通達
庵の外で、人の気配がはっきりとしたとき、私はすでに悟っていた。
――これは、説得ではない。
結界の外に立っていたのは、僧衣をまとった男と、その背後に控える数人の僧兵。先頭にいるのは――国分だった。
彼は一歩前に出て、形式通りの声で告げる。
「慧日寺より通達です。山の状況が不安定なため、巫女は一時、寺の管理下に置かれます」
私は、一瞬だけ目を伏せた。そして、顔を上げる。
「それは、誰の判断ですか」
国分は、少しだけ言葉に詰まる。
「……然るべき、上の判断です」
「上とは? 慧日寺の? それとも――近衛くんの?」
その名を出した瞬間、空気が、わずかに変わる。
国分は、正直だった。嘘はつけない。
「……両方です」
私は、小さく息を吐いた。
「なら、お断りします」
僧兵の一人が、ざわつく。私は続ける。
「私は、この山の巫女です。神託を受け、山の神と対話しています。その巫女を山から引き離すことが、鎮静になると本気で思っているのですか」
理屈は、明快だった。否定の余地はない。
国分は、言い返せない。沈黙が落ちる。
私は、一歩も退かない。
「これは、信仰の問題ではありません。領分の問題です。越えていい線と、越えてはいけない線がある」
その言葉は、僧たちの胸にも刺さっていた。だからこそ――国分は、拳を握りしめた。
「……それでも」
声が、低くなる。
「俺たちは、命令を受けている。ここで引き返す選択肢はない」
その言葉で理解した。ああ、これはもう議論では解決できないのだと。
「力で、連れて行くつもりですか」
国分は、答えなかった。代わりに、僧兵たちが半歩、前に出る。人数。装備。立場。すべてが、こちらに不利だ。
理不尽――。
それを突き付けられたとき、抗えない。それはわかっていた。理屈では、勝っている。正しさも、こちらにある。それでも――私には力が足りない。
「……分かりました」
私は、ゆっくりと手を下ろした。だが、視線は逸らさない。
「これは、保護ではありません。奪取です」
その言葉は、この場にいる人たちにどのように届くだろうか。ただ、国分の表情を見ると、彼も辛いことはよくわかった。
庵を離れる直前、私は一度だけ振り返る。山は、何も言わなかった。だけど、確かに――見ている。そんな気がした。




