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平安京エイリアンズ  作者: 岬口大鴉
【八日目】

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決戦、慧日寺

 慧日寺の門とその伽藍が見えた瞬間、胸の奥で、何かが――ひらいた。熱でも、痛みでもない。重なりだ。


……来たな。


 あいつは、もう隠れない。影が、足元で遅れる。輪郭が、夜気に溶ける。視界の端で、世界の解像度が一段落ちる。

 それでも、意識は澄んでいた。


……大丈夫だ。今は、俺が持ってる。


 あいつが、低く笑う。


――力を使うのか。


「使う。でも、使われない」


 返事をしたのが、自分なのか、それとも混ざった声なのかは、もうどうでもよかった。

 境内に入った瞬間、気配が跳ねる。

 修験者。僧兵。そして――。


「……来ると思っていたよ」


 近衛恒一が、こちらを見据えているのが遠くに見える。

 正面の石段に、陣が敷かれていた。

 その前列に国分、左右に修験者NPC。後方に、藤巻。さらに奥に三好の姿も見える。全員、僕を見る目が違う。人ではないものを、対処する対象として見ている。


「満足」


 近衛が名を呼ぶ。声は落ち着いている。


「これ以上は、やり過ぎだ」


 僕は、歩みを止めない。


「それは、俺の台詞だ」


 影が、一瞬だけ増えた。

 国分が、盾を構える。


「……来るぞ」


 藤巻の声が、後ろで冷静に響く。


「禍津日、完全顕在化。だが――暴走していない」


 近衛の視線が、鋭くなる。


「制御している、つもりか?」


「つもりじゃない」


 満足は、自分の胸に手を当てる。

 禍津日の声が、背中を押す。


――奪われたものを、取り戻すだけだ。


「瀬戸さんは、どこだ」


 その名を出した瞬間、空気が、一段張り詰めた。

 なぜか三好が、一瞬だけ目を伏せる。――あの吹き矢、彼女の薬が一番厄介だ――この隙を僕は見逃さなかった。


 取り囲んでいた修験者を飛び越え、かがみ込むと、その影に入り込み、近衛たちの視線を切る。そして、影を揺らしながら、一気に三好との間合いを詰める。狙いは、あの吹き矢だ。

 僕の山刀が、三好の手元を薙ぎ払うと、彼女が手にしていた吹き矢の筒が宙を舞う。


「っ!」


 その衝撃に腕に痺れさせる三好。そのまま、彼女を無力化しようとした瞬間、近衛の太刀が僕に襲い掛かる。


……直接こっちを狙のうかよ!


 三好を直接守るのではなく、僕を先に仕留めることで間接的に守る選択。だが、それは間違ってない。老獪というか、抜け目がない。

 太刀をかわすため体をひねり、僕は再び距離をとる。そして、伽藍の屋根にまで飛び退いた。


 藤巻が、近衛を見る。

 近衛は、大きく息をついて、こちらを見る。


「彼女は……安全な場所で保護している」


「監禁してる時点で、安全じゃない」


 僕は、近衛を見下ろしながら、状況把握に努める。


……囲まれるのはまずい。どうするか……。


 修験者に混じた探索者や猟師の中に、吹き矢を持った者が数人いた。ぼくの中の穢れを直接浄化する「あの薬」を量産したということだろう。対策は万端というわけか。ただ、上を取ったし、境内は篝火で明るい。不意打ちはあちらもできない。

