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平安京エイリアンズ  作者: 岬口大鴉
【八日目】

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58/95

山の神との交渉

 山は、黙っていた。静かだが、眠ってはいない。

 僕は、この山にもうずいぶん長くいる。山の神の声も何度か聞いている。だからなのだろう、言葉がなくても、その違いが分かるところまで来てしまっていた。


 足元の土は温かい。だが、柔らかくはない。押さえ込まれ、内側に力を溜めている感触。

 慧日寺の連中が、何かをした。それは見なくても分かる。

 そしてその効果は、いや影響は出ている。だが――それが、山には不快なものとして捉えられている。それも、はっきりとだ。


 僕が立ち止まると、空気が、ゆっくりと歪んだ。声ではない。音でもない。だが、意味だけが、直接流れ込んでくる。


『また、人が、縛った』

『息が詰まる』


……怒ってる。


 だが、それは破壊衝動ではなかった。むしろ――判断を終えた者の静けさ。


「……噴火する気か」


 自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。返答は、即座だった。


『『ためらわない』』


 言い切り。脅しでも、誇張でもない。事実の提示だった。

 拳を握る。


――やめさせるには、……交渉するしかない。


「条件を聞かせてくれ」


 間を置かず、圧が返ってくる。


『不快な封印を、解け』

『巫女を、元の場所へ戻せ』


 短い。だが、明確。


……それだけ、か。


 拍子抜けするほど、理性的な要求だった。


「壊したいわけじゃないんだな」


 一瞬、圧が揺れる。


『壊す必要が』

『ない』


 その言葉の裏にある意味が、僕には分かった。人が間違えなければ、山は動かない。


「……分かった」


 即答だった。考える余地は、もうない。


「封印の解除と、巫女の原状復帰。その二つを、自分が引き受ける」


 言葉にした瞬間、山の圧が、少しだけ緩んだ。


『人が』

『言い切ったな』


「交渉役は、僕だ。絶対に逃げない。約束を果たす」


 胸の奥で、何かが、静かに蠢く。あいつだ。暴れようとする気配は、今はない。むしろ――押し黙っている。


……お前も、聞いてるのか。


 返事はない。だが、山の声が、重なる。


『その身に、穢れを宿す者よ』

『それでも、立つか』


「立つ」


 即答だった。

 英雄でも、巫女でもない。理由を知ってしまった。だから、立つ。

 長い沈黙。そのあと、初めて、感情に近いものが流れ込む。


『よい』


 許可でも、命令でもない。承認。


『ただし』


 圧が、鋭くなる。


『巫女が戻らねば』

『封印が解けねば』


『『我らは、止まらぬ』』


 僕は、深く息を吐いた。


「分かってる」


 それは、約束ではない。宣言だ。

 山は、それ以上、何も言わなかった。だが――背中に、はっきりと視線を感じる。常に見られている。僕の行動、そして選択を、最後まで確認している。


 僕は、慧日寺の方角を、まっすぐに見た。

 ふと、思い出す。あの人なら、たぶん、笑って言う。


――ややこしい役、引き受けちゃったね。


 そして、同時にこうも言う。


――でも、あなた向きだよ。


 僕は、苦く笑った。


「……だよな」


 逃げ場は、もうない。

 だが、行く道は、はっきりしている。

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