選択を突きつけられる場所
退いていく近衛。そして、それを守るように僧兵や修験者たちが僕を取り囲む。
――あいつが逃げる先、そこに彼女はいるはずだ。
そう考えながら、僕は完全に包囲されないように動くのを止めなかった。伽藍を明かるく照らす篝火を一つ蹴り倒す。火花がはじけ飛び、明かりが地を這う。そして行燈に山刀を振り下ろす。まずは、周囲を闇に包む。それを繰り返していく。
少しずつ、だが着実に辺りは暗くなっていく。そして、身体はより闇に馴染んでいく。時折、術や矢の攻撃が飛んでくるが、見当違いの方向に外れる。もうほとんど気にしなくていい。様子を見ればわかる。彼らはもはや何を包囲しているのか、そもそも包囲できているのかもわからなくなっている。
頃合いだ。僕は闇をひっそりと進んだ。近衛の痕跡ははっきりと見えた。顎を蹴り上げたときに口を切ったのだろう。微かにそこから零れ落ちた血痕が僕のスキルに反応している。これを辿っていけば、彼女にたどり着けるはずだ。
その宿坊の前に辿りついたとき、すぐに分かった。空気が違う。結界だった。それは、明らかにここに何かが隠されていることを意味していた。
術式は派手じゃない。だが、確実に遮断している。音も、気配も、探索スキルも、中に届かない。
僕は、一歩手前で足を止めた。
僧兵が二人、入り口の前で武器を構えて警戒している。しかし、今の僕にとって、それを無力化するのはそう難しいことではなかった。
影に潜み、一人の首筋に一撃を加えると、すぐさまもう一人の後ろに回り込み、首を締めあげる。しばらく身をゆすり抵抗したが、影が完全に動きを封じ、こちらもすぐに動かなくなった。
――中には、必ず瀬戸さんがいる。
その事実だけが、胸を締めつける。
そんなとき、背後に気配、とっさに僕は体をひねる。吹き矢が体をかすめるが、今度は当たらなかった。
「……ここまでだ」
振り返ると、藤巻と国分が立っていた。
どちらも、覚悟は決まっているようだ。絶対にこれ以上進ませない。逃がす気もない。そんな立ち位置だ。
「近衛は?」
僕は、短く聞く。
「中だろう、だがお前には入れない。三好の薬を応用した、そういう結界だ」
藤巻は、即答した。
「……精神状態が、普通じゃない」
国分が、低く付け足す。
僕は、黙る。否定できない。さっきの近衛は、もはや何かを管理する者じゃなかった。もっと、個人的な感情に引きずられていた。
「正直に言う」
藤巻が、一歩前に出る。
「俺は、最初から彼女を人質にする作戦を立てていた」
その判断は、論理的に正しい。
「……そうか、相手が違ったら僕は負けていたかもな」
僕は、視線を逸らさない。
「だが」
藤巻は、言葉を続ける。
「それは実行できなかった」
僕は、眉をひそめる。
「近衛が、反対していたからか?」
藤巻は、だまって頷く。
「だが、今は止める者もいない」
藤巻は理屈で動く男だ。この状況を優位にするためには、交渉において瀬戸という切り札を使うことをためらわない。
「感情が、判断を歪めている」
国分が、唇をゆがめて告げる。
「分かってるだろ」
藤巻が、冷静に畳みかける。
「近衛が、瀬戸に好意を持っていることは」
「……ああ」
「君は、その邪魔をしている」
僕は、一瞬、息を詰めた。
「それが、どうした」
「それが」
藤巻の声が、少しだけ強くなる。
「彼の判断を誤らせている」
空気が、張り詰める。
「このまま、密室に二人だ」
藤巻は、結界の向こうを見る。
「何が起きても、誰も責任を取れない」
国分が、低く言う。
「……満足。お前が、ここにいる限り、近衛は、出てこない。お前が、消えれば……選択肢が、増える」
僕は、ゆっくりと息を吐いた。
……なるほどな。
自分が、退かなければ、彼女がどうなるかわからないということ。退けば、身の安全は二人が保証する。そういうことだった。
それでも、踏み込むか。退くか。
その判断を、今、僕は迫られていた。
しかし、どちらにしても、瀬戸は人の都合の中に閉じ込められていることには変わりなかった。
「君は」
藤巻が、最後に言う。
「彼女を、救いに来たんだろう。なら、今、何もしないという選択もある」
僕は、足元を見る。影が、微かに揺れている。が、黙っている。
……選択、か。
逃げないと決めたはずなのに、ここで初めて足が止まった。
明日は2本投稿します。12時と18時になります。もう少しで一区切りいたします。それまで、よろしくお付き合いください。