 足元の屋根瓦が、ガタ、と鳴る。


「巫女を縛れば、山は怒る。なんでそんなこともわからないんだ」


「分かってる」


 近衛の声が、少しだけ荒れる。


「だから、噴火を止めるために封印を強化している!」


「逆だ」


 僕は、はっきりと言った。


「それが、怒りを増やしてる」


 修験者の一人が、呪印を結び、猟師が吹き矢を構える。

 光が、空を切って飛ぶ。


……来る。


 僕は、身を低くし、屋根瓦を蹴る。闇と影が、僕の輪郭を覆い隠しながら、うねる。


 近衛が叫ぶ。


「距離を取りつつ、囲い込め。術と矢で行動を限定しろ。吹き矢は慎重に、奴の動きを予測して討ち込め」


 国分が、長槍を構えて前に出る。


「……俺が抑える」


 僕は、国分に向けて突っ込む。槍の刃が、闇を突く。


「遅い!」


 国分の突きをかわし、具足の隙間を狙って、山刀を薙ぎ払う。肉を断つ感触、今度は当たった。血しぶきが、はじけ飛んだ。


「っ!」


 国分は倒れるが、致命傷にはなっていない。ただ、かなり削ったはずだ。しばらくまともに動けないだろう。


「修司、引け! 回復急げ」


 藤巻が、低く告げる。

 修験者たちが、距離を取りつつ国分を回収していく。藤巻が、歯を食いしばる。


「……やっぱり、手ごわいな」


 近衛は、僕を睨み据える。


「お前は、そうまでして彼女を危険に放り込みたいのか」


「危険なのは、お前だろ」


 圧倒的にかみ合っていない。その苛立ちが、お互いの中でさらに高まる。

 胸の奥がさらに疼く。あいつがどんどん主張を始める。僕の影は、地面を這って、輪郭が、完全に環境に溶ける。


「僕は、もう逃げない。退かない」


 一瞬、世界が揺れた。誰も、踏み込めない。

 近衛は、それを理解していた。


「……下がれ」


 部下に、命じる。そして、先に動いたのは近衛だった。

 太刀が真っすぐに振り下ろされる。それを半身になって躱すと、すぐに二の刃が僕の首を刎ねようと襲い掛かる。

 のけぞりながらこれを何と躱わし、片足で近衛の胴を蹴りつけるが、身に着けた胴巻にはじかれ、お互いの態勢を少し崩しただけだった。


「……どんだけ速いんだよ」


 近衛の方も、僕が自分の攻撃を躱したことに驚いている様子だったが、その口元には、まだ余裕が感じられた。


……先手を取られたが、次は、こちらから仕掛ける。


 そう思った瞬間、近衛がまたも先に動く。そして叫んだ。


「俺ごとでいい、一気に攻めつぶせ」


 そう言い放ったのと同時に、近衛の太刀が僕に襲い掛かる。今度は躱しきれなかった。骨までは届いていないが切られた感覚が残る。そして遅れて、左上腕に焼けるような痛みが走った。


 ただ、今度は僕も踏み込んでいた。近衛の首を直接狙った山刀は躱されたが、瞬間に山刀を手離し、近衛の肩に向かって投げつける。そして、態勢が崩れた近衛の顎を、思いっきり蹴り上げる。近衛はそれも躱そうと身をひねるが、躱されたと思った瞬間、影が伸びた。その口元からしぶきが飛ぶ。

 

 近衛の身体は一瞬浮き上がり、――足元から崩れた。


「これ以上、やらせるな!」


 藤巻の声と同時に、一斉に僕をめがけて術や矢が飛んでくるが、僕の姿は、闇に溶けた。胸の中であいつが笑う声が、かすかに響く。僕を狙った攻撃は、すべて闇をすり抜け、慧日寺の伽藍に消えていった。


 応急回復を受けた近衛が、ふらふらと立ち上がって僕の方に鋭い視線を向ける。その眼差しからは、今までのような余裕は感じられなかった。

 代わりに、今まで必死に抑え込んでいた感情が一気に噴き出たかのように叫んだ。


「ふざけんな! 満足ごときが、俺に歯向かうなんて……」


 明らかにいつもの近衛とは違う、錯乱状態の近衛の様子を見て、藤巻が軽く舌打ちをして、すぐに命令する。


「指令を安全な場所で休ませろ。ここの指揮は俺がとる」


 この藤巻の判断に、近衛は「何言ってる、まだやれる。俺は退かないぞ」と抗議するが、足元が覚束ない。


「自室にまで連れていけ、早くしろ!」


 それに構わず藤巻はそう指示すると、近衛は僧兵に引きずられるように連れていかれた。

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