かった。
そして、任務をこなす。交易する。探索する。あるいは――狩るというプレイングを積み重ね、この評価点をためていくのだろう。
「任務は明日からだ、それまでに支度しておくように」
そう告げると、案内役のNPCは去っていく。ここからは、ようやく自由時間のようだ。
それから、城周辺を歩いてみた。
まず、城門の内側には家屋や小さな畑、中央には庁舎らしい建物がある。そして道の脇には商店がいくつかある。本来、この時代に常設の商店があるかどうかは怪しい。
でも――ゲーム内では、ある。それが最初に理解したことだった。
それから、しばらく城の外を歩いた。多分、明日からの勤務地になるのだろう。
城門の近くでは露店市も出ていて、人のざわめきや、祈りの声。僧の読経。これらが入り混じて耳には聞こえてくる。一方で、海の香りや、土煙、あと獣の匂いなどを、鼻では感じる。文明と自然、ここはその境界なのだ。
じゃあ僕は、文明と自然どちらでのロールを求められるのか。
猟師のスキルツリーが、視界の端に出てくる。
追跡。罠。解体。
明らかに、この城内で歓迎される能力ではない。
獲物を殺す。血を流す。肉と毛皮を得る。
それは、仏の教えに反し、神道的にも穢れとされ、そして蝦夷の文化とも一括りにされる。
未開で野蛮。完全には管理できず、リスクもある厄介ものたち。それが蝦夷の俘囚たちだったと聞いたことがある気がする。
「……いいや」
僕は、城門を離れた。
どうせ普通にプレイする気はない。
理由は、単純で、僕に必要で、欲しいスキルが育たなそうだからだ。
僕には探索能力が必要だった。
森に入れる力がいる。地形を読む力。痕跡を見つける力。
それが、このゲームで用意されている以上、使わない理由はない。




