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平安京エイリアンズ  作者: 岬口大鴉
【七日目】

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53/94

それぞれの部屋

 部屋は、静かすぎた。用意された個室。清潔で、余計なものがない。ベッドに腰掛けても、身体が休まる感じがしない。


 あの庵の中を思い浮かべながら、私は自分の手のひらを見つめた。


……山にいた。


 確かに、そこにいた。

 風の重さ。水の冷たさ。神の気配。それらは、まだ皮膚の内側に残っている。それなのに、ここには何もない。

 処理しきれない怒りが、今も残っている。慧日寺に連れて行かれたとき、抵抗はした。言葉も、理屈も、信仰も。全部、出した。それでも、力で押し切られた。

 その事実が、今になって重くのしかかる。


「……私は、何を守ってるんだろう」


 山か。神か。それとも――自分自身か。

 思い浮かぶ顔がある。


……満足。


 彼は、逃げていた。でも、逃げて、逃げまくって、結局は、誰も彼を捕まえられない。


……ずるい。


 そう思って、小さく息を吐く。

 純粋に羨ましいのだ。迷いながら、それでも自分で選んでいる。


 自分は、選ばされた。選んだつもりで、奪われた。

 布団に潜り込んで、目を閉じても、山の輪郭が消えない。


 次こそは、ちゃんと選ぶ。そう、心の中で決めた。


**


 現実に戻っても資料のチェックは終わらない。

 俺はデスクに向かったまま、しばらく動かなかった。


 資料は整っている。ログも揃っている。問題点は、すべて把握している。――はずだった。


「……なぜだ」


 呟きは、誰にも届かない。

 判断は正しい。手続きも正当。結果も、想定内。それなのに、うまくいっているという実感がまったくない。


 満足の行動は読めない。

 瀬戸の反応も、制御できていない。俺が差し伸べた手を振りほどこうとする。


……管理が、足りないだけだ


 そう結論づけるのは、簡単だ。だが、胸の奥に残る違和感は、それだけでは説明できない。瀬戸が抵抗したというログが、頭をよぎる。

 そして、慧日寺に来た時に見せた、あの目。


 従っていない。


 だが、反抗でもない。自分の場所を、自分で見極めると決めている目。


「……危険だ」


 そう言い切ることで、自分を納得させる。だが、同時に思ってしまう。


……欲しい。


 力ではない。立場でもない。支配できないものを、手元に置いておきたい。それが、独占欲にすぎないと言い切るのは、まだ早い。

 端末を閉じる。次にやるべきことは、もう決まっている。


 次のログイン。今度は、もっと深く関与する。そうしなければ、この世界。いや、あの世界は自分の知らない形で進んでしまう。それだけは、許せない。


**


 シャワーを浴びても、疲れが抜けなかった。

 身体は現実に戻っているのに、感覚だけが、まだ山に残っている。

 ベッドに倒れ込み、天井を見上げる。


……逃げたな。しかも、たくさん。


 ログアウトは、必要だった。けれど同時に、逃避でもあった。

 瀬戸との約束を果たせず、近衛が動いて山が荒れた。それなのに、自分は一度、世界から降りた。

拳を握る。悔しさより先に、情けなさが来る。


「……美羽なら、どうするかな」


 ふいに、その名前が浮かぶ。

 矢代美羽。彼女なら、迷わないだろうか。

 いや――きっと迷う。でも、迷ったままでも、動く。正しいかどうかじゃない。安全かどうかでもない。


「今、やらないと後悔する」


 そう思ったら、そのまま踏み出す。それが、彼女だった。


「……だよな」


 小さく呟いて、苦笑する。子どもみたいな判断基準だ。

 でも、嘘じゃない。

 あいつの力はある。山を歩く術もある。それでも、僕は逃げることしかできなかった。力が足りないのか。覚悟が足りないのか。答えは、まだ出ない。


 ただ、一つだけ分かっている。


……戻る。


 次にログインしたら、逃げない。美羽なら、きっとそうする。正解かどうかは、そのあと考えればいい。

 僕は、目を閉じる。眠りに落ちる直前、山の気配が、ほんの一瞬だけ遠くで揺れたのを感じた気がした。

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