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平安京エイリアンズ  作者: 岬口大鴉
【エピローグ】

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春を待つ山

 山は、静かになった。完全に鎮まったわけではない。だが、その怒りが噴き出す気配は消え、山の麓には明るい人の声が戻ってきた。

 瀬戸は麓の磐椅神社に戻り、神の声をそのまま、村人たちに伝えた。難しい言葉は使わなかった。


「結界を、これ以上強くしないこと」

「山を荒らさないこと」

「そして、ちゃんと奉ること」


 彼女が皆に伝えたのはそれだけだった。祈りを増やせとも、供物を捧げよとも言わない。ただ、普通に向き合えとだけ伝えた。人々はざわついたが、反発はなかった。なぜなら、慧日寺の僧たちもまた、同じことを語ったからだ。


 封印の強化をやめ、修験の道を一部閉じ、山を静かに休ませる。それが、山の怒りを鎮めた一因であることを、彼ら自身が認めた。

 政治的な配慮もあっただろう。今後の関係を考えれば、どちらか一方が英雄になる話ではない。会津の郡司にも、同じ形で報告が上がった。


「神託に従い、神社と寺が協力して事態を収拾した」


 その中には、近衛恒一たちの名も含まれていた。多賀城へ戻った彼らは、任務を全うしたとして表彰されることになるだろう。


**


 春。神社に、皇室からの褒美が届いた。桜の苗木だった。数は多くないが、よく手入れされた立派なものだった。それを植える日に合わせて、神社では祭りが開かれた。

 瀬戸は、神楽を舞った。今まで見たのと少し違う、新たな巫女装束に身を包んだ彼女は、少しだけ緊張している様子だったが、動きに迷いはない。目は澄んでいた。

 太鼓の音。笛の調べ。大歓声が、境内を満たす。僕は、少し離れたところから、それを見ていた。


……きれいだな。


 ただ、そう思った。何かを背負っている姿でも、神の依り代でもなく。今、この場に立っている一人の人として。

 神楽が終わると、境内では村人や芸人たちによって次々に芸や歌が奉納される。

 その中で、一つ、どこかで、聞いたことのある旋律を耳にした。


――いや。よく、知っている。


 美羽が、よく口ずさんでいた歌だ。

 胸が、きゅっと締まり、歌っている芸者を見る。違う顔。声も違った。その歌い手は、普通の若い村人のNPCだった。


 歌が終わってから、僕は思い切って彼女に声をかけた。


「……その歌、誰に教わったんだ?」


 歌っていた村娘は、不思議そうに首を傾げた。


「小さな頃に、家の近くに住んでいらっしゃった尼さまに教わりました」


「家はどこ?」


「喜多方です」


 その尼は、彼女が小さな頃、少しだけ住んでいたという。今はいないし、今どこにいるかも知らないという。

 僕は、何も言えなかった。


 偶然か。それとも――。答えは、まだ、遠い。


**


 今夜、私は久しぶりに神楽を舞った。実家の神社では、小さな頃から何度も踊ったが、実家を出て学園に通い始めてからはちょっと遠ざかっていた。


 ここは現実の神社とは違う。着慣れない装束に少し躊躇したが、いつも通りにきちんと踊ることができたと思う。いや、いつも以上に、人々の気持ちや祈りを感じたし、称賛も多かった気がする。それは思った以上に嬉しいことだった。巫女冥利につきるというやつだろう。


 これまでとは大きく違うこともあった。

 奉納する神の存在をしっかり感じながら舞う。そんな経験は初めてのことだった。そして、神楽を舞う自分を見ている誰かを気にしながら舞台に上がったのも、きっと初めてだった。


 先ほどまでの祭り、そこで私が感じたこと。芽生えた、受け取った、たくさんの熱気を体に感じた。これをこのまま抱えては眠れそうもなかった。

 私は庵を出て、沢筋を少し遡ると、草鞋を外し、着物を脱ぎ、丁寧に畳んで、滝つぼに足をつけた。

 雪解けの冷たい水が、身体を打つが、それでも私の体は、まだ少し火照ったままだった。


 その最中、再び、声が届いた。


『いい舞だった』

『皆の心も受け取った』


 短いが、温かい言葉。少しだけ目頭が熱くなる。


『あやつも見惚れていたぞ』

『そうじゃな』


 そう言われると、急に恥ずかしくなり、とっさに普段の調子で答えてしまう。


「巫女を茶化す神など、聞いたことがありません」


『ふむ、元気なのはなによりだ』

『これなら我らの使いも果たせそうだ』


――使い? なんのことだろうと思ったとき、すぐにその答えは知らされた。


『我らの力は、まだ封印で縛られている』


 その告白に私は、息を呑む。しかし、その声色に怒っている調子はなかった。


『人には出羽、飽海嶽と呼ばれる地』


『そこに、我らの力が残されている』

『封印されてな』


『完全に解けとは言わぬ』

『少し緩めれば、おのずと抜け出す』


『巫女に、自然と宿るだろう』


『我らの器としての』

『次の務めだ』


 私は、静かに頷いた。


「……承りました」


**


 翌朝、彼女の今後の予定を聞いた僕は、少し笑った。

 お互いに、次に向かう場所が見えている。なんか、ちゃんと進んでいる感じがした。


「なるほど、北、か。僕にも、目指す場所が見えてきた」


 そう告げると、少し目をそらして瀬戸は答える。


「そう」


 少し素っ気ない返事。これは、なにか誤解している感じだ。――ちゃんと伝えないとだめだな。そう思って、僕は、少しだけ意を決して声を出した。


「勝手はしないし、一人で行くつもりはない。もちろん、一人でも行かせない」


 僕が、そうはっきり告げると、瀬戸は少し驚いた表情を見せる。


「なっ……、わかってるなら、いいけど……。よろしくね……」


「ああ、こちらこそ」


 美羽の痕跡。山の神、その残された力の回収。そして、僕の中に溜まる穢れ、その正体も僕たちはまだ詳しく知らない。きっと今後はちゃんと知っておかなければならないことだろう。


 磐梯山の桜は、まだ蕾だった。

 咲くのは、もう少し先。だが、確かにそこに、春は来ていた。

ここで、一区切りとなります。明日は、後日談を2本。12時と18時です。

再開の時期は活動報告でさせていただきます。

引き続き、よろしくお願いいたします。

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