瀬戸澄佳の正しい利用法
藤巻直人には、すでに結論だけは見えていた。
……このままじゃ、何度やっても、捕まらない。
ログは正直だ。
修験道の封印線が切られ、修復が追いつかず、満足燈彦は、常に一歩先にいる。単独で動き、補給もない。組織的な支援もない。それでも――取り逃がしている。
藤巻は、端末を閉じた。
「……逃げ道が、多すぎる」
山というフィールドが、彼の味方をしている。修験道は、人のための道だ。だが、満足は、人の道を歩いていない。
「力で囲んでも、意味がないな」
近衛は、黙っていた。怒っていないわけじゃない。だが、爆発もしない。それが、藤巻には分かった。
……考えてる。
ここで感情に任せて動く男じゃない。
「……人質」
藤巻は、あえて口に出した。
近衛の視線が、鋭く向く。
「……その言葉、軽々しく使うな」
「分かってる」
藤巻は、淡々と返す。
「だが、だからこそ、最も効果的なんだ」
近衛は、答えない。
藤巻は、それ以上、踏み込まなかった。
今は……使えない。
今、瀬戸を使えば、満足は確実に捕まえることができるだろう。
だが同時に、すべてが壊れる。近衛自身の立場も。瀬戸との関係も。正しさの拠り所も。だから、決断できない。
そのときだ。修験者の一人――年嵩の僧が、恐る恐る口を開いた。
「……あの」
近衛と藤巻、両方をうかがう。
「古来より、この山では……」
嫌な予感が、藤巻の背中を走る。
「巫女を、鎮めとして……」
言葉を濁しながらも、はっきりとした意図。
「人柱、という手段も……」
一瞬、空気が凍った。
近衛が、ゆっくりと振り向く。
「……もう一度、言え」
声は低い。
僧は、震えながらも続ける。
「山の怒りを、人の身で受ける……。それが、最も確実かと……」
「ふざけるな」
近衛の声は、怒鳴り声ではなかった。
それが、かえって怖い。
「それは、管理でも、交渉でもない。ただの、責任放棄だ」
僧は、何も言えなくなる。
藤巻は、内心で息を吐いた。
……そこは、譲らないか。
だが同時に、理解もした。現場では、この提案が出るほど、追い詰められている。
巫女。瀬戸澄佳。
今や、すべての論点が、そこに集まっている。
山を鎮める存在であり、人と神の境界をつなぐものであり、満足を縛る唯一の鍵。そして――誰も、雑に扱えない存在。
藤巻は、近衛の横顔を見る。
……どうする、恒一。
今はまだ、猶予がある。満足は逃げている。瀬戸は生きている。山は、臨界に近いが、まだ動かない。
だが――このままでは、選択肢は、一つずつ消えていく。
藤巻は、静かに告げた。
「今回……時間は、味方じゃないからな」
近衛は、目を伏せる。
「……分かってる」
声に、苛立ちが滲む。
「だが、汚いやり方で終わらせる気はない」
それは、誇りか。それとも、恐れか。藤巻には、まだ判断できなかった。
ただ一つ、確かなことがある。
満足を捕まえるには、瀬戸を無視できない。そして、その選択をする瞬間が、確実に近づいている。そして、どうしても近衛ができないのならば、自分や他の誰かがその役割を、否応なく担わせられるかもしれない。そんな予感がしていた。




