修験道を壊す者
山に入った瞬間、僕は理解した。
――これ、山全体が術式だ。
一本の封印でも、一枚の札でもない。道そのもの。修験道として踏み固められた道。辻に置かれた祠。半ば苔むした石仏。行場として削られた岩壁。それらすべてが、山の力を分断し、区切り、管理するための構造だった。
よくできてる。感心すらする。山に逆らうのではない。山を道具として使う設計。当初は、もっと緩やかだったはずだ。だが今は違う。
修験者たちは、その上から、さらに術を重ねている。札を貼り、縄を張り、経を唱え、流れを強制的に曲げている。それだけ恐れてたことの裏返しなんだろうけどさ、……そりゃ、怒るわという現状だった。
僕は、修験道の本道から、わざと外れた。けもの道。人が避ける斜面。そこにも――ある。小さな石仏。誰が見ても、目立たない位置。だが、効いている。
僕は、躊躇なく近づき、山刀で――叩き割った。鈍い音がして、石が砕ける。同時に、空気が、一気に流れ込む。
……よし。
破壊は、目的じゃない。結界に穴を開ける。それだけでいい。山の力は、水のように流れ始める。
次は尾根筋の辻。修験者が、ちょうど札を貼り直している。
「――そこまでだ!」
声を張り上げた修験者が、印を結ぶ。呪が飛ぶ。その光を僕は正面から受けた。
――ズン。
身体が、一瞬、重くなる。
……効くな。
だが、止まらない。
次の瞬間、僕は踏み込み、修験者の腹に体当たりした。それで術が、途切れる。
「ぐっ……!」
そのまま、地面に押し倒す。殺さないけど、徹底的に動けなくする。
……悪いな。
心の中で呟く。だが、これは人の都合だ。山の側に立つなら、邪魔は排除する。僕は札を引き剥がし、祠の向きを変え、縄を断ち切る。破壊、妨害、制圧、そのスピードが、修験者の修復速度を、明確に上回っている。山が、応える。低く、しかし確かなうなり。怒りではない。解放の兆しだ。
次の行場。修験者が三人。僕は、考えない。あいつが、はっきりと前に出る。影が、本人とずれる。輪郭が、空気に溶けるが、止めようとも思わない。
「――異形だ!」
修験者の一人が叫ぶ。その声が、山中に響く。
……ああ。
僕は、自嘲気味に笑った。
「そうだよな」
ここまでやれば、もう隠れられない。
山刀が、閃く。
術が、飛ぶ。
だが、パターンが見える。
修験道は、型の集積だ。読めば、対処できる。
僕は、一人、また一人と倒していく。殺さない。だが、全員、行動不能にする。これは修復速度を落とすためにも譲れない。
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その頃の慧日寺では、その異変が、一気に伝わっていた。
「封印線が、次々に途切れています!」
「修復が、追いつきません!」
藤巻直人の端末に、警告が踊る。
《修験道封印:出力低下》
《想定外干渉:単独》
近衛恒一は、それを見た瞬間、机を叩いた。
「――ふざけるな!!」
声が、荒れる。
報告が、重なる。
「修験者が、倒されています!」
「術が、正面から破られたと!」
「道そのものが、壊されています!」
目が、怒りで光る。
「……満足か」
確信している。こんなことをする不確定要素は、あいつしかいない。
「……いい度胸だ」
歯を食いしばる。ここまで、邪魔されるとは思っていなかった。だが――ここまでやられたら、引けない。
「全員、動かせ」
命令が、飛ぶ。
「これは喧嘩だ」
山が、大きく息を吸う。噴火は、まだその兆候はない。だが、もう、戻れないところまで来ている。




