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平安京エイリアンズ  作者: 岬口大鴉
【一日目】

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6/49

初日の終わり

 ミーティングのあと、食堂で夕食を一人で食べて、その後、自室でシャワーを浴びた。で、あとはすることがない。時計を見ると、まだ21時を少し過ぎたくらいだ。当然、眠くもない。

 明日から本格的に始まる試験は、ログイン時間が11時。朝食を食べて諸々の準備をしたと考えても、9時に起きていれば充分だろう。

 他の参加者たちは、きっと集まって楽しくやっているのだろう。なんたって、夏の合宿だからね。でも、こちらとは別世界な感じがどうしてもしてしまう。嫌いなわけではないけど、一緒に何かしたいとも思わない。

 だから、まあこうして退屈する羽目になっているのだけどね。それも、まあいい。


 そんなことを思いながらベッドに横たわると、天井が見えた。ログアウトしたときにもこんな風に見えたっけ。

 自然と今日の体験を思い返す。

 あのとき、最初に思ったのは――「夢にしては、疲れすぎている」ということだった。

 あの部屋の天井は白かった。研究施設特有の、少しだけ青みがかった照明。現実だ、と頭では理解できるのに、身体がついてこない感じ。

 指を動かす。遅れる。ほんの一拍、思考と運動のあいだに隙間がある。


「……こんなに歩いたっけ」


 喉が渇いていた。それは確かだ。だが、何をしたかが、はっきりしなかった。

 初日の試験プレイは、拍子抜けするほど静かだった。

 土の匂い、目前に森が広がり、遠くから塩の匂いもする。遠くに海があるという感覚。それだけは覚えている。

 誰かと話した気もするし、何も話していない気もする。

 イベントログ的に言えば、「特筆事項なし」で終わる一日だったはずだ。

 それなのに。身体が、重い。筋肉痛とは違う。内側に、粘つくような疲労が残っている。長い距離を歩いたあとに似ている。道のりは思い出せないのに、「確かに移動した」という実感だけがある、あの感じ。

 説明会で誰かが言っていた言葉が、ふと蘇る。


――移動の記憶は、曖昧になります。


 ああ、そういうことか。納得しかけて――そこで、引っかかった。

 曖昧になっていないものが、ある。

 風の音。草を踏む感触。火打石の匂い。

 どうでもいいはずの細部が、なぜか妙に鮮明だ。

 必要な情報ではない。イベントでもない。ただ、世界の縁にあったはずのもの。それらが、削除されずに残っている気がした。

 

 ベッドから起き上がろうとして、胸の奥に、鈍い違和感を覚えた。

 痛みではない。圧迫感でもない。『何かが、そこにいる』そんな感覚。

 もちろん、馬鹿げている。疲労とVR後遺症のせいだろう。そう結論づけようとして無意識に、首元を押さえていた。ゲーム内で、首にかけられていたはずのもの。ただの布切れ。狩人の護符のような、意味のない装備品。それが、現実には存在しないと分かっているのに、触れた感覚だけが残っている。


 個室のドアが、軽くノックされた。


「……起きてる?」


 久世の声だった。

 時計を見ると23時、もうそんなに経ったのか。


「はい」


 声が、少し掠れていた。


「夜更かししないで。明日もあるから、早めに休みなさい」


 そう言ってから、久世は一拍置いた。


「……特段、問題なかったけど、なにかある?」


 特段かと言われるとないが、いつもこの予防線を張られている感じの言い方が、妙に気になる。


「特段はないですよ、ただ色々と違和感はあります」


「そうよね、私も最初はそうだった」


 久世に、授業で「自分の体験談は論拠にならない」と口酸っぱく言われていることを思い出しながら、続きの説明が来ると思って、黙って待った。

 けど、そんな期待は裏切られる。


「いえ。今日は休んで」


 久世が口にしたのはそれだけだった。


 ドアの向こうで、足音が遠ざかる。

 再び一人になると、さっき口にした違和感が、少しだけ、濃くなった気がした。


 言葉にはならない。名前もない。ただ――世界が、少しだけ、歪んだままになっている。そんな感覚。それを、なぜか自分の体が引き受けている。それを実感する。

 だけども、世界がおかしいのか。それとも、自分がおかしいのか。それを問われて、世界がおかしいと断言できる人はどれだけいるのだろうか。まあ、美羽ならば言いそうだが、僕はまだ言えそうもなかった。


 なんにせよ、今日は、まだ初日だ。誰も、本気で心配していない。僕自身も、そうだ。

でも。このまま、何も起きないまま進む気は、どうしてもしない。そう簡単にはこのバイトは終わらない。そんな気がしていた。

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