結界の中で溢れた感情
宿坊の入り口、その板間に座り込んだ近衛亘一は、足元をじっと見つめていた。口の中には血の味が広がり、それを忌々しそうに吐き出すが、すぐに、それはまた口に広がる。
……この味、このむかつく味……。
この不快感を味合わせたのが、あの満足だという事実が、さらに俺をイラつかせる。
「何があったの」
背後から声を掛けられる。少しかすれていたが、静まった部屋に染み入る綺麗な響き。振り返ると、寝台に腰掛けた瀬戸が、こちらを見ていた。そして、一瞬、俺の顔を見て驚いた表情を浮かべたかと思うと、少し憐れむような眼差しが向けられた。
本当は、それは別になんでもない、特別な感情など込められていない、ただの視線だったかもしれない。ただ、それが俺の押しとどめていた感情をざわつかせる。
今の瀬戸は、地味な服装ながらも清楚で、誰もの目を惹きつける学園での彼女ではなかった。巫女装束を纏い、自らの意思を真っすぐにぶつけてくる彼女でもない。今の瀬戸澄佳は、俺の手中にあった。
薄手の襦袢に細い腰帯、寝台に固く結びつけられた組紐が、両手首の拘束具にしっかりと結わえ付けられている。動きを完全には制限していないが、自由でもない。俺の管理下だった。
「穢れが広がってる……」
瀬戸がそう呟くと、口の中でまた血の味がした。これが穢れの味か。そうかもしれない。そう思って、俺は少し自嘲気味に笑った。そして、板間に上がると、瀬戸に向き合って立った。
「私なら、その穢れを取り除ける。治療もできる」
瀬戸はそう言って俺を真っすぐ見ると、両腕を延ばし突きつける。
「だから、今すぐ、この拘束を解いて」
こんな状況であっても、彼女は変わらない。媚びない。退かない。折れない。対等な相手として俺のことを見ている。いつもはそれが心地いい。ただ、今は立場が違う。それをわからせる必要があった。
俺は彼女に真っすぐに向き合うと、彼女にゆっくり近づいた。足は少しふらつくが、回復薬が効いてきたのだろう。歩くことはできた。
「君はいつも変わらないな。ただ、もう少し自分を省みたほうがいい」
そう告げると、俺はそれを分からせるために、いや違うか。ただ、もう我慢することをやめた。




