終わらない実感と不確かな感触
目が覚めたとき、天井を見ているはずなのに、距離感がつかめなかった。近いのか、遠いのか。高さも、広さも、ただの白い面として認識される。
……戻った、んだよな。
そう思ってから、確認するまでに少し時間がかかった。指を動かし、首を回し、息を吸う。身体は、ちゃんと現実にある。けれど、時間だけが、うまく戻ってきていない。
昨日、あったことを思い出そうとすると、順序が前後する。そりゃそうだ、昨日とはいっても長かった。ゲーム内では30日である。その中で、いろいろな記憶が圧縮され、あるいは強調されるから、時系列も曖昧になる。
山の中での封印解除のために暴れたこと。
慧日寺での戦い。
結界。
近衛の顔。
殴った感触。
瀬戸を抱えて、跳んだ瞬間。
全てが終わって、つい見とれた神楽。
そんな記憶の断片が、頭の中に残っている。そして、どれも「終わった出来事」になっていない。そんな感じがする。
心拍が落ち着いてからも、胸の奥のざわつきだけが残り続けている。怒りでも、達成感でもない。まして勝利した感覚など、まったくなかった。
頭では分かっている。近衛は倒れ、指揮系統は崩れ、こちらは瀬戸を連れて離脱した。事実としては、完全に「勝ち」だ。
それなのに。
……なんで、こんなに実感がない。
殴った瞬間の手応えが、思い出せない。影が暴れた感覚はあるのに、自分が何をしたのかが、輪郭を結ばない。
時間圧縮。説明は、理解している。無意味な時間が削られ、重要な場面だけが濃縮される。その結果、感情のピークだけが、長く残る。——問題は、その「ピーク」が、どこなのか分からないことだった。
怒りは、まだ胸にある。瀬戸を奪われたこと。瀬戸が選ぶ権利を踏みにじられたこと。近衛の判断が、境界を越えたこと。それらは、全部、まだ終わっていない。
……だからか。
近衛を倒したはずなのに、整理できていない理由。それは、「決着」がついていないからだ。相手を叩き伏せただけで、何も終わっていない。奪われたものは、戻った。だが、壊されたものは、まだ壊れたままだ。
そして、それを直す方法も、まだ分からない。
現実の時計を見る。数時間しか経っていない。けれど、体感では、もっと長い時間が流れている。いや、流れ続けている。
……これ、危ないよなあ。
そう思った。逃げ場が、減っている。ログアウトすれば切り替えられる、という感覚が薄れている。現実に戻っても、感情が続いている。むしろ、戻ったあとに、遅れて追いついてくる。
それでも。
……次、どうする。
迷いは、もう少ない。怖さはあったが、「やめる」という選択肢は、最初から消えていた。
美羽の痕跡、そして瀬戸の役目。自分自身も、もう後には退けないところまで来ている。
僕は、静かに目を閉じて考えた。
……このままじゃ、駄目だ。
誰に言うでもなく、そう思った。それが、次に進む理由だった。




