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平安京エイリアンズ  作者: 岬口大鴉
【八日目】

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宿坊のガールズトーク

 ピリピリした作戦本部を抜け出して、女子用に用意された宿坊の一室へ戻った。鷺沢里穂は、干した薬草を指先で弄ぶ。こういう匂いは嫌いじゃない。落ち着くというより、頭が冴える。


「ねえ、千紗。このあと、どうなると思う?」


 軽い声にした。軽い方が、相手の本音が出る。千紗は即答しない。小袋に粉薬を詰めて、口を結んで、それからようやく顔を上げた。


「どうなるかじゃなくて、誰が損するかなら、大体見えてるかな」


「ふふ、さすが」


 私は楽しそうに笑ってみせる。


「じゃあ、教えて。誰?」


「……一番危ないのは、正しい人たち」


 千紗は肩をすくめた。


「修験も、恒一くんも、やってること自体は理解できる。でもね、こういうときって」


 薬棚にもたれて、声を落とす。


「正しさを守ろうとする人から、順番に詰むのよ、大体」


「ああ、それなー」


 私は即座に頷いた。


「正しい人ほど、それで変な選択肢を最後まで残しちゃう」


「ね」


 千紗が苦笑する。


「本当はもう、ぶっちゃけ、やっちゃダメな手しか残ってないのに」


 私たちの視線が、同時に山の方角へ向いた。部屋の中にいても、あっちが今いちばん濃い。


「……巫女、ねえ」


 私は言う。


「瀬戸ちゃんは、今や、全ルートの交差点」


「あの人って、嫌でも目立つよね。本人はあまり自覚ないっぽいけど」


 千紗の言い回しはいつも遠回りだ。でも、認めている。


「現状、彼女はどうとでも使える。人質にもできるし、供物にもされかけてる。でも同時に、誰も雑に扱えない存在。正しい人たちにとっては特にね」


「つまりさ」


 私は少し声を弾ませた。


「瀬戸ちゃんは、動かしたら、全部ひっくり返る駒」


「……そうね」


 千紗は一瞬だけ考えてから、きっぱり言った。


「私は触らないよ」


「おや?」


 私は目を細める。


「千紗が? あの千紗が?」


「何よその言い方。私はかき回すときは、ちゃんと勝てる見込みがあるときだけ。今回はまったく得がないもの。ってか、いってないけどああゆう『正しい人』たちの次に、やばいの私たちだからね」


 千紗が言い切ったのを、私はいったん受け止める。正直、そこまで自分たちを危険側に置いていなかった。私は窓の外を見て、空の色を確かめるみたいに少し考えてから、ため息をついた。


「そうなの? 私もやばい立場?」


 千紗もため息だ。


「てか、私たちは恒一くんの保険だもの。誰が選ばれるかはわからないけど、恒一くんが何かやらかしたとき、その責任を被る誰かが必要でしょ。その候補になりうる立場という意味。あんまり心配しなくていいと思うけど、そういう意味ではね、私たちも安全地帯にいるわけじゃないってこと」


「なるほどね、さすが千紗、よく見えてるねえ。私、完全に部外者だと思って、今の状況を普通に楽しんでたわ」


 そう白状すると、千紗は呆れた顔で、もう一度だけ息を吐いた。


「いいわね、あんたは楽しそうで。私なんて、恒一をどうにか切れさせないように必死なのにさ。直人なんて、ガンガンに恒一を詰めるからね。正直、もう少し優しくしてやれよと思うわ。男同士ってなんでああなん?」


