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平安京エイリアンズ  作者: 岬口大鴉
【八日目】

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慧日寺の庵

 慧日寺の境内から、少し外れた場所に、その庵はあった。瓦もなく茅葺で、伽藍のような壮麗さもない。それでも、妙に背筋の伸びる場所だった。

 瀬戸澄佳は、気づいたときにはそこに立っていた。


……ここだけ、音が違う。


 山のざわめきとも、僧たちの読経とも違う。低く、しかしよく通る声。経だ。

 扉は、半ば開いていた。中にいるのは、尼が一人。年の頃は、三十前後だろうか。僧頭巾の脇から短い髪がわずかに覗いている。綺麗な黒髪。艶やかに光っている。


「……失礼します」


 私が声をかけると、尼は経を止め、ゆっくりと振り返った。


「お入りなさい」


 声が、澄んでいる。それだけで、胸の奥の緊張が、少しほどけた。

 庵の中は質素だった。仏像と、簡素な机。香の匂い。


「……あなたは」


 尼が、私を見る。


「巫女、ですね」


 こちらに来てから、私は装束を身にまとっていない。にも関わらず、断定だった。


「……はい」


「新しい方」


 それも、疑問ではない。私は、なぜか笑ってしまった。


「分かりますか」


「分かります」


 尼は微笑む。


「ここに、まだ慣れていない」


 その言葉に、私の胸が、きゅっと縮んだ。


……何も、隠せてない。


「私も同じ、この寺に、身を寄せているだけの尼です」


 私は、一瞬、迷ってから、口を開いた。


「……山が、怒っています」


 尼は、頷いた。


「ええ」


「封印が、強められました」


「ええ」


「……それでも、怒りが、増しています」


 そこで初めて、尼は、少しだけ目を伏せた。


「それは、そうでしょう」


 静かな声。


「縛られて、喜ぶ者はおりません。まして、神が人に縛られるなどと」


 私は、思わず唇を噛む。


「でも……人の被害を、出すわけには……」


「ええ」


 尼は、瀬戸の言葉を遮らない。


「だから、あなたは、ここに来た」


 その言葉に、私は、何も言えなくなる。


……どうすれば、いいのか。


 その問いが、そのまま浮かぶ。

 尼は、少し間を置いてから、語り始めた。


「私の父は」


 私は、顔を上げる。


「かつて、中央に、朝廷に刃向かいました」


 その語り口は、淡々としていた。


「この国の理に、従わなかった。神に、寄りすぎた。結果、多くを失いました」


 私は、息を呑む。


「正しかったか、間違っていたか」


 尼は、首を振った。


「私には、分かりません。ただ…」


 視線が、まっすぐに向けられる。


「父は、選びました。逃げなかった。誰かに、選ばされたのではなく、自分が新しい国を建てる。その道を自身で選んで、そして散っていきました」


 その言葉が、私の胸に、深く沈む。


「あなたも」


 尼は、静かに言う。


「いずれ、選ぶことになります。巫女として、守られるか。人として、踏み出すか」


 答えを、求めてはいけない。


「……私は」


 声が震えるのを、止められなかった。


「まだ、分かりません」


 尼は、微笑んだ。


「それで、よいのです。分からぬまま、立つのが、最初の一歩です」


 外で、風が動いた。遠くで、山が、低く鳴る。

 尼は、目を閉じた。


「……山が、あなたに、語りかけるでしょう。それは、きっと、もうすぐです」


 私は、その言葉を胸に刻む。


……私は、何を、選ぶ。


 答えは、まだ出ない。だが、選ばされるだけの存在ではないと、初めて、思えた。

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