「なんでだろうね、でもいいよね。私、結構あの二人の関係好きだわ」


「あんたの距離感が一番楽なのかもね。ちょっとうらやましい」


 千紗の諦めみたいな声に、私は笑顔のまま返す。機嫌がいいのは本当だ。でも千紗は、私の機嫌の良いときが信用ならないのも知っている。だから釘を刺してきた。


「とにかく、今、瀬戸さんを動かすのは、ハイリスク・ノーリターン。どう転んでも、責任を押しつけられる」


「なるほど」


 私は、くすっと笑う。


「じゃあ、千紗は何を狙うの?」


 千紗は少しだけ間を置いた。


「今のところ……残る側かな」


「残る?」


「そう」


 指で空をなぞる仕草をして言う。


「山がどうなろうと、誰が勝とうと、次のフェーズに参加できる位置」


「それ、すっごく千紗っぽい」


 その答えに私は満足した。千紗は戦場で勝つより、盤面から落ちないことを重視する。そういう人は強い。


「私はさ」


 山を見る。わざと別方向を見るふりをやめる。


「正直、このまま膠着するの、つまんない」


「でしょうね」


「だってさ」


 山の方角を顎で示す。


「満足くん、全部ひっくり返す気満々だし」


「……そうね」


「近衛くんは、プライドで動けなくなってるし」


「……否定しない」


「瀬戸ちゃんは、選ばされる寸前で踏ん張ってる」


 私は、そう結論づけた。


「今、一番足りないのって、予想外な動きなんじゃない?」


 千紗が少しだけ目を細める。


「本当に……あんたが言うと、嫌な予感しかしない」


「褒め言葉だね」


 私はそう言ってから、ただ笑った。


「私はね、面白く転ぶ可能性に賭ける」


「例えば?」


「例えば」


 千紗の横に座りなおす。声は軽く。視線は鋭く。


「この状況さ。どう転んでも、瀬戸ちゃんが最終的に何かを選ぶわけでしょ」


 千紗は薬包を畳みながら答えた。


「ええ。しかも、選ばないという選択肢は、もう消えかけてる」


「だよね」


「じゃあさ。問題は一個だけ」


 指を一本立てる。


「何を基準に、選ばせるか」


 千紗の手が、ぴたりと止まった。


「……あんた、彼女に何か言う気?」


「言う、というか」


 肩をすくめる。


「気づかせるだけ」


「やめときなよ、彼女は別に悪い子じゃないよ」


 千紗は即座に言う。


「ただ、真面目すぎるだけ」


「だから、だよ」


 私はあっさり返す。


「真面目な人ってさ、一回、責任って言葉を握らされると、自分を切り捨てる」


 千紗は否定できない顔をした。千紗がそういう顔をするときは、結論が同じときだ。


「私はね」


 私は声を落とす。


「瀬戸ちゃんに、人柱なんて言葉、直接投げない」


「……じゃあ、どうするの」


 私は何でもない調子で言う。


「昔はね、山の巫女が、自分から残ったって話もあるんだって」


 千紗の眉が、わずかに動いた。


「……それだけ?」


「それだけ」


 私は笑顔で言った。


「歴史っぽく。噂話っぽく。誰も責任を取らない言い方で」


「最低ね」


 千紗は率直だ。


「でしょ?」


 私は悪びれない。


「でも、一番効く」


 千紗はしばらく黙って、薬袋を見つめた。


「……瀬戸さんが、それを聞いたら」


「考える。で、考えて、自分が動けば、誰かが助かるかもって、思う」


 千紗が、はっきり言う。


「それは、彼女にとって、最悪の選択肢だよ」


「うん」


 私は軽く頷く。


「でもさ」


 ほんの少しだけ、表情を真面目にする。


「この状況で、誰も彼女に、正解を教えてない」


 千紗は黙った。


「なら、間違える自由も、あるよね?」


 千紗が深く息を吐く。たぶん、私のやり方が嫌いなんじゃない。効くと分かっているから嫌なんだ。


「私は、直接は関わらない」


 千紗はきっぱり言った。


「彼女を動かすのは、損が大きすぎる」


「知ってる」


 私はあっさり答える。


「だから、私がやる」


「あなた、あとで恨まれるわよ」


「かもね」


 肩をすくめる。


「でもさ。選ばされるより、自分で選んで失敗したほうが、納得がいく。成長にもつながる。なにより、物語として綺麗じゃない」


 千紗はその言葉を飲み込むみたいに黙ったまま、薬包をひとつ、丁寧に折り目を揃えた。


「……私は」


 千紗が静かに言う。


「彼女が選択を誤ったとき、戻れる道だけは、なるべく残しておくよ」


 私は振り返って笑った。


「さすが千紗。優しい」


「それが、後々に私の得になるから。ただそれだけ」


 二人はそれ以上、何も言わない。言葉はもう足りている。

 私は指先の薬草を、ゆっくりとひとつ摘んで、香りを確かめた。効くか効かないかじゃない。効くと分かっていることを、いつ、どの程度で、どこに置くか。その話を、今していた。

 外はまだ静かだった。静かなうちに、噂は仕込める。そう思いながら、私は立ち上がった。

